「西洋美術史入門」 (ちくまプリマー新書)

ちくまプリマー新書より刊行された池上英洋著、「西洋美術史入門」を読んでみました。



これまでにも平易な語り口ながらも、専門性のある内容で西洋美術に関する様々な新書を出されている池上先生ですが、今回もまた趣向を変え、美術史の導入となるべく本を上梓されました。

それが「西洋美術史入門」です。タイトルは至ってオーソドックということで、例えば年代別に美術史が解説されているのかと思いきや、そこは池上先生のこと、そう簡単な構成をとるはずもありません。

基礎的な美術的知識を一通り踏まえながらも、美術史を通して社会を見る目、また捉え方を養えるような内容となっていました。

そもそも美術史はおろか、絵を見る、読み解くとは一体何であるのかというのが本作のスタートです。


ムリーリョ「無原罪の御宿り」1678年

実はこの著作、池上先生が教鞭をとられている大学での学部初年次の学生を対象とした「西洋美術史1」の講義をダイジェストにまとめたものです。というわけで、どこかマニアックになりがちな美術を、本体的には密接である社会に引き付けて、さながら謎を解くように噛み砕いているというわけでした。

さて一例に挙げたいのが絵を読むための「スケッチ・スキル」と「ディスクリプション・スキル」です。

美術史では当然ながら様々な図版を引用するため、まずは慣れることが必要とのことですが、そうした図版の分析に重要なのが上記の二つのスキルです。これはようするに絵画イメージをスケッチと記述という視覚、言語情報に変換する手法ですが、美術以外の現象やモノにも当てはめて言えるのではないでしょうか。


アングル「王座の皇帝ナポレオン一世」1806年

また様々な図像には記号が隠され、それが如何なるシンボルと意味を持ち得ているのかという点も重要だと指摘しています。

「図像解釈学」におけるイメージの見え方、また分析は、まさに美術史の中心課題でもある「社会を知るための手がかりとなりうる」(P.48)の核心に他なりませんでした。


ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ「聖テレサの法悦」1647-52年

第三章「社会と美術」では美術を通し、制作した当時の生活、風俗、また経済を考察していく実例がいくつも挙げられています。

たとえばカトリック教会は何故、対抗宗教改革後に「感情移入しやすい作品」を求めていたのかや、それこそ現在Bunkamuraで開催中のラブレター展にも出ていた、何故に17世紀のオランダでは手紙が重要だったのかなども紹介されています。

そうした絵画や作品をきっかけに、その背景に隠されていた社会のあり方を詳らかにすることこそ、美術史を学ぶ醍醐味と言えるのは間違いなさそうです。


フィリッポ・リッピ「聖母子」1465年頃

後半の第四章「美術の諸相」では美術作品にとって欠かせない技法と主題はもちろん、美術史におけるパトロンの史的変遷と言ったユニークな内容も登場します。

ラストは「美術の歩み」として、西洋美術史を簡単な見開き構成で展開していますが、これも必ずしも有りがちな教科書的な記述ではなく、現代における美術のあり方など、随所に問題提起がなされている点も重要です。

「西洋美術史入門/池上英洋/ちくまプリマー新書」

また冒頭のカラー図版を含め、総じて図版の引用が多くすいすいと読んでいくことが出来ます。巻末の参考文献リストも有用でした。

「恋する西洋美術史/池上英洋/光文社新書」

まずは是非とも書店であたってみて下さい。おすすめします。
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