都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「長沢芦雪展」 愛知県美術館
愛知県美術館
「長沢芦雪展 京のエンターテイナー」
10/6~11/19

愛知県美術館で開催中の「長沢芦雪展 京(みやこ)のエンターテイナー」を見てきました。
1786年、時に33歳の長沢芦雪は、師の円山応挙の名代として南紀へ赴き、翌年にかけて、無量寺、成就寺、そして草堂寺で障壁画を描きました。それらは現在、重要文化財の指定を受け、芦雪の代表的な作品として評価を受けています。
その中でも人気の「虎図襖」を含む、無量寺の障壁画の空間再現が、史上初めて美術館で実現しました。さらに初期から晩年の作品、80点超(一部に展示替えあり)を展示して、芦雪の画業の全体を辿っています。
冒頭、芦雪の肖像画を経ると、まず現れるのが、最初期の応挙入門以前、または門下時代の作品でした。1754年、丹波の篠山藩士の子として育った芦雪は、若くして京都に出て、少なくとも20代半ばまでには、応挙の門で絵を学んでいたと言われています。

長沢芦雪「蛇図」 個人蔵
松の幹にまとわりつく蛇を描いたのが「蛇図」で、元になる図が応挙の写生帖にないことから、おそらく入門以前の作品だと考えられています。蛇の体は平べったく、やや不自然で、確かに「未熟」(解説より)かもしれませんが、頭部の描写は緻密で、蛇も鋭い目を光らせていました。
「関羽図」では線に注目です。いうまでもなく、三国志の武将の関羽がモデルで、滝を背景に、岩陰で座りながら、トレードマークでもあった長い髭を触っています。服装を象る線が独特で、太い箇所と細い箇所に分かれ、一定ではありません。なにやら一筆を震わせながら描いているようにも見えましたが、実際には細い線を重ねているそうです。
早くも芦雪らしい作品であるのが、得意の蛙を配した「若竹に蛙図」でした。若い竹の生えた水辺に、一匹の蛙が、ぴょんと飛び出さんとばかりに座っています。筆は素早く、竹の葉も軽やかで、僅かに風に揺られているようでした。蛙の視点に誘われるからか、見る側の意識も、否応なしに水辺の方へと向かいます。鑑賞者の視線を巧みに誘導していました。

長沢芦雪「牡丹孔雀図」 下御霊神社
師の応挙と芦雪の作品を見比べることも出来ました。一例が「牡丹孔雀図」で、応挙作と芦雪作が隣り合わせに並んでいます。応挙作はまさしく華麗で、赤い牡丹を背景に、これ見よがしに羽を広げる孔雀の姿を堂々と描いています。また下から、もう一羽の孔雀が、顔を覗かせている様子も面白いのではないでしょうか。一方での芦雪作は、応挙に比べると、全体的に陰影が濃く、羽や牡丹には立体感があり、ぐっと首を下に曲げた孔雀自体にも動きがありました。
より両絵師の個性が際立っていたのが、「楚蓮香図」でした。楚蓮香とは、中国の唐の長安の美人で、香りを慕って蝶がついて来たとも言われています。その逸話に倣い、ともに蝶を見やる女性の姿を表していますが、応挙の画が風雅としたら、芦雪は妖艶とも呼べるのではないでしょうか。応挙が、女性の手を袖に隠して描いたのに対し、芦雪は、細い指を差し出し、蝶がぴたりと吸い付くようにとまる様子を表現しています。また芦雪の女性には、口元に笑みが見られました。上衣の赤い色彩も鮮やかでした。
蛙と並び、芦雪が得意としたのが、雀でした。中でも「躑躅群雀図」が魅惑的で、紅色の花をつけた躑躅が咲き、枝や下方の水辺で雀が群れています。雀は皆、じゃれ合っていて、まるで人間の子どものように楽しげに遊んでいました。いずれも俊敏で、一つとして同じ動きがありません。雀のさえずりが聞こえてくるかのようでした。
初期の作品で、特に目を引いたのが「岩上猿・唐子遊図屏風」でした。右隻には、岩の上に三匹の猿がいて、一匹は何かを食べるような仕草をしています。ほかの猿は、単にぼんやりと辺りを見渡すのみで、何もしていません。黒々とした岩肌が特徴的で、滝の白い筋も見られました。左隻は、中央部に小川の流れる穏やかな水辺でした。川の手前と奥に唐子がいて、手前の唐子たちは子犬をあやしています。この唐子たちはもちろん、コロコロとした子犬の可愛らしさと言ったら比類がありません。もちろん応挙の犬も親しみがありますが、蛙、雀、子犬を同時に描かせれば、芦雪の右に出る者はいないのではないでしょうか。
無量寺の再現は展示の中盤でした。仏間を中央に、手前の室中之間の左右に「虎図襖」と「龍図襖」があり、それに左右に続く上間二之間に「薔薇に鶏・猫図襖」、下間二之間に「唐子遊図襖」が配置されています。これまでにも「虎図」と「龍図」が並んで展示されたことはありましたが、今回は本来の配置と同様、初めて向かいあう形にて展示されました。
最初に姿を現したのが、上間二之間の「薔薇に鶏・猫図」で、左4面に2羽の鶏と薔薇、右4面に3匹の猫が描かれています。1羽の鶏は餌を探すのか、頭を下に向けている一方、猫はいずれも水辺にいて、1匹の子猫は魚を捕ろうとしているのか、鋭い視線を水面に向けながら、脚を差し出していました。また襖は、ちょうど左から4面目の岩の部分で、直角に折れていましたが、これも無量寺の本来の配置に準じています。
続くが「虎図襖」と「龍図襖」でした。虎はまるで屏風から飛び出さんとばかりに跳ねる一方、龍は確かに黒雲を割いて姿を現しているものの、見方を変えれば、その中に身を潜めようとしているようにも思えなくはありません。虎は丸っこく、猛々しい表情ながらも、愛嬌があり、可愛らしくもありました。前脚の描写が独特で、一本しか見えず、左脚のみを差し出しているのか、両脚を重ねて出しているのか、良く分かりません。
また虎の姿自体は、4面の襖に描かれていますが、その後ろにも2面あり、岩と竹の笹が、ちょうど虎と反対方向へと伸び、ないしは靡いていることが分かります。この後ろ2面があるのとないのでは大違いで、虎はかなり後方から前へと軽やかにジャンプしているように見えました。また後ろへ長く伸びてはとぐろを巻く尾っぽも、虎の前への動きを効果的に示すための表現なのかもしれません。なお、先の「薔薇に鶏・猫図」の子猫の真裏に、この虎が描かれていることから、水中の魚から見た猫が、虎であるという説もあるそうです。果たしてどうなのでしょうか。
「龍図襖」の裏手に当たるのが、下間二之間の「唐子遊図襖」でした。「薔薇に鶏・猫図襖」同様に、8面あり、4面の部分で折れています。うち北側は室内、龍の裏側は屋外に設定し、子どもたちが読み書きなどを学ぶ光景を表しました。とは言うものの、ここは遊び心のある芦雪です。ほぼ誰一人、真面目に学ぼうとする子を描いていません。皆、いたずらに熱心で、中には隣の子の顔に筆で墨を塗っている者もいました。これほど生き生きとした子どもたちが登場する作品も、ほかに少ないのではないでしょうか。子ども好きともされる、芦雪の真骨頂と言うべき作品かもしれません。

長沢芦雪「群猿図屏風」(部分) 重要文化財 草堂寺
同じく南紀の草堂寺からも名品がやって来ました。それが「群猿図屏風」で、右に崖と岩、左に水辺を配置し、ともに猿を描いたもので、黒い崖と白い猿、そして白い水辺と黒い猿を、対比的に表現しています。何よりも目を引くのが、崖や岩の描写で、水を含んだ墨の筆触が、掠れと飛沫を伴い、確かに「アクションペインティング」(解説より)を彷彿されるような、激しい面を築き上げていました。その岩の上で、ただ一匹、座る白いサルは、一体、何を見据えているのでしょうか。一方で、左隻の水辺は平穏で、親子を含む4匹の猿が水を飲んだり、毛づくろいをしています。のちの「白象黒牛図屏風」など、画面の左右を対比させるのも、芦雪の得意とするところですが、その際たる作品と言えそうです。
芦雪は空間を作るのに長けた絵師でした。それを表すのが「朝顔に蛙図襖」で、余白を大きく取った6面の襖に、朝顔と蛙、それに竹を配しています。右から3面目に、ともに背を向けた蛙が2匹いて、その側から、竹が大きくしなるように右方向へと伸びていました。そして一番左の面の端から伸びる朝顔は、大きく蔓を宙に振り上げ、いつしか右の竹の方へと伸び、最後は抱きつくように巻きついていました。極めてシンプルな作品ながらも、何たる深遠な空間が表現されているのでしょうか。蛙の視点に乗り、朝顔や竹の行く手を見遣っていると、いつしか絵画空間の中に飲み込まれていることに気づきました。
新しい表現にも果敢に取り組みます。その1つが油絵のような質感のある作品群で、芦雪は短期間ながらも、黒に染めた紙へ絵具を厚く塗りこめた、「鵞鳥之図」などを描きました。ただしほかの画風とはかけ離れているため、一見しただけでは芦雪とは気づきません。
また指や手に墨をつけて描く指頭画も、応挙一門の絵師の中で、ほぼ唯一、作品を残しました。禅の精神への接近なども指摘されているそうです。
応挙だけでなく、ほかの絵師との合作の作品も何点が出展されていましたが、中でも充実していたのが、「花鳥蟲獣図巻」でした。阿波出身の曾道怡との合作で、道怡が先に竹を描き、その後に芦雪が彩色の花鳥や虫を加えました。得意の雀だけでなく、朱色に染まる鸚鵡などを配し、何やら一村を思わせる濃密な画面を作り上げています。かなり力を入れて描いたのでしょうか。巣を作る蜘蛛の姿も写実的でした。
30代後半から46歳で亡くなるまでの芦雪の作品には、一筋縄では捉えきれない、幅広い画風も見られます。特に後半の5年間は、「傾向の広がりにおいても旺盛な制作」(解説より)を続けました。
「巌上母猿図」に心打たれました。背後は一面の金箔で、右から突き出た青緑色の巌の上に、ただ一匹、猿が左手を差し出すような仕草で座っています。注目すべきは猿の表情で、全てを諦めたかのように下を向き、目時は虚ろで、まるで正気がありません。芦雪は、30代後半と40代にて、いずれも2歳の娘と息子を亡くました。この物悲しい猿は、子を失った母猿なのでしょうか。あくまでも推測の範囲に過ぎませんが、何らかの形で芦雪の心境が反映されているのかもしれません。

長沢芦雪「白象黒牛図屏風」(部分) エツコ&ジョー・プライスコレクション
プライスコレクションでも人気の「白象黒牛図屏風」は、最終盤での展示でした。よく指摘されるように象と牛、犬と鴉を、白と黒、さらに大と小とで対比させるように表しています。この絵の主役は何と言っても子犬です。応挙の犬が、無垢で可愛らしいとすれば、芦雪の犬は可愛らしくも、どこか茶目っ気があり、いたずらっ子風でもあります。これぞ脱力系、ゆるキャラの元祖と言っても良いかもしれません。

長沢芦雪「方寸五百羅漢図」 個人蔵
ラストは「方寸五百羅漢図」でした。巨大な「白象黒牛図屏風」とは一転、僅か3センチ四方に過ぎない、実に小さな作品でした。中には500人とも言われる羅漢たちが描かれていますが、米粒以下のサイズのため、肉眼では殆ど分かりません。おそらく当時も、相当な驚きを持って受け止められたのではないでしょうか。画力あり、機知に富み、ウイットもあり、そして人を喜ばせようとした、まさに江戸のエンターテイナーの絵師、長沢芦雪ならではの作品と言えそうです。
私が芦雪を意識する切っ掛けになったのが、今から10年前、2007年の府中市美術館で開催された「動物絵画の100年」展のことでした。その際、会場のラストに「牛図」や「朝顔図」などの襖絵が出ていて、いずれも余白の利用、ないし空間を意識した巧みな構図に強く感銘したことを覚えています。以来、芦雪の犬や雀の可愛らしさにも魅了され、今回も出展した「虎図襖」を、「対決展」(2008年、東京国立博物館)で見たこともあり、より強く芦雪に惹かれるようになったものでした。いつか大規模な回顧展を見たいと思ったのは、一度や二度ではありません。
もちろんこれまでにも回顧展はなかったわけではなく、公式サイトにも記載があるように、2000年には千葉市美術館と和歌山県立博物館、そして2011年にはMIHO MUSEUMにて芦雪展が行われました。
しかしどういうわけか見逃していました。まさにファン待望、待ちに待った芦雪展です。時間の許す限り、芦雪の作品を堪能しました。

荒天の日曜日に観覧して来ましたが、混雑というほどではなかったものの、思いの外に盛況でした。名古屋限定、1ヶ月強の芦雪祭も、残すところ約1週間です。会期末に向けてさらに賑わうかもしれません。
巡回はありません。11月19日まで開催されています。大変に遅くなりましたが、おすすめします。
「長沢芦雪展 京(みやこ)のエンターテイナー」(@rosetsu2017) 愛知県美術館(@apmoa)
会期:10月6日(金)~11月19日(日)
休館:月曜日。
*ただし10月9日(月・祝)は開館し、翌10月10日(火)は休館。
時間:10:00~18:00。
*毎週金曜日は20時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1400(1200)円、高校・大学生1100(900)円、中学生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*コレクション展も観覧可。
住所:名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センター10階
交通:地下鉄東山線・名城線栄駅、名鉄瀬戸線栄町駅下車。オアシス21を経由し徒歩3分。
「長沢芦雪展 京のエンターテイナー」
10/6~11/19

愛知県美術館で開催中の「長沢芦雪展 京(みやこ)のエンターテイナー」を見てきました。
1786年、時に33歳の長沢芦雪は、師の円山応挙の名代として南紀へ赴き、翌年にかけて、無量寺、成就寺、そして草堂寺で障壁画を描きました。それらは現在、重要文化財の指定を受け、芦雪の代表的な作品として評価を受けています。
その中でも人気の「虎図襖」を含む、無量寺の障壁画の空間再現が、史上初めて美術館で実現しました。さらに初期から晩年の作品、80点超(一部に展示替えあり)を展示して、芦雪の画業の全体を辿っています。
冒頭、芦雪の肖像画を経ると、まず現れるのが、最初期の応挙入門以前、または門下時代の作品でした。1754年、丹波の篠山藩士の子として育った芦雪は、若くして京都に出て、少なくとも20代半ばまでには、応挙の門で絵を学んでいたと言われています。

長沢芦雪「蛇図」 個人蔵
松の幹にまとわりつく蛇を描いたのが「蛇図」で、元になる図が応挙の写生帖にないことから、おそらく入門以前の作品だと考えられています。蛇の体は平べったく、やや不自然で、確かに「未熟」(解説より)かもしれませんが、頭部の描写は緻密で、蛇も鋭い目を光らせていました。
「関羽図」では線に注目です。いうまでもなく、三国志の武将の関羽がモデルで、滝を背景に、岩陰で座りながら、トレードマークでもあった長い髭を触っています。服装を象る線が独特で、太い箇所と細い箇所に分かれ、一定ではありません。なにやら一筆を震わせながら描いているようにも見えましたが、実際には細い線を重ねているそうです。
早くも芦雪らしい作品であるのが、得意の蛙を配した「若竹に蛙図」でした。若い竹の生えた水辺に、一匹の蛙が、ぴょんと飛び出さんとばかりに座っています。筆は素早く、竹の葉も軽やかで、僅かに風に揺られているようでした。蛙の視点に誘われるからか、見る側の意識も、否応なしに水辺の方へと向かいます。鑑賞者の視線を巧みに誘導していました。

長沢芦雪「牡丹孔雀図」 下御霊神社
師の応挙と芦雪の作品を見比べることも出来ました。一例が「牡丹孔雀図」で、応挙作と芦雪作が隣り合わせに並んでいます。応挙作はまさしく華麗で、赤い牡丹を背景に、これ見よがしに羽を広げる孔雀の姿を堂々と描いています。また下から、もう一羽の孔雀が、顔を覗かせている様子も面白いのではないでしょうか。一方での芦雪作は、応挙に比べると、全体的に陰影が濃く、羽や牡丹には立体感があり、ぐっと首を下に曲げた孔雀自体にも動きがありました。
より両絵師の個性が際立っていたのが、「楚蓮香図」でした。楚蓮香とは、中国の唐の長安の美人で、香りを慕って蝶がついて来たとも言われています。その逸話に倣い、ともに蝶を見やる女性の姿を表していますが、応挙の画が風雅としたら、芦雪は妖艶とも呼べるのではないでしょうか。応挙が、女性の手を袖に隠して描いたのに対し、芦雪は、細い指を差し出し、蝶がぴたりと吸い付くようにとまる様子を表現しています。また芦雪の女性には、口元に笑みが見られました。上衣の赤い色彩も鮮やかでした。
蛙と並び、芦雪が得意としたのが、雀でした。中でも「躑躅群雀図」が魅惑的で、紅色の花をつけた躑躅が咲き、枝や下方の水辺で雀が群れています。雀は皆、じゃれ合っていて、まるで人間の子どものように楽しげに遊んでいました。いずれも俊敏で、一つとして同じ動きがありません。雀のさえずりが聞こえてくるかのようでした。
初期の作品で、特に目を引いたのが「岩上猿・唐子遊図屏風」でした。右隻には、岩の上に三匹の猿がいて、一匹は何かを食べるような仕草をしています。ほかの猿は、単にぼんやりと辺りを見渡すのみで、何もしていません。黒々とした岩肌が特徴的で、滝の白い筋も見られました。左隻は、中央部に小川の流れる穏やかな水辺でした。川の手前と奥に唐子がいて、手前の唐子たちは子犬をあやしています。この唐子たちはもちろん、コロコロとした子犬の可愛らしさと言ったら比類がありません。もちろん応挙の犬も親しみがありますが、蛙、雀、子犬を同時に描かせれば、芦雪の右に出る者はいないのではないでしょうか。
無量寺の再現は展示の中盤でした。仏間を中央に、手前の室中之間の左右に「虎図襖」と「龍図襖」があり、それに左右に続く上間二之間に「薔薇に鶏・猫図襖」、下間二之間に「唐子遊図襖」が配置されています。これまでにも「虎図」と「龍図」が並んで展示されたことはありましたが、今回は本来の配置と同様、初めて向かいあう形にて展示されました。
最初に姿を現したのが、上間二之間の「薔薇に鶏・猫図」で、左4面に2羽の鶏と薔薇、右4面に3匹の猫が描かれています。1羽の鶏は餌を探すのか、頭を下に向けている一方、猫はいずれも水辺にいて、1匹の子猫は魚を捕ろうとしているのか、鋭い視線を水面に向けながら、脚を差し出していました。また襖は、ちょうど左から4面目の岩の部分で、直角に折れていましたが、これも無量寺の本来の配置に準じています。
「虎図襖」 長沢芦雪 卓越した眼力、何を見た:朝日新聞デジタル https://t.co/JTSYOCQL9j 愛知県美術館の芦雪展も11月19日まで。
— はろるど (@harold_1234) 2017年11月11日
続くが「虎図襖」と「龍図襖」でした。虎はまるで屏風から飛び出さんとばかりに跳ねる一方、龍は確かに黒雲を割いて姿を現しているものの、見方を変えれば、その中に身を潜めようとしているようにも思えなくはありません。虎は丸っこく、猛々しい表情ながらも、愛嬌があり、可愛らしくもありました。前脚の描写が独特で、一本しか見えず、左脚のみを差し出しているのか、両脚を重ねて出しているのか、良く分かりません。
また虎の姿自体は、4面の襖に描かれていますが、その後ろにも2面あり、岩と竹の笹が、ちょうど虎と反対方向へと伸び、ないしは靡いていることが分かります。この後ろ2面があるのとないのでは大違いで、虎はかなり後方から前へと軽やかにジャンプしているように見えました。また後ろへ長く伸びてはとぐろを巻く尾っぽも、虎の前への動きを効果的に示すための表現なのかもしれません。なお、先の「薔薇に鶏・猫図」の子猫の真裏に、この虎が描かれていることから、水中の魚から見た猫が、虎であるという説もあるそうです。果たしてどうなのでしょうか。
「龍図襖」の裏手に当たるのが、下間二之間の「唐子遊図襖」でした。「薔薇に鶏・猫図襖」同様に、8面あり、4面の部分で折れています。うち北側は室内、龍の裏側は屋外に設定し、子どもたちが読み書きなどを学ぶ光景を表しました。とは言うものの、ここは遊び心のある芦雪です。ほぼ誰一人、真面目に学ぼうとする子を描いていません。皆、いたずらに熱心で、中には隣の子の顔に筆で墨を塗っている者もいました。これほど生き生きとした子どもたちが登場する作品も、ほかに少ないのではないでしょうか。子ども好きともされる、芦雪の真骨頂と言うべき作品かもしれません。

長沢芦雪「群猿図屏風」(部分) 重要文化財 草堂寺
同じく南紀の草堂寺からも名品がやって来ました。それが「群猿図屏風」で、右に崖と岩、左に水辺を配置し、ともに猿を描いたもので、黒い崖と白い猿、そして白い水辺と黒い猿を、対比的に表現しています。何よりも目を引くのが、崖や岩の描写で、水を含んだ墨の筆触が、掠れと飛沫を伴い、確かに「アクションペインティング」(解説より)を彷彿されるような、激しい面を築き上げていました。その岩の上で、ただ一匹、座る白いサルは、一体、何を見据えているのでしょうか。一方で、左隻の水辺は平穏で、親子を含む4匹の猿が水を飲んだり、毛づくろいをしています。のちの「白象黒牛図屏風」など、画面の左右を対比させるのも、芦雪の得意とするところですが、その際たる作品と言えそうです。
芦雪は空間を作るのに長けた絵師でした。それを表すのが「朝顔に蛙図襖」で、余白を大きく取った6面の襖に、朝顔と蛙、それに竹を配しています。右から3面目に、ともに背を向けた蛙が2匹いて、その側から、竹が大きくしなるように右方向へと伸びていました。そして一番左の面の端から伸びる朝顔は、大きく蔓を宙に振り上げ、いつしか右の竹の方へと伸び、最後は抱きつくように巻きついていました。極めてシンプルな作品ながらも、何たる深遠な空間が表現されているのでしょうか。蛙の視点に乗り、朝顔や竹の行く手を見遣っていると、いつしか絵画空間の中に飲み込まれていることに気づきました。
新しい表現にも果敢に取り組みます。その1つが油絵のような質感のある作品群で、芦雪は短期間ながらも、黒に染めた紙へ絵具を厚く塗りこめた、「鵞鳥之図」などを描きました。ただしほかの画風とはかけ離れているため、一見しただけでは芦雪とは気づきません。
また指や手に墨をつけて描く指頭画も、応挙一門の絵師の中で、ほぼ唯一、作品を残しました。禅の精神への接近なども指摘されているそうです。
曾道怡との合作《花鳥蟲獣図巻》(千葉市美術館蔵)は、あす10月28日(土)から巻物後半部の展示となります。前半部で描かれる芦雪おなじみの後ろ姿の子犬も本日で見納め。名古屋はおでかけ日和、本日は午後8時まで開館です。 #芦雪 pic.twitter.com/ZUDjDfXLan
— 長沢芦雪展公式 (@rosetsu2017) 2017年10月27日
応挙だけでなく、ほかの絵師との合作の作品も何点が出展されていましたが、中でも充実していたのが、「花鳥蟲獣図巻」でした。阿波出身の曾道怡との合作で、道怡が先に竹を描き、その後に芦雪が彩色の花鳥や虫を加えました。得意の雀だけでなく、朱色に染まる鸚鵡などを配し、何やら一村を思わせる濃密な画面を作り上げています。かなり力を入れて描いたのでしょうか。巣を作る蜘蛛の姿も写実的でした。
30代後半から46歳で亡くなるまでの芦雪の作品には、一筋縄では捉えきれない、幅広い画風も見られます。特に後半の5年間は、「傾向の広がりにおいても旺盛な制作」(解説より)を続けました。
「巌上母猿図」に心打たれました。背後は一面の金箔で、右から突き出た青緑色の巌の上に、ただ一匹、猿が左手を差し出すような仕草で座っています。注目すべきは猿の表情で、全てを諦めたかのように下を向き、目時は虚ろで、まるで正気がありません。芦雪は、30代後半と40代にて、いずれも2歳の娘と息子を亡くました。この物悲しい猿は、子を失った母猿なのでしょうか。あくまでも推測の範囲に過ぎませんが、何らかの形で芦雪の心境が反映されているのかもしれません。

長沢芦雪「白象黒牛図屏風」(部分) エツコ&ジョー・プライスコレクション
プライスコレクションでも人気の「白象黒牛図屏風」は、最終盤での展示でした。よく指摘されるように象と牛、犬と鴉を、白と黒、さらに大と小とで対比させるように表しています。この絵の主役は何と言っても子犬です。応挙の犬が、無垢で可愛らしいとすれば、芦雪の犬は可愛らしくも、どこか茶目っ気があり、いたずらっ子風でもあります。これぞ脱力系、ゆるキャラの元祖と言っても良いかもしれません。

長沢芦雪「方寸五百羅漢図」 個人蔵
ラストは「方寸五百羅漢図」でした。巨大な「白象黒牛図屏風」とは一転、僅か3センチ四方に過ぎない、実に小さな作品でした。中には500人とも言われる羅漢たちが描かれていますが、米粒以下のサイズのため、肉眼では殆ど分かりません。おそらく当時も、相当な驚きを持って受け止められたのではないでしょうか。画力あり、機知に富み、ウイットもあり、そして人を喜ばせようとした、まさに江戸のエンターテイナーの絵師、長沢芦雪ならではの作品と言えそうです。
"長沢芦雪展|独創的で型破りな作品を生み出した奇想の画家の展覧会" https://t.co/51ch8z93ON @seraijpさんから
— 愛知県美術館 (@apmoa) 2017年10月30日
私が芦雪を意識する切っ掛けになったのが、今から10年前、2007年の府中市美術館で開催された「動物絵画の100年」展のことでした。その際、会場のラストに「牛図」や「朝顔図」などの襖絵が出ていて、いずれも余白の利用、ないし空間を意識した巧みな構図に強く感銘したことを覚えています。以来、芦雪の犬や雀の可愛らしさにも魅了され、今回も出展した「虎図襖」を、「対決展」(2008年、東京国立博物館)で見たこともあり、より強く芦雪に惹かれるようになったものでした。いつか大規模な回顧展を見たいと思ったのは、一度や二度ではありません。
もちろんこれまでにも回顧展はなかったわけではなく、公式サイトにも記載があるように、2000年には千葉市美術館と和歌山県立博物館、そして2011年にはMIHO MUSEUMにて芦雪展が行われました。
しかしどういうわけか見逃していました。まさにファン待望、待ちに待った芦雪展です。時間の許す限り、芦雪の作品を堪能しました。

荒天の日曜日に観覧して来ましたが、混雑というほどではなかったものの、思いの外に盛況でした。名古屋限定、1ヶ月強の芦雪祭も、残すところ約1週間です。会期末に向けてさらに賑わうかもしれません。
巡回はありません。11月19日まで開催されています。大変に遅くなりましたが、おすすめします。
「長沢芦雪展 京(みやこ)のエンターテイナー」(@rosetsu2017) 愛知県美術館(@apmoa)
会期:10月6日(金)~11月19日(日)
休館:月曜日。
*ただし10月9日(月・祝)は開館し、翌10月10日(火)は休館。
時間:10:00~18:00。
*毎週金曜日は20時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1400(1200)円、高校・大学生1100(900)円、中学生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*コレクション展も観覧可。
住所:名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センター10階
交通:地下鉄東山線・名城線栄駅、名鉄瀬戸線栄町駅下車。オアシス21を経由し徒歩3分。
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