山口晃「大ダルマ」 墨田区役所庁舎

墨田区役所庁舎1階アトリウム
山口晃「大ダルマ」 
10/26~11/22

墨田区役所庁舎1階アトリウムで公開中の山口晃「大ダルマ」を見てきました。

1817年、葛飾北斎は、名古屋の寺院の境内にて、120畳もの紙に巨大なダルマを描きました。それは当時、大変な評判を呼び、人々は列を作って観覧し、周囲には露店も並んだとの記録も残されています。

それからちょうど200年。現代の日本画家、山口晃は、北斎のエピソードに因み、約120平方メートルもの綿布に、同じくダルマを描くというライブパフォーマンスを行いました。

観客を前にした山口は、巨大な筆を操りつつ、綿布に対峙し、一気呵成、約2時間半にて、ダルマを描き上げたそうです。山口自身も早描きを意識したと語っています。

「縦横無尽の大だるま 巨大筆握り大仕事 北斎にちなむ」(朝日新聞デジタル)

その「大ダルマ」は制作後、ライブパフォーマンスの行われたYKK60ビル(すみだ北斎美術館近く)にて公開されていましたが、10月26日に墨田区役所庁舎へと移されました。



公開場所は、区庁舎内の1階のアトリウムです。ちょうど作品の向かいのエスカレーターの上に立つと、その姿が目に飛び込んできました。ともかく話には聞いていましたが、想像以上の大きさでした。実際のところ、9メートル×13.5メートルもあります。相応のスペースがなければ、展示すら出来ません。

ただ私が出かけた際、たまたま偶然だったのか、鑑賞に際して、一つ、支障になるものがありました。というのも、写真でもお分かりいただけるかもしれませんが、作品の下に、区の福祉、あるいは医療関連の情報パネルがたくさん並べられていたからです。実際、遠目から見ると、作品の下の部分が隠れていました。



しかしここは美術館ではなく、あくまでも区の事務を取り扱う区役所です。空間にも制約があるゆえに、致し方ないのでしょう。ともかくはまず近寄ろうと、エスカレーターを降りて、作品の方へと近づいてみました。



するとやはり前のパネルが立ちはだかります。一瞬、近くまで寄れないのかと思いましたが、よく見ると、通路があり、パネルを抜け、無事に作品の目の前まで辿り着くことが出来ました。観賞のために一定の配慮がなされていたようです。



目の前から見上げると迫力満点です。この大きなダルマを、濃い墨と薄い墨を駆使しながら、素早い筆触で描いていることが分かります。眉間にしわを寄せ、いかつい表情をしながらも、僅かに目が潤んでいるようにも見えました。髪と眉、そして髭を象る筆のストロークが、特に激しく感じられました。まさにダイナミックでした。



画面の左下に目を転じると、お馴染みの山愚痴屋の号が記されていました。随所で見られる墨の飛沫が、ライブにおける即興的な制作の姿を彷彿させました。



それにしてもこれほどの大きさです。今後はどのような場所で展示されるのでしょうか。その迫力に魅了されるとともに、作品の行く末も気になりました。



なおパフォーマンスは、この10月、すみだ北斎美術館にて開催された「パフォーマー☆北斎~江戸と名古屋を駆ける~」展の関連して行われました。その制作時の映像が、インターネットミュージアムにより、youtubeへアップされています。制作のプロセスが良く分かりました。



見学は無料です。11月22日まで公開されています。

山口晃「大ダルマ」 墨田区役所庁舎1階アトリウム
会期:10月26日(木)~11月22日(水)
時間:9:00~19:00。
休館:区庁舎閉庁日に準じる。
料金:無料
住所:墨田区吾妻橋1-23-20
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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「しめかざりー祈りと形」  武蔵野美術大学民俗資料室ギャラリー

武蔵野美術大学13号館2階 民俗資料室ギャラリー
「しめかざりー祈りと形」  
10/16〜11/18



武蔵野美術大学民俗資料室ギャラリーで開催中の「しめかざりー祈りと形」 を見てきました。

古くから日本では、神事でしめ縄を用い、特に江戸時代以降は、装飾を凝らしたしめかざりが作られるようになりました。

そのしめかざりが約100点ほど集まりました。いずれも同大学を卒業生し、しめかざり研究家でもある森須磨子氏が、一括して寄贈したコレクションでした。


「宝船」 秋田県秋田市

まずは定義です。そもそもしめかざりとは、正月に年神を迎えるため、家の内外に飾る藁の飾りのことで、古来のしめ縄から派生しました。縄の内側を神聖な場所とするしめ縄は、「記紀神話」にも登場し、平安時代にも門戸に用いられた記録が存在しているそうです。

そのしめ縄が、造形的にしめかざりと化したのが、江戸時代でした。しかし当時は、しめかざりとは呼ばれず、飾縄、ないし飾藁と称されていました。いつしかしめかざりと言われるようになり、かつてほどではないものの、現在においても、正月を迎えるに際し、玄関や床の間などに飾る風習が続いています。


「海老」 新潟県 ほか

何よりも重要なのは、藁を素材としていることです。米の文化が根付く日本では、米だけでなく、藁も神聖視するようになりました。しかし藁が取れない地域では、アシやイグサなどを用いる場合もあるそうです。

全国のしめかざりを、構造面から捉えると、おおむね5つの傾向に分類することが出来ます。まず1つが牛蒡ジメで、一定の太さで一文字になわった形を表し、多くは紙垂などを下げ、玄関などに飾りました。横一文字に飾るのが一般的ですが、縦に飾る地域もないわけではありません。


右:「大根ジメ」 大分県大分市 ほか

2つ目が、牛蒡ジメの中央が太くなった大根ジメで、太い部分には芯を入れて飾ります。また両端を細くなわった形を、両ジメと呼びます。両端を広げたり、丸めて輪っかにして飾ることもあるそうです。


前垂れ「オカオガクシ」 群馬県吾妻郡中之条町

続くのが前垂れで、のれん上に藁を垂らし、玄関などに飾りました。サイズは様々で、中には玄関の間口いっぱいに広げる場合もあります。また江戸時代には、門松に前垂れを掛ける風習も存在していました。


玉飾り 静岡県伊東市 ほか
 
4つ目が玉飾りです。まさに玉を思わせる太い輪が特徴で、輪の下から藁束を垂らして飾ります。輪は一重のものが一般的ですが、西日本では、二重、三重と増えていく傾向も見られます。


輪飾り 静岡県菊川市 ほか

最後が輪飾りです。いわゆる場所を限定せず、汎用性のある小型のしめかざりを意味し、家の勝手口や乗り物にも飾ります。一般的な家庭においては、正月の若松に飾る方もおられるかもしれません。


「眼鏡」 広島県庄原市 ほか

また正月らしく、縁起物が多いのも特徴です。その例に宝船、宝珠、俵などがあり、特に面白いのは眼鏡でした。先を見通すという意味を持ち、岡山県や周辺でよく見られるそうです。


左:「鶴」 大分県由布市

生き物を象ったしめかざりも目立っていました。もちろん縁起物と同様、吉祥主題に因むもので、鶴、亀、海老、さらに馬や蛇などを象っています。


左:「蛇」 滋賀県大津市 ほか

うち意外なのが蛇でした。確かに蛇は魔物としても扱われますが、一方で神の使いとしても崇拝され、脱皮を繰り返すことから、再生や生命力のシンボルとして受け止められていました。また古来のしめ縄は、蛇を象ったという説もあります。その観点からも重要かもしれません。

それにしても驚きました。全国津々浦々、しめかざりの造形は極めて多様です。お気に入りの一点の探すのも、面白いかもしれません。私の一押しは、やはりチラシの表紙を飾る、大分県の大根ジメのしめかざりです。まるで人が楽しげに両手を振り上げているように見えました。


「宝珠」 広島県

会場は、戸谷成雄展開催中の美術館ではなく、大学構内、13号館の2階の民俗資料室ギャラリーです。スペースは広くなく、狭い一室のみでの展示でした。


「しめかざりー祈りと形」会場風景

美術館からは歩いて1、2分程度でした。受付で場所を尋ねると丁寧に教えて下さいます。私も戸谷展に出かけた際、初めて開催を知りましたが、しめかざりに囲まれた空間は清々しく、思いのほかに興味深く見ることが出来ました。


充実したリーフレットも無料で配布中でした。撮影も出来ます。

「しめかざりー新年の願いを結ぶかたち/森須磨子/工作舎」

11月18日まで開催されています。

「しめかざりー祈りと形」  武蔵野美術大学13号館2階民俗資料室ギャラリー(@mau_m_l
会期:10月16日(月)〜11月18日(土)
休館:日曜日、祝日、10月30日(月)。
 *10月29日(日)は特別開館。
時間:10:00~17:00
料金:無料。
場所:東京都小平市小川町1-736
交通:西武国分寺線鷹の台駅下車徒歩約20分。JR線国分寺駅(バス停:国分寺駅北入口)より西武バスにて「武蔵野美術大学」下車。(所要約20分)
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「戸谷成雄―現れる彫刻」  武蔵野美術大学美術館

武蔵野美術大学美術館
「戸谷成雄―現れる彫刻」  
10/16〜11/11



1947年に生まれ、「日本の現代彫刻を牽引する」(解説より)戸谷成雄の個展が、武蔵野美術大学美術館にて開催されています。

入口のアトリウムからして圧巻でした。吹き抜けの中央には、高さ9メートルにも及ぶ、「雷神-09」がそびえ立っています。素材はもちろん木材で、下部が球形をなしていて、球の上から、細い柱のような突起が、天井付近に達していました。表面は、チェーンソーにより彫り込まれ、無数の襞が現れていました。一本の樹木が根を生やし、地面に食い込んでいるようにも見えなくはありません。実際には、「木が雷に打たれた姿から着想され、空に轟く雷の構造を反転させ」(解説より)ているそうです。雷神の例を引くまでもなく、神の現れを表現しているのでしょうか。その起立する様は、まさしく神々しいほどでした。

空間自体を作品に落とし込み、観客を内部へ取り込んだ、インスタレーション的な展開を見せているのも、興味深いところかもしれません。


「見られる扉Ⅱ」 1994年 *参考図版

その一つが「見られる扉Ⅱ」でした。展示室内には、高さ4メートル弱、横幅11メートルの壁が立ちはだかり、鑑賞者の行く手を阻んでいます。その壁には扉が7つあり、うち中央の1つのみが通行可能、つまりは向こう側に出入り出来る仕掛けになっていました。

ほかの6つの扉は塞がっていて、いずれも小さな覗き穴があり、向こう側を見やることだけが可能でした。通り抜けられる扉の内部は、やはり襞がたくさん現れていて、荒々しい木の質感を目の当たりにすることも出来ます。それ以外の壁の部分は、漆喰、ないし蝋で仕上がっていて、ほぼ平面でした。通り抜けて壁を振り返ると、ちょうど扉の部分に木の襞で穴を象った、先の面とは全く異なった景色が広がっていました。まるで古代の神殿の壁を前にしたかのようでした。


「境界からⅤ」 1997-1998年 *参考図版

「境界からⅤ」も面白い作品です。順に沿って進むと、高さ3メートル、横幅5メートル弱の壁が現れます。素材は木で、その高さゆえに、向こう側は一切見通せません。ただあるのは大きな穴で、やはり無数の襞が付けられていました。しかし穴は真っ暗で、一体、どれほど奥にのびているか分かりません。ブラックホールと表現するには語弊があるでしょうか。ただぽっかりと口を開けていました。

この作品は、何も穴だけではありませんでした。壁の裏側に回ると、先の「雷神」と同じく、柱状の突起部が、水平に突き出していることが見て取れます。長さは何と20メートルもあり、根元がやや膨み、空洞になっていたゆえに、真っ暗な穴として見えていたわけでした。つまり反対側から覗き込んでいたわけです。

「洞穴体」シリーズも迫力がありました。通路状のスペースには、高さ2メートルほどの木の壁が、4点、交互に立っています。例のチェーンソーによる襞が出来ていて、一部は隆起し、まるで海面のようなうねりを伴っています。溶岩の固まった、岩の表面とも呼べるかもしれません。生々しくもありました。

その裏へ回って驚きました。一転してフラットな表面に、荒々しい襞を伴った、木の塊がくっ付いています。得体の知れない動物が、屈んでいる姿のようにも見えました。なにやら不気味であり、また強い量感です。これほど表と裏で景色が違うとは思いませんでした。

出展は20点です。大型の旧作から近作を交えながら、アトリウムと2つの展示室を効果的に用いていました。これまでも私自身、戸谷の作品を、東京国立近代美術館の常設展示や、所沢の「引込線」のほか、都内のギャラリーなどで何度か目にしてきましたが、このスケールで見るのは初めてでした。充足感がありました。



カタログが充実していました。一般向けは1800円で、出展作品の図版だけでなく、過去のアーカイブも掲載されています。戸谷に関する書籍の一つの決定版になりそうです。


「やきものの在処」展示風景

なお、同じく美術館内の展示室4と5では、「やきものの在処」と題し、同大学所蔵の陶磁器コレクションを紹介する展示も行われています。


「やきものの在処」展示風景

タブレットを用いたデジタルデータの展示の試みもあります。こちらは一部の作品を除き、自由に撮影も出来ました。


日曜日はお休みです。お出かけの際はご注意下さい。

入場は無料です。11月11日まで開催されています。私はおすすめします。

「戸谷成雄―現れる彫刻」  武蔵野美術大学美術館@mau_m_l
会期:10月16日(月)〜11月11日(土)
休館:日曜日、祝日、10月30日(月)。
 *10月29日(日)は特別開館。
時間:11:00~18:00
 *土曜日、特別開館日は17時閉館。
料金:無料。
場所:東京都小平市小川町1-736
交通:西武国分寺線鷹の台駅下車徒歩約20分。JR線国分寺駅(バス停:国分寺駅北入口)より西武バスにて「武蔵野美術大学」下車。(所要約20分)
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酒井抱一「四季花鳥図巻」(巻下) 東京国立博物館

東京国立博物館・本館8室
酒井抱一「四季花鳥図巻」(巻下)
10/31~12/17

東京国立博物館の本館8室にて、酒井抱一の「四季花鳥図巻」(巻下)が公開されています。

「四季花鳥図巻」は1818年、根岸の庵居に「雨華庵」の額をかけた翌年に制作した作品で、抱一は上下の二巻に、四季の花鳥を描きました。巻子、箱の体裁ともに上質なことから、おそらくは、高位の家の吉事のために作られたとされています。



上下巻に示された植物は、全部で60種にも及び、禽鳥8種、昆虫9種を加えているのも特長です。草花は、琳派的な装飾性を帯びたものと、一転して写実的な描写が混在していました。とりわけ重要なのは、随所に昆虫が登場することです。

これまでの琳派、つまり宗達や光琳は、花鳥図において、昆虫を描き加えませんでした。よって自然の趣を琳派へと落とし込んだ、まさに江戸琳派の様式を確立した作品とも言われています。



中でも目立つのが、菊の花の蕾の上に乗るカマキリで、さも自らの存在感を示すかのように、前脚を振り上げていました。こうした虫は、円山四条派、ないし中国の伝統な草虫図、さらにこの頃に流行した博物図譜を参照したと考えられているそうです。



秋の冒頭は、白い萩と銀の月、そして丸い単純な朝顔の取り合わせで、いずれも琳派、特に光琳の様式に近い表現がとられています。



秋では楓の幹に赤ゲラが止まっていました。洗練された秋草の描写も魅力の一つです。随所に空気感、ないし風も感じられるかもしれません。



冬の到来を告げるのが雪でした。白梅には雪がシャーベット状に降り積もっています。またラストには隷書体で署名を記しています。印章は2つ押されていました。



撮影も可能です。抱一による、身近な草花や昆虫への、温かい眼差しも感じられるのではないでしょうか。その流麗な自然描写に心を惹かれました。



12月17日まで展示されています。

*写真は全て、酒井抱一「四季花鳥図巻 巻下」 江戸時代・文化15(1818)年 東京国立博物館

酒井抱一「四季花鳥図巻」(巻下) 東京国立博物館・本館8室(@TNM_PR
会期:10月31日(火) ~12月17日(日)
時間:9:30~17:00。
 *毎週金・土曜、および11月2日(木)は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し10月9日(月・祝)は開館。
料金:一般620(520)円、大学生410(310)円、高校生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
 *特別展の当日チケットでも観覧可。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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雨の中のお伊勢参り 後編「おはらい町/おかげ横丁」・「猿田彦神社」・「月読宮」・「神宮徴古館」

前編「外宮」・「内宮」に続きます。伊勢神宮へ参拝してきました。

雨の中のお伊勢参り 前編「外宮」・「内宮」

内宮を出て、おはらい町へと繰り出すと、荒天にも関わらず、かなりの人出で賑わっていました。伊勢特有の建築による街並みが約800メートルほど続き、石畳の通りの左右には、土産物店や飲食店、また酒屋などが連なっていました。



その内宮門前町の一画にあるのが、伊勢の古い建築を移設、もしく再現したおかげ横丁で、約4000坪の敷地内に、おはらい町同様、たくさんの飲食店がひしめき合っています。ちょっとしたテーマパークと言えるかもしれません。

おかげ横丁は、横丁とあるように、通路も狭いため、他の方と傘がぶつかりあうほどでした。ちょうど太鼓の演舞が行われていましたが、なかなかじっくりと楽しむような状況ではありませんでした。



気がつけば、朝からほぼ歩き通しでした。何軒かの土産店で土産を買い、酒屋をひやかしたのちは、少し休もうと、喫茶店を探しました。ちょうど目の前にあったのが、カップジュピーで、混んではいたものの、タイミング良く座ることが出来ました。

空間分煙(カウンターのみ喫煙)ながら、店内の居心地は良く、写真を撮り損ねましたが、ケーキもコーヒーも本格的で、いわゆる観光地にありがちな店ではありません。随所にこだわりを感じました。おすすめ出来ると思います。



カップジュピーで休憩した後は、神宮を背にして、おはらい町を北に歩きました。ものの10分弱で、伊勢街道に面した宇治浦田町の交差点に辿り着きました。そのすぐ近くにあるのが猿田彦神社です。神話では、高千穂に天照大御神の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を案内し、伊勢に戻って全国を開拓した言われることから、全ての始まりの道標となる「みちひらきの神様」として信仰されています。

神宮に比べると静かな境内でしたが、それでも七五三で記念撮影をしているファミリーも見受けられました。また中には、天岩窟(あめのいわや)にこもった天照大御神の前で神楽をしたという、天宇受売命(あめのうずめのみこと)を祀った佐留女神社もあり、そちらも合わせてお参りしました。舞を演じたことから、芸能にご利益があるとされているそうです。



猿田彦神社から北へ1キロ弱の丘に位置するのが、月読宮(つきよみのみや)でした。内宮の別宮に当たり、月読宮をはじめ、月読荒御魂宮(つきよみあらみたまのみや)、伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)、そして伊佐奈弥宮(いざなみのみや)の四宮が鎮座しています。晴れていれば猿田彦神社からも歩けますが、この頃から雨が強くなり、ほぼ土砂降りになってしまいました。よって循環バスに乗り、月読宮近くのバス停、中村で下車しました。そこからは鳥居までは5分とかかりませんでした。



境内へ入ると鬱蒼とした森で、参道は薄暗く、内宮とも離れているからか、まるで人気がありませんでした。木々に激しく当たっては落ちる雨音だけが聞こえてきました。



月読宮では四つの別宮が横一列に並んでいます。右から月読荒御魂宮(2)、月読宮(1)、伊佐奈岐宮(3)、伊佐奈弥宮(4)で、番号の順、つまり右から2つ目の月読宮から参拝する慣わしになっています。ほぼ誰もいなかったので、ここは後ろも気にせずに、じっくり拝むことが出来ました。



なお月読宮の祭神である月読尊は、天照大御神の弟神に当たり、創始は不明ながらも、おそらく奈良時代には月讀社として称されていたと考えられています。かつては五十鈴川の近くにあったものの、五十鈴川の洪水で流されたため、855年に現在地に編座したと言われています。



月読宮を出て時計を見ると、既に15時半を回っていました。最後の目的地は、さらに北にある倭姫宮に隣接した神宮徴古館です。神宮農業館、神宮美術館とともに、神宮の博物館の1つで、神宮のお祭りや社殿建築、式年遷宮に関する神宝などを紹介しています。



大変に立派な建物でした。神宮徴古館が建てられたのは、明治42年で、当時は日本初の私立博物館でした。本館1階と2階、そして別館の1階に展示室があり、各神宝類だけでなく国史絵画のほか、太刀なども並んでいました。思いの外にボリュームがあり、総じて式年遷宮の展示が充実していました。また荒天のせいか、館内は貸切状態でした。



予定では、神宮農業館、神宮美術館も鑑賞するつもりでしたが、いずれも入館時間が16時半までだったため、時間切れになってしまいました。よって閉館まで神宮徴古館を見学した後、再びバスに乗り、伊勢市駅へと戻りました。そして17時過ぎの近鉄特急に乗り、名古屋へと向かいました。



朝に伊勢に入った時は、二見浦まで足を伸ばそうかとも考えていましたが、とても時間が足りません。伊勢界隈だけで1日がかりでした。



雨のお伊勢参りも趣深いものがあります。雨が降りしきり、靄のかかった伊勢神宮は、どこか幻想的な雰囲気に包まれていました。

「猿田彦神社」
住所:三重県伊勢市宇治浦田2-1-10
交通:JR線・近鉄線伊勢市駅よりバスで約15分。

「月読宮」
住所:三重県伊勢市中村町742-1
交通:近鉄線五十鈴川駅より徒歩10分。

「神宮徴古館」
休館:木曜日。但し祝日の場合は翌平日。年末年始(12月29日~31日)
時間:9:00~16:00(観覧は16時半まで)
料金:大人500(300)円、小中学生100(無料)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *美術館との共通券(大人700円、小中学生200円。)あり。
住所:三重県伊勢市神田久志本町1754-1
交通:近鉄線五十鈴川駅より徒歩15分。JR線・近鉄線伊勢市駅よりバスで約15分。
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雨の中のお伊勢参り 前編「外宮」・「内宮」

伊勢神宮を参拝してきました。

皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)にはじまり、別宮や摂社、末社や所管社を含めて、計125宮社からなる伊勢神宮には、1年間に約800万名もの参拝者が訪れるそうです。

私自身は、ほぼ20年ぶりのお参りでした。早朝に自宅を出発し、東京駅から6時台の「のぞみ」に乗車。名古屋で近鉄特急に乗り換えて、伊勢路を南下し、伊勢市駅を目指しました。伊勢市駅に着いたのは、10時頃でした。



この日は台風が接近していたため、雨の予報が出ていましたが、朝の段階では曇天で、まだ降っていませんでした。小腹が空いたので、駅近くの山口屋にて伊勢うどんをすすった後、歩いて外宮へと向かいました。有名なのは内宮ですが、「お伊勢参りは、外宮から」と言われるように、外宮から参拝するのが、一般的でもあります。



外宮は伊勢市駅から近く、表参道まで歩いて5分程度に過ぎません。火除橋を渡り、玉砂利の敷かれた境内へ進むと、湿り気を帯びたひんやりとした空気が身体に伝わってきました。鳥居をくぐると、祈祷を受け付ける神楽殿が見えてきました。



その先にあるのが、豊受大御神(とようけのおおみかみ)を祀る正宮でした。天照大御神の食事を司る神で、内宮の鎮座より約500年後に迎えられたと伝えられています。



社殿は唯一神明造と呼ばれ、内宮とほぼ同じ様式ですが、配置が異なっています。ちょうど社殿の手前に広がる空間が、遷宮の前に社殿が建っていた古殿地でした。



その空間があるからか、側面から正宮の奥を見通すことも出来ました。古代の高床式倉庫が発展したともされる造りですが、確かに弥生時代にタイムスリップしたかのような錯覚にも陥りました。



外宮には、風宮(かぜのみや)、多賀宮(たかのみや)、土宮(つちのみや)、月夜見宮(つきよみのみや)の4つの別宮があります。うち月夜見宮を除く3つの宮が、外宮の境内の中にありました。



その中で最も賑わっていたのが風宮でした。風雨を司る級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長戸辺命(しなとべのみこと)が祀られていて、内宮の別宮の風日祈宮(かざひのみのみや)と同じ祭神です。風雨は農作物に影響を与えるため、神宮では古来より正宮に準じて、丁寧にお祀りしているそうです。当初は小さな社に過ぎなかったものの、元寇時に猛風、いわゆる神風を吹かせたとして、1293年に別宮に昇格しました。その霊験にあやかろうとお参りする方が多いのかもしれません。



境内の随所で巨木が目に飛び込んできます。古来よりの豊かな自然も、伊勢神宮の大きな魅力ではないでしょうか。



外宮横の勾玉池に面するのが、式年遷宮の資料館である「せんぐう館」です。外宮正宮の模型や、神宝の調整工程や、遷宮祭に関する展示を行う施設で、平成25年の第62回神宮式年遷宮を記念して建てられました。

私も見学するつもりでしたが、この日のちょうど一週間前の台風の風雨で浸水したため、臨時休館中でした。勾玉池が溢れて、地下展示室が水没してしまったそうです。やむをえません。内宮へ向かうべく、外宮前のバス停に行きました。



外宮と内宮を歩くと1時間弱かかります。よってバスのアクセスが便利です。伊勢市駅から、外宮を経由し、内宮へと向かうバスが発着しています。土日の多客時は10分に1本ほど運行しているため、さほど待つことなく乗車出来ました。なお前もって駅前の三重交通の切符売り場で、伊勢市内や鳥羽へのルートがフリーとなる「みちくさきっぷ」を購入しておきました。大人は1000円です。エリア内の乗り降りが自由な上、幾つかの施設での割引特典もあります。そしてバスに揺られること約10分。渋滞にも巻き込まれることなく、内宮の前に到着しました。



内宮に着くと雨が降り出しました。本降りで傘は手放せません。ただそれでも人出は外宮の数倍あり、五十鈴川に架かる宇治橋の手前で、記念撮影をする方も多くおられました。



宇治橋を渡ると山の深い緑が目に飛び込んで来ました。橋の外と内には7メートル超の大鳥居が立っています。なおこの宇治橋自体も、20年毎に建て替えられるそうです。現在の宇治橋は平成21年に架けられました。



しばらく神苑と呼ばれる広い空間を進むと、手水舎があり、その右手後方の石畳の下に、五十鈴川御手洗場がありました。普段は清らかな流れだそうですが、この日は増水し、やや濁った水が滔々と流れていました。



御手洗場を過ぎ、森の中を歩くと、左手に神楽殿が見えてきます。そのちょうど向かい側にも橋がありました。別宮の風日祈宮へのルートです。雨が強いからか、あまり人気がなく、社殿もひっそりと佇んでいました。



再び橋に戻り、さらに進むと、いよいよ正宮へと至る鳥居が姿を現しました。一度、山道を下り、その後に階段を上がる構造で、階段下からのみ撮影が出来ます。白く淡い光に包まれ、高木に囲まれた鳥居と社殿の姿は、まさに神々しく、また美しく見えました。



二拝二拍手一礼でお参りした後は階段を降り、荒祭宮(あらまつりのみや)にも参拝しました。内宮に属する別宮のうちの第一位で、殿舎も規模も正宮に次ぐスケールを誇ります。祭神は、天照大御神の荒御魂(あらみたま)で、神の特別な状態、また神威を現した状態を指すそうです。その隣には荒祭宮の古殿地も広がっていました。



再び宇治橋を渡ながら山を眺めると、霞がかかっていました。この光景は、おそらく雨天時でなければ見られません。



後編「おはらい町/おかげ横丁」・「猿田彦神社」・「月読宮」・「神宮徴古館」へと続きます。

雨の中のお伊勢参り 後編「おはらい町/おかげ横丁」・「猿田彦神社」・「月読宮」・「神宮徴古館」

「伊勢神宮」
参拝時間:5:00~17:00(10月・11月・12月)、5:00~18:00(1月・2月・3月・4月・9月)、5:00~19:00(5月・6月・7月・8月)
住所:三重県伊勢市宇治館町1(内宮)、三重県伊勢市豊川町279(外宮)
交通:JR線・近鉄線伊勢市駅より徒歩5分(外宮)、JR線・近鉄線伊勢市駅よりバスで約15分(内宮)。外宮から内宮へはバスで約10分。
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2017年11月に見たい展覧会

早いもので、今年も残すところ、あと2ヶ月となりました。この秋は、上野の森美術館の「怖い絵」、東京国立博物館の「運慶展」、そして京都国立博物館の「国宝展」に人気が集中し、いずれも連日、長蛇の列が発生しています。

特に話題沸騰の「怖い絵」は、会場のキャパシティの問題もあり、11月3日(金・祝)には、3時間半にも及ぶ行列が起きました。凄まじい混雑が続いています。

先月に見た展覧会の中では、愛知県美術館の「長沢芦雪展」が圧倒的に印象に残りました。まだ感想を書けていませんが、師の応挙の作品を参照しつつ、小品から代表作までを網羅した、実に見応えのある内容でした。「虎図」でも知られる、無量寺の襖絵の再現展示も見事でした。

千葉市美術館の「鈴木春信展」も充実していました。既に千葉での展示は終了しましたが、11月から名古屋ボストン美術館、来年春には、あべのハルカス美術館へと巡回します。そちらでも是非、おすすめしたいところです。

11月に見たい展覧会をリストアップしてみました。

展覧会

・「戸谷成雄ー現れる彫刻」 武蔵野美術大学美術館(〜11/11)
・「妹島和世 SANAA × 北斎」 すみだ北斎美術館(~11/12)
・「フランス人間国宝展」 東京国立博物館(~11/26)
・「長島有里枝 そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」 東京都写真美術館(~11/26)
・「三沢厚彦 アニマルハウス 謎の館」 渋谷区立松濤美術館(~11/26)
・「皇室の彩 百年前の文化プロジェクト」 東京藝術大学大学美術館(~11/26)
・「フェリーチェ・ベアトの写真 人物・風景と日本の洋画」 DIC川村記念美術館(~12/3)
・「シャガール 三次元の世界」 東京ステーションギャラリー(~12/3)
・「没後50年特別展 龍子の生きざまを見よ!」 大田区立龍子記念館(11/3〜12/3)
・「典雅と奇想ー明末清初の中国名画展」 泉屋博古館分館(11/3~12/10)
・「表現への情熱 カンディンスキー、ルオーと色の冒険者たち」 パナソニック汐留ミュージアム(~12/20)
・「知られざるスイスの画家 オットー・ネーベル展」 Bunkamuraザ・ミュージアム(~12/17)
・「没後70年 北野恒富展」 千葉市美術館(11/3~12/17)
・「田原桂一『光合成』with 田中泯」 原美術館(~12/24)
・「没後60年記念 川合玉堂ー四季・人々・自然」 山種美術館(~12/24)
・「デンマーク・デザイン」 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館(11/23~12/27)
・「パリ♥グラフィックーロートレックとアートになった版画・ポスター展」 三菱一号館美術館(~2018/1/8)
・「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」 東京都美術館(~2018/1/8)
・「THE ドラえもん展 TOKYO 2017」 森アーツセンターギャラリー(11/1~2018/1/8)
・「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」 国立西洋美術館(~2018/1/28)
・「フランス宮廷の磁器 セーヴル、創造の300年」 サントリー美術館(11/22~2018/1/28)
・「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」 森美術館(11/18~2018/4/1)

ギャラリー

・「第4回CAF賞作品展」 代官山ヒルサイドフォーラム(〜11/5)
・「江川純太 Overdose」 eitoeiko(〜11/19)
・「GRAPH展」 クリエイションギャラリーG8(~11/22)
・「超絶記録!西山夘三のすまい採集帖」 リクシルギャラリー(~11/25)
・「Takeshi MURATA展 Living Room」 山本現代(〜11/25)
・「鏡と穴ー彫刻と写真の界面 vol.5 石原友明」 ギャラリーαM(〜12/2)
・「ムン&チョン フリーダム・ヴィレッジ」 SCAI THE BATHHOUSE (11/11〜12/16)
・「政田武史展」 The Mass(11/18〜12/17)
・「THE EUGENE Studio 1/2 Century later.」 資生堂ギャラリー(11/21~12/24) 
・「マリメッコ・スピリッツ」 ギンザ・グラフィック・ギャラリー(11/15~2018/1/13)
・「ヤン・フードン The Coloured Sky: New Women 2」 エスパス・ルイ・ヴィトン東京(〜2018/3/11)

まずは日本画です。日本画家、川端龍子の特別展が、大田区立龍子記念館で開催されます。



「没後50年特別展 龍子の生きざまを見よ!」@大田区立龍子記念館(11/3〜12/3)

今年、没後50年を迎えた川端龍子の回顧展は、この夏にも行われ、山種美術館では「川端龍子ー超ド級の日本画」が開かれました。まさに「超ド級」の名に相応しく、横7メートルの「香炉峰」や、同じく大画面の「鳴門」など、迫力のある作品も少なくなく、常に新たな絵画表現へを切り開こうとする、龍子の旺盛な創造力に圧倒されたものでした。

今回は龍子ゆかりの記念館での特別展です。同館のみならず、生誕の地の和歌山のほか、他館のコレクションを交えての回顧展となります。また同時代の画家の作品や、龍子が自宅の持仏像に納めていた仏像も公開されるそうです。


龍子記念館といえば、隣に旧アトリエを保存した龍子公園もあります。合わせて観覧するのが良いかもしれません。

チラシ表紙のコピー、「画壇の悪魔派」に興味を引かれました。千葉市美術館で「没後70年 北野恒富展」が始まります。



「没後70年 北野恒富展」@千葉市美術館(11/3~12/17)

明治13年に金沢で生まれた北野恒富は、10代にして上阪し、挿絵画家として名を馳せたのち、美人画の日本画家として活動しました。大正期には、東京の鏑木清方、京都の上村松園らと並び称されていたそうです。


没後70年を記念しての大回顧展です。出展数は171件と膨大ですが、前後期で入れ替えもあります。(前期:11月3日~11月26日 後期:11月28日~12月17日)まずは早めに出かけるつもりです。

最後は現代美術です。アルゼンチン生まれのアーティスト、レアンドロ・エルリッヒの個展が、森美術館で行われます。



「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」@森美術館(11/18~2018/4/1)



エルリッヒの作品としてよく知られるのは、金沢21世紀美術館にある「スイミング・プール」です。同館の開館10周年の際には、「レアンドロ・エルリッヒーありきたりの?」(2014年)展が開催され、「スイミング・プール」はカタログの表紙も飾りました。


レアンドロ・エルリッヒ「Window and Ladder - Leaning into History」 *窓学展にて

また最近では、スパイラルガーデンの「窓学」展において、宙に浮いたような窓型のインスタレーションを出展し、一部で話題も集めました。


世界でも過去最大規模の個展だそうです。しかも出展中の8割が日本初公開です。時にトリッキーな仕掛けも少なくないエルリッヒの作品のことです。きっと驚きと発見の多い展覧会になるのではないでしょうか。

それでは今月も宜しくお願いします。
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