2012.9.3(月)晴れ、曇
実りの秋となってきた。稲刈りのコンバインの音が聞こえ始めた。栗や柿が実り始めて、本来はワクワクする季節なのだが、憂鬱な季節でもある。
夜は鹿が鳴き始めたし、栗を求めて猿の襲来が激しい。
最初の襲来は一週間ほど前だろうか、はぐれ猿であった。はぐれ猿は単独で行動するため声を出さない。洗濯物を干している際に庭にでかい猿がいるのを見つける。集団の猿は庭に入ってくることは無かったが、こいつは豪気だ。大声を出しても早速逃げることも無い、慌てて庭に出るともう隣家の栗の木に登っていた。追うとわりかし簡単に逃げていって、現れることは無かった。
次は集団である。3,4日前と思うがガサガサと木を揺する音がして、出て行くと隣家の栗の木に群がっている。
この時は隣家の人がいて、鍋釜でカンカンと脅していたがすぐに帰られて、後は猿天国となっていた。
そして今朝である。妙な鳴き声に飛び起きて見ると十数匹が栗の木に群がっている。人の姿を見るとギャーギャー鳴いて林の中に逃げ込んで行く。ところがボスとその取り巻き、いわゆる幹部連中は自らの威厳を示すためか逃げないでこちらを睨んでいる。普通人間どもはここでびびって追うのを止めてしまいがちだ。実はわたしも当初そうであった、追ったら逃げるだけのものと思っていた猿に逆に居直られると、恐怖を感じる。実際に丸腰の人間と勝負したら、猿の方が勝つかもしれない。
猿来襲現場、写真では猿は見えにくい。
だからここでびびっては彼らに優位感を与えてしまう、あくまで人間は恐いものと思わせなくてはならない。
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YouTube: 小猿もおるでよ
ここで米国の銃社会についてちと考えさせられる。銃があるために悲惨な事件があとを絶たずにあって、その賛否というのは分かれるところである。しかし銃によって引き起こされる事件は、銃自体の責任では無いはずだ。それを扱う人間の問題である。銃を肯定する人の言い分は、「歴史的にも銃で自らの生命を守ってきたし、現在でも自らの身は自分で守る」というもので、そのことに異論は無い。問題は余りにも簡単に、例えばスーパーでも銃が手に入ることであり、その使用者に対する教育、訓練、銃を扱う人間としての可否判断などが欠けていることだろう。
さて我が身に戻ってみると、手に持っているのはおもちゃのパチンコのみである。この科学の進んだ時代に、十数匹の猿と渡り合うのにおもちゃのパチンコとはなんと情けないことか。銃とまでは言わないが少なくとも猿に手傷を負わせるぐらいの飛び道具を作れよなあと思う。縄文時代人だって槍ぐらいは持っていたし、マンモス倒すぐらいの戦闘能力はあったはずだ。
とにかく午前中は追えば逃げる、また出てきて追えば逃げるで、そのうち栗は食い荒らされて無くなってしまった。上林が猿の惑星になるのは時間の問題だ。
強者どもが夢のあと、そして鈴なりの栗はすっかりやられてしまった。
【晴徨雨読】34日目(2006.9.3)鶴岡滞在
佐渡も印象が良くなかったが、鶴岡も好きになれなかった。鶴岡は道がわかりにくいというのもあったが、店にせよ役所にせよ対応がよろしくないというのが原因のようだが、宿の手配やなんかがうまくいかないというのも理由であった。街のせいと云うより自分自身のせいかもしれない。
庄内ではこの時期だだちゃ豆の最盛期、だだちゃとはお父ちゃんのこと。
今日のじょん:猿騒動でえらく興奮するので、リード着けて猿追いに連れて行くのだが、リード付では猿も恐がっていない。本当は放したいのだが、かみさんが許さない。「離れて帰ってこなかったらどうするねん」というが、わたしは山の中まで追わないだろうし、追ったところで必ず帰ってくると思う。賢いんだから、、、。