晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

雨読 鉄と俘囚の古代史(再読-7)

2012-09-12 | 雨読

2012.9.12(水)快晴

 別所が産鉄、あるいは金属関連の地域であるというのは概ね間違いないだろう。しかし別所が蝦夷の俘囚を移配した地であるというのは納得のいく証拠が得られない。これが本書を再読したわたしの結論である。
 実は柴田氏には大変申し訳ないが私自身考えていることは、別所という地名が官符のものであるということは肯定的に考え、朝廷が各地の産鉄地、あるいは産鉄候補地を指定して付けた地名なのではないかと予想している。
 朝鮮半島の政治情勢から鉄の原料が入らなくなり、逆に需要は増えるばかりであった時に、国内での鉄生産を画期的に飛躍させる必要が出てきた。非鉄金属についても各地で発見されるに至って、国内での生産を高める施策が打ち出されたのではないだろうか。そういう地域が別所と名付けられ、おりしも蝦夷の俘囚には高度な技術をもったものも居ただろうし、労働力としても大きなものがあったろうから、別所の中でも生産高の高いところ、あるいはこれから開発しようとしたところに彼らが送られたのではないだろうか。
 例えば本書の中で、奥羽の別所についての記述に多くを割いている。蝦夷の地で蝦夷の俘囚の移配地というのはあり得ないからである。その内容は既に王化に服した地であるから移配地であってもおかしくないというものと、墓地を表す別所だろうとかいうものである。しかも全てが産鉄の地なのである。柴田氏の論理から言うと、その別所が俘囚の移配地でないならば産鉄の地である必要は無いにもかかわらずにである。
 わたしの予想する説には何の根拠もないのだが、こういったことが総て説明がつくのである。
 そういった視点で、訪問できる範囲の別所を見てみたいと思っている。そこは産鉄の地であろうし、産鉄の遺跡を発見できるかもしれない。例えば先日地質図綾部を眺めていると、廃鉱跡というのを見つけた。別所町の北の山辺りになりそうだ、いつか調べてみたい。別所には古代の香りが漂っている、きっと歴史的にも重要な地なのだろう。  おわり

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星原町栄宝寺(高野山真言宗)にある地蔵さまは「北向 首取椿地蔵尊」とある。信州上田の別所温泉常楽寺には北向観音があり、謂われを知りたいものだ。


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綾部市別所町の願成寺の入口とその向かいの庚申塔のもとにある白い岩石は石灰岩ではないだろうか。こんなことが何かのヒントになるかもしれない。


【晴徨雨読】43日目(2006.9.12)秋田市~男鹿半島
 山形では月山という目標があったが、秋田は特に思い入れも無かった。とりあえず男鹿半島を廻ってこようと出発、男鹿温泉郷目指して走る。おりしも稲が実り、収穫前のわくわく感が伝わる田舎であった。向かった博物館は臨時休館だし、他にどこに寄るとか言うことも無くて、寒風山も眺めるだけでいいかと通り過ぎ、なまはげラインという農道をのんびり走って行く。実りの秋を満喫するサイクリングの一日だった。Img_0612 Img_0615

寒風山とヘンな看板。




【作業日誌 9/12】
草刈り5-4

【今日のじょん】:すっかり秋の朝となり、早朝には霧が降りている。起きる頃には上がっているのだが、山の上は笠を被っている。
 
 霧晴れて 農夫の誰ぞ 解りけり  うとく

 稲刈りが最盛期で、やがて主役は小豆に変わる。向かいの山で猿の声、ワイヤメッシュの柵は出来たけど、猿には如何ともしがたい。鹿の次は猿が仇になりそうだ。じょんもピリピリしているぞ。P1020697  

 

コメント
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