hokutoのきまぐれ散歩

ブログも12年目、4000日に到達。ネタ探しはきついけどまだまだ毎日更新を続けるつもりです。

関東鉄道竜ヶ崎線(2)

2017-12-13 05:00:47 | 日記

『鉄道シリーズ』その190。竜ヶ崎駅の構内を出て竜ヶ崎の街を歩いて見る。駅から出て最初にある店は学生服を売る店。他にもスペースはあるが、今営業している店はない。横断歩道まで行くと右手に古い寺院、塀は新たに作ったのか新しい。

門には『米薬師』とのみ書いてあるが、寺の名前すらなく、誰もいない。入口近くに石仏が一つと石碑のみ。ニシキギの赤とイチョウの黄色が美しい。


後で調べると江戸時代には竜ヶ崎は仙台伊達藩の領地であったが、東西の護りとして西が米町薬師堂、東が医王院(砂町薬師堂)と定めて1740年に造立されたもの。内部には薬師如来をはじめ、月光・日光菩薩、十二神将像もあるらしい。

駅前の道を歩いて行くと商店の痕跡はたくさんあるが、開いている店は書店や理髪店くらいで飲食店などは殆ど閉店済み、アーケードではないが、シャッター通り化している。


少し歩くと右手に八坂神社が現れる。この神社は頼朝の家臣であった下川辺政義が1186年に貝原塚八坂神社の分社として建立したものである。現在の社殿は1861年に再建されたもの。


参拝者も数人いて見事に色づいたイチョウや面白い顔の狛犬の写真を撮っていた。


次の信号を左に曲がれば城跡に繋がる道だが、そこまでもかなり遠い。左に曲がり、1キロほど歩いて右に小高い丘が見えてくる。たぶん城跡だろうと行くと道が二又に分かれて左の上り坂の先には竜ヶ崎第二高校があるようだ。坂を登りきったところには校門。


横を見ると木の間から街が一望できる。その先には神社らしき建物。鳥居には鹿島神社とあるが、社はこじんまりとしていた。祭事の時以外は誰も来ないだろう。


今度は校門横にある階段を降りると龍ケ峯の石碑。城跡は龍ケ峯と呼ばれ、室町時代に城が置かれていたことを知る。(以下、次回)