○国立劇場 平成29年5月文楽公演(5月27日、16:00~)
・第2部『加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)・筑摩川の段/又助住家の段/草履打の段/廊下の段/長局の段/奥庭の段』
第1部が豊竹英太夫改め六代豊竹呂太夫の襲名披露公演だったのだが、早々にチケットが売り切れてしまったこともあり、初見の『加賀見山旧錦絵』を選んだ。悪女・岩藤による朋輩いじめの見どころ、と聞いた記憶があるくらいで、あとは何も知らなかった。
前半の舞台は、雨で増水し、不穏な空気の漂う筑摩川の川辺。ざんばら髪の鬼気迫る男・又助が現れ、刀を背にかついで川に飛び込む。通りかかった武士の一行が、騎馬のまま川に乗り入れる。又助は、その一人に襲い掛かって斬り殺し、「奸臣を打ち取った」と会心の笑い声をあげる。
「又助住家の段」はそれから五年後。又助は妻のお大と幼い又吉と暮らしている。又助の主人の求馬は、主家の多賀家の勘気を蒙って浪人となり、今は又助の住まいに身を寄せていた。あることから、妻・お大は、夫の窮地を救うため、自らを廓に売って、百両を工面しようとする。悲嘆する又吉。そこに多賀家の重臣・安田庄司が訪ねてきて、多賀家の大殿(大領)を殺した証拠品として、かつて又助が筑摩川で失くした刀を見せる。又助は、五年前に自分が謀られて、奸臣を討つつもりで大殿を殺害してしまったことを悟り、求馬の手にかかって果てる。幼な子・又吉は又助に殺され、お大も自害。求馬は、大殿暗殺の犯人を討ち果たした手柄により帰参が認められ、めでたしめでたしとなるのだが、又助のかしらが「文七」なので悲劇のヒーローに見えるだけで、よく考えると阿呆でしかない。
前半は、特に魅力的な登場人物もいないが、物語のプロットはそれなりに面白い。こういうのは、人形遣いが完全に黒衣で演じたほうが面白さが際立つんじゃないかと思う。出遣いは少し抑えたほうがいいんじゃないかなあ。とはいえ、又助役の吉田幸助さん、お大役の豊松清十郎さん、今回とてもいいなあと思って名前を覚えた。
後半。「草履打の段」は鎌倉・鶴岡八幡宮の社前。多賀家の局・岩藤と中老・尾上が腰元たちを引き連れて参詣に訪れた。岩藤は、町人上がりの尾上に難癖をつけ、いやしめる。ついに泥草履で頭を打たれる辱めを受けるが、じっと耐え尽くす。津駒太夫の岩藤の、腹立ちをストレートに出さない、ねちねちした語り口の嫌らしさ。なんとなく聞き覚え感があると思ったら、津駒太夫で『伊勢音頭恋寝刃』のお万も聴いているんだ。あ~上手いなあ。
岩藤は、ただのパワハラ女上司ではなく、若君の伯父の弾正と組んで、お家乗っ取りをたくらんでおり、証拠となる密書を尾上に拾われてしまったため、尾上を追い出そうとしていたことがあとで分かる。男まさりで肝の据わった野心家の悪女を遣うのが吉田玉男さん。岩藤と弾正の会話を立ち聞きして、悪事の全貌を知ってしまうのが、尾上の召使いのお初。恥辱に耐えかねた尾上は、お初を使いに出し、その隙に自害してしまう。尾上の思慮深く凛とした風情もよかった。吉田和生さんの遣う女性は好きだなあ。尾上の死を知ったお初は、怒りと悲しみで半狂乱となり、奥庭に忍び込んで、岩藤を討ち果たす。激情に我を忘れる若い娘ときたら勘十郎さんのお得意。配役はナルホドという感じだったけど、勘十郎さんの岩藤、和生さんのお初など別パターンも見てみたいものだ。
お初と岩藤の斬り合いで、岩藤が額に刀疵を負うところとか、完全に「忠臣蔵」のパロディ(二次創作?)であることを、演者も観客も分かっていて楽しむ芝居なんだな、と思った。女版忠臣蔵と呼ばれることもあるそうだが、お初と尾上の間に通う肉親以上の強い愛情を見ていると、むしろ「百合版」忠臣蔵と呼びたくなる。
咲甫太夫が「又助住家」と「廊下の段」で2回登場したのは、あまり例のないことだと思う。太夫は人材不足なのかなあ。70歳の呂太夫さんが「より一段高いところへ上りたい」というような芸の道だから、簡単に補充できないことは分かっているけど、中堅のみなさんに一層精進してほしい。本公演では、千歳太夫の詞章が聞きづらかった。熱演であることは分かるのだけど。幕間の休憩時間に、ロビーのモニターで第1部の呂太夫さんの襲名披露口上(録画)を見ることができたのは嬉しかった。お祝いの胡蝶蘭がたくさん飾られていた。
・第2部『加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)・筑摩川の段/又助住家の段/草履打の段/廊下の段/長局の段/奥庭の段』
第1部が豊竹英太夫改め六代豊竹呂太夫の襲名披露公演だったのだが、早々にチケットが売り切れてしまったこともあり、初見の『加賀見山旧錦絵』を選んだ。悪女・岩藤による朋輩いじめの見どころ、と聞いた記憶があるくらいで、あとは何も知らなかった。
前半の舞台は、雨で増水し、不穏な空気の漂う筑摩川の川辺。ざんばら髪の鬼気迫る男・又助が現れ、刀を背にかついで川に飛び込む。通りかかった武士の一行が、騎馬のまま川に乗り入れる。又助は、その一人に襲い掛かって斬り殺し、「奸臣を打ち取った」と会心の笑い声をあげる。
「又助住家の段」はそれから五年後。又助は妻のお大と幼い又吉と暮らしている。又助の主人の求馬は、主家の多賀家の勘気を蒙って浪人となり、今は又助の住まいに身を寄せていた。あることから、妻・お大は、夫の窮地を救うため、自らを廓に売って、百両を工面しようとする。悲嘆する又吉。そこに多賀家の重臣・安田庄司が訪ねてきて、多賀家の大殿(大領)を殺した証拠品として、かつて又助が筑摩川で失くした刀を見せる。又助は、五年前に自分が謀られて、奸臣を討つつもりで大殿を殺害してしまったことを悟り、求馬の手にかかって果てる。幼な子・又吉は又助に殺され、お大も自害。求馬は、大殿暗殺の犯人を討ち果たした手柄により帰参が認められ、めでたしめでたしとなるのだが、又助のかしらが「文七」なので悲劇のヒーローに見えるだけで、よく考えると阿呆でしかない。
前半は、特に魅力的な登場人物もいないが、物語のプロットはそれなりに面白い。こういうのは、人形遣いが完全に黒衣で演じたほうが面白さが際立つんじゃないかと思う。出遣いは少し抑えたほうがいいんじゃないかなあ。とはいえ、又助役の吉田幸助さん、お大役の豊松清十郎さん、今回とてもいいなあと思って名前を覚えた。
後半。「草履打の段」は鎌倉・鶴岡八幡宮の社前。多賀家の局・岩藤と中老・尾上が腰元たちを引き連れて参詣に訪れた。岩藤は、町人上がりの尾上に難癖をつけ、いやしめる。ついに泥草履で頭を打たれる辱めを受けるが、じっと耐え尽くす。津駒太夫の岩藤の、腹立ちをストレートに出さない、ねちねちした語り口の嫌らしさ。なんとなく聞き覚え感があると思ったら、津駒太夫で『伊勢音頭恋寝刃』のお万も聴いているんだ。あ~上手いなあ。
岩藤は、ただのパワハラ女上司ではなく、若君の伯父の弾正と組んで、お家乗っ取りをたくらんでおり、証拠となる密書を尾上に拾われてしまったため、尾上を追い出そうとしていたことがあとで分かる。男まさりで肝の据わった野心家の悪女を遣うのが吉田玉男さん。岩藤と弾正の会話を立ち聞きして、悪事の全貌を知ってしまうのが、尾上の召使いのお初。恥辱に耐えかねた尾上は、お初を使いに出し、その隙に自害してしまう。尾上の思慮深く凛とした風情もよかった。吉田和生さんの遣う女性は好きだなあ。尾上の死を知ったお初は、怒りと悲しみで半狂乱となり、奥庭に忍び込んで、岩藤を討ち果たす。激情に我を忘れる若い娘ときたら勘十郎さんのお得意。配役はナルホドという感じだったけど、勘十郎さんの岩藤、和生さんのお初など別パターンも見てみたいものだ。
お初と岩藤の斬り合いで、岩藤が額に刀疵を負うところとか、完全に「忠臣蔵」のパロディ(二次創作?)であることを、演者も観客も分かっていて楽しむ芝居なんだな、と思った。女版忠臣蔵と呼ばれることもあるそうだが、お初と尾上の間に通う肉親以上の強い愛情を見ていると、むしろ「百合版」忠臣蔵と呼びたくなる。
咲甫太夫が「又助住家」と「廊下の段」で2回登場したのは、あまり例のないことだと思う。太夫は人材不足なのかなあ。70歳の呂太夫さんが「より一段高いところへ上りたい」というような芸の道だから、簡単に補充できないことは分かっているけど、中堅のみなさんに一層精進してほしい。本公演では、千歳太夫の詞章が聞きづらかった。熱演であることは分かるのだけど。幕間の休憩時間に、ロビーのモニターで第1部の呂太夫さんの襲名披露口上(録画)を見ることができたのは嬉しかった。お祝いの胡蝶蘭がたくさん飾られていた。