〇根津美術館 企画展『よめないけど、いいね! 根津美術館の書の名品』(2022年7月16日~8月21日)
書の見どころをわかりやすく紹介する展覧会。展示室1は「写経」「古筆」「墨蹟」をカテゴリーごとに解説し、展示室2は、桃山~江戸時代の「さまざまな書蹟」を展示する。
私は古筆(平安~鎌倉時代の仮名の書)はかなり好きで、墨蹟(僧侶、特に禅僧の書)も嫌いじゃないが、写経はやや苦手なので、最初のセクションは飛ばそうかと思った。しかし、意外な注目ポイントを紹介する解説がおもしろくて、結局、じっくり見てしまった。写経は1行17文字が決まり(慣れると脱字防止になる)とか、初校・再校とチェックを重ねるとか、それでも間違いがあると削って書き直すとか。
法華経8巻は開経(無量義経)・結経(普賢経)を加えた全10巻が標準セットなのだが、伝来の過程でバラバラになってしまうこともある。並んで展示されたいた無量義経・普賢経2巻(平安時代)は、どちらも細かい金箔を散らし、金泥で罫線を引いた茶の濃淡ある料紙をつないだもので、書写の筆跡も同じ。しかし、無量義経の奥書(元和9年)によれば、当時、単独で伝来していたものと分かる。異なる伝来経路をたどってきた2巻が、同館で400年ぶりに再会したという解説を読んで、しみじみした。
奈良時代・8世紀の写本である鴦崛髻経(おうぐつけいきょう)には「蜘蛛の糸のように細い墨線が点画をつないでいる」という説明が添えてあった。え、どういうこと?と訝りながら、添えられた拡大鏡を覗いてみたら、たとえば「時」の右下のハネから最後の点まで、極細の墨線が確かにつながっている。肉眼ではほぼ見えないのに、よく見つけたなあ…と感心する。また、いわゆる目無経も出ていた。
尼浄阿という人物は、縁の深い人々の菩提を弔うため、寛喜元年(1229)から仁治3年(1242)まで14年かけて大般若経600巻をひとりで書写し、奈良・春日若宮社に奉納した。折本状の写経5件(もとは巻子だったらしい)と、廻向者を記した巻子状の最終巻、そしてこれらを収めた立派な春日厨子も展示されていた。気になって調べてみたら、2015年のコレクション展『菩薩』でも展示されていたらしい。廻向者の冒頭に「八條女院」の名前があるのは今回も気づいたが、「僧信西」は見落とした。あの信西入道なのかな。春日厨子の扉にも長い漢文が書き込まれていて「春華門院」の名前が見えた。春華門院昇子(後鳥羽天皇の第一皇女)は八條女院の養女となり、その遺領を継承した女性である。
続いて古筆のセクションも、「よめないけど、いいね!」のタイトルどおり、ほとんど内容には触れず、料紙の美に着目する。いや、もうちょっと書跡に触れてもいいんじゃない?と思ったが、唯一、『石山切(貫之集下断簡)』について「よめないけど、スピード感が気持ちいい」と紹介されていたのは納得した。定信の書跡、私も好きなのだ。『山名切(新撰朗詠集)』は、同集の撰者である藤原基俊の筆跡であることから価値を認められたが、「それほどの名筆ではない」と評価されていてかわいそうだった。いや、そう思うけど。
墨跡は、無学祖元の『附衣偈断簡』が、実は冒頭5行と小字の冒頭1行が切り取られているという解説に驚いた。茶掛けにするために幅を切り詰めたもの。小字の冒頭1行というのは全体の中ほどだが、全く痕跡が見えない。和紙というのは、こういう改竄(?)が自由自在なのだな。私は、一山一寧の『進道語』が気に入った。草書を得意としたというだけのことはある。
展示室2は、光悦、良寛、池大雅など。奔放に見える良寛が古典をよく学んでいるという解説に納得した。展示室3は、小金銅仏と銅製の掛け仏、錫杖頭を特集。
階上の展示室5は「歌人のおもかげ-能面と装束でたどる-」と題し、歌人の登場する能の演目「難波」「小塩」「東北」「草紙洗小町」「西行桜」「定家」を紹介。私は、能はぜんぜん詳しくないのだが、興味深かった。展示室6は「暑中の涼-夏の茶道具取り合わせ-」。青磁や古染付などの磁器が、どことなく涼を呼ぶ。