〇戸栗美術館 『鍋島と金襴手-繰り返しの美-』展(2024年4月17日~6月30日)
久しぶりに陶磁器が見たくなって渋谷に出かけたら、東急本店(2023年1月31日閉店)の建物がきれいに消えていて驚いた。むかしは渋谷区内に住んでいたので、このへんは徒歩圏だったのだが、私の知っている昭和の風景は、少しずつ消えていくんだなと感慨深かった。
さて、本展は、鍋島焼と伊万里焼の金襴手に見られる「繰り返し」デザインに注目する。鍋島焼は、佐賀鍋島藩から徳川将軍への献上を目的に創出されたやきもの。洗練されたデザインが数多見られ、唐花文や更紗文などの「繰り返し」文様もそのひとつ。異国から持ち込まれた更紗の文様に影響を受けた、鍋島の『色絵更紗文皿』(数種類あり)はどれも愛らしかった。使われている色は、青、緑、黄、赤だが、青が基調であるものも、緑が目立つものもある。
『染付桃文皿』は、同じ構図で描かれた桃を機械的に並べた結果、輪郭線の空白が、チェックのような効果を上げている。桃のひとつひとつはリアルなのに全体としてはデザイン的でおもしろい。『色絵唐花文猪口』など、どこかヨーロピアンな印象の草花文もあった。
鍋島は「繰り返し」でない、ふつうのデザインも多数出ていて楽しかった。気に入ったのは『染付水仙文皿』(2件あり)で、たくさん花をつけた水仙を皿の表面いっぱいに描く。『色絵紫陽花文皿』は、染付らしい藍色の花に対して、鮮やかな水色の葉が美しかった。
金襴手は、金彩を施した色絵磁器を言い、16世紀に景徳鎮窯で完成された後、17世紀末の日本でリバイバルブームが起きて、伊万里焼に取り入れられた。金襴手の色絵には紺と赤(オレンジ系の)がよく使われる。金と紺は対比が鮮烈だが、金と赤は意外と調和的な感じがする。
ちょっと感心したのは、独特の展示具を使っているうつわがいくつかあったこと。15cmくらいの高さの展示台の上にうつわが伏せて置いてある。展示台の床には大きな穴が開いており、その下に斜めに鏡が仕込んであるので、観客は正面から、鏡に映った「うつわの中」を見ることができるのだ。小学生の理科の実験みたいな展示具だけど、おもしろい工夫だと思った。
金襴手の中には生産地が「マイセン」になっているものが2件あった。『色絵花籠文皿』はかなり頑張った作品だと思う。言われなければヨーロッパ産とは気づかない。まあ柿右衛門様式などに比べれば、金襴手のほうが真似しやすいかな、とは思う。高台に交差する剣の文様(見えない)があることから、マイセンの窯と分かるそうだ。もう1件『色絵葡萄栗鼠文輪花皿』は個性的なデザイン。下側は色とりどりの幾何学文の組合せで、中央につる草のまつわる垣根とリスらしき小動物を描く(これが葡萄栗鼠?)。そして上部にあたる皿の周縁部には、赤い四つ足動物のシルエット。尻尾が三又に分かれている? これは「フライング・フォックス」と呼ばれ、マイセン磁器特有の文様であるとのこと。何か日本のやきものの動物が、このように解釈されて伝わったという話が聞いたことがある。もしかしたら「Firefox」の名称にもこのイメージが流れ込んでいる?と、ふと思ってしまった。
『色絵琴高仙人鉢』は、見込みの部分にゆるい雰囲気の琴高仙人(鯉に乗った仙人)が描かれている。周囲を囲む赤玉瓔珞文、中央で波間に跳ねる魚は、ほかの作品と共通するデザインだが、鯉に仙人を載せてしまった発想が斬新。楽しかった。