■全生庵 『谷中圓朝まつり 幽霊画展』(2024年8月1日~8月31日)
昨年は猛暑の盛りに出かけて消耗したので、今年はどうしようかと様子を見ていた。会期の最終日、じりじり近づく台風10号を控えて、東京は曇り空だったので、思い切って出かけてみたら、若い女性のグループをはじめ、ずいぶんお客さんが多かった。
展示作品は、昨年と同じものもあれば、入れ替わっているものもある。鏑木清方の『幽霊図』は茶托に載った蓋つきの茶碗を差し出す女性。俯いているので髪型しか見えない。白い着物の袖口から淡いピンクの襦袢(?)が覗いている。この「顔を見せない女の幽霊」シリーズが私は大好き。渡辺省亭『幽女図』は、煙の立つ火鉢の向こうで背けた顔に袖を当てている。池田綾岡『皿屋敷』は、菊を描いた襖の陰に座って、袖で顔を隠す女性。そばには行灯。この行灯(あたりが暗闇であることを示す)と、襖や蚊帳(幽明の境?)は、幽霊画の大事な小道具であるように思う。鰭崎英朋の『蚊帳の前の幽霊』も蚊帳と行灯が舞台装置。両手を白い着物の中に隠し、棒立ちの女の幽霊の横顔が儚げで切ない。
初めて見たように思ったのは、尾形月耕『数珠を持つ幽霊』。横向きの禿頭の男性が静かに俯き、額に三角巾(天冠)を付け、袖なし襦袢みたいな簡易な着物をまとって、数珠を手にしている。即興のスケッチのようだが、腰から下が描かれていないのが幽霊っぽい。
伊藤晴雨は、恐ろしげな『怪談乳房榎図』もあったが、印象的だったのは「柳家小さん師匠寄贈」の注記のついた女性幽霊画シリーズ5点。牡丹燈籠、皿屋敷のお菊、姑獲鳥はすぐに分かったのだけど、奥女中か宮廷女房ふうの怖い顔の女性は紅葉狩の鬼女か? 御簾の下でガマの怪物と並んだ女性は滝夜叉姫かな? 姑獲鳥は赤子を抱えた女性の姿だが、肩に羽根が生えていてカッコいい。
月岡芳年『宿場女郎図』を今年も見ることができたのは眼福。骨と皮だけの手(階段を掴む手と、水平に伸ばした手)が凄まじい。実際に宿場女のスケッチをもとに描いたという伝承があるそうで、現世に生きていた女性の姿なのだが、そのまま「幽霊画」になっている。なお、今年も髑髏の紙団扇をいただくことができ、髑髏のTシャツも買ってしまった。
■太田記念美術館 『浮世絵お化け屋敷』(2024年8月3日~9月29日)
前後期で全点展示替えと聞いたので、ひとまず前期(~9/1)を駆け込みで見て来た。なんだか初めて見る作品があるなと思ったら、前後期約170点の中には、新たに収蔵された初公開の作品38点が含まれているという。うれしい。
前期の見ものは芳年『奥州安達がはらひとつ家の図』だろうか。逆さに吊り下げられた妊婦の、腹や乳房、さらに乳首の垂れさがり具合に現実味があって、血が一滴も流れていないのにぞっとするほど恐ろしい。しかし隣りにあった国芳『風流人形の内 一ツ家の図 祐天上人』は同じ惨劇の図を描いているのだが、安政3年、深川八幡宮で催された生人形の見世物の図という解説が付いていた。江戸の人々、何を考えているんだか。
この「一ツ家」もそうだが、お化け・妖怪といえば、繰り返し描かれる画題がある。古くは戸隠山の鬼女、渡辺綱と土蜘蛛そして羅城門の鬼、源平の亡霊や怨霊など。東海道四谷怪談にしても、累の物語にしても、やっぱり物語の全体像を知っていると、絵画作品の解像度が上がる。本展には外国人のお客さんの姿も多かったが、もう少し英語の解説があるといいのに、と思った。
(メモ)国芳『百人一首之内 大納言経信』という作品は、源経信(※『難後拾遺』作者)が月夜に古歌を口ずさむと、外で漢詩を詠む声が聞こえ、見ると巨大な鬼が立っていた、というもの。鬼の口から洩れる「北斗星前横旅雁/南楼月下擣寒衣」という漢詩が気になって調べたら、これは和漢朗詠集に採録された劉元叔(伝未詳)の「妾薄命」で、この説話自体は『撰集抄』に載るという。これ、国芳が『撰集抄』を読んでいたのか、別のかたちで流布していたのか、どっちなんだろう。