〇太田記念美術館 『鏑木清方と鰭崎英朋 近代文学を彩る口絵-朝日智雄コレクション』(2021年5月21日~6月20日)
明治20年代後半から大正初期、文芸雑誌や小説単行本の巻頭には、木版による美しい口絵があしらわれた。木版口絵は、江戸時代から続く浮世絵版画の系譜に連なるだけでなく、江戸の技術を遥かに上回る精緻な彫りや摺りが施されているが、現在の浮世絵研究ではほとんど顧みられることがない。本展は、鏑木清方(1878-1972)と鰭崎英朋(1880-1968)の二人を中心に、木版口絵のコレクターである朝日智雄氏の所蔵品の中から約110点を厳選し、忘れられたジャンル・彩色木版口絵の美しさにスポットをあてる。
朝日智雄さんは「木版口絵を保存・普及させる会」代表を名乗り、「散逸している明治・大正期の彩色木版口絵を後世に残したい!」と題したクラウドファンディングを実行するなど、精力的な活動を展開されているコレクター兼研究者である。また、この展覧会は、昨年2月15日~3月22日に予定されていたが、コロナ禍のため2月末で中断終了してしまった企画のリベンジである。
私は、鏑木清方は知っていたが、鰭崎英朋(ひれざき えいほう)という難しい名前の絵師は知らなかったので、昨年、展覧会の情報を得ても、即座に跳んでいくほどの興味は湧かなかった。それが、昨年3月、弥生美術館の『もうひとつの歌川派?!』で見た鰭崎の美人画がとても気に入った上に、先日、鎌倉の鏑木清方記念美術館で見た彼の『鑓権三重帷子』がよかったので、今年は早々に見てきた。
第1室(1階)の冒頭は鏑木清方の作品から始まる。たっぷりした黒髪、白い肌、透けるような赤い唇、遠くを眺める潤んだ瞳。可憐な少女像に目が留まるがそればかりではない。美少女だけでは小説世界は成り立たないので、むさくるしい鉄道工夫が描かれていたり(泉鏡花・風流線)、眼鏡をかけた地味な女性家庭教師像が描かれていたり(小杉天外・にせ紫)する点に、独立した「絵画」とは違う、新鮮な魅力を感じた。
続いて清方と人気の双璧をなしていたという鰭崎英朋。清方の「清純」、鰭崎の「妖艶」という言われ方もあるが、どうだろうか。鰭崎の描く女性は、眉とアイラインがくっきりしていて、唇の色も濃い。いま流行りの「中国メイク」である。強い自我を感じさせる表情、決めのポーズのカッコよさも、華流ドラマの女性みたいだと思った。
このほか、水野年方、武内桂舟、富岡永洗、梶田半古の木版口絵も10数点ずつ展示されている。武内桂舟(1861-1942)は、小さい目鼻をちょぼちょぼとつけた、陶器人形みたいな美人画を描いている。のちに『こがね丸』を手掛けるなど、絵本作家の元祖でもある。富岡永洗(1843-1890)は小林永濯の門人。たまたまかもしれないが、噴き出すようなヘンな絵が多かった。黒岩涙香『武士道』とか、もとの小説自体がぶっとんでいるのだ。『地図を眺める美人と象』って何これ! 梶田半古(1870-1917)は日本画家という認識だったが、挿絵や口絵も多数手掛けている。そして、他人の眼を気にしないで自分の世界に没入するような女性像が新鮮。無防備に寝そべる女性なんかも描いている。
本展がとても面白かったのは、展示作品が誰の小説のどんな場面を描いたものか、丁寧な解説をつけてくれたこと。私はかつて国文科で学んだので、小栗風葉とか小杉天外とか、川上眉山、末広鉄腸、渡辺霞亭、半井桃水など、今では読む人も少ない当時の人気小説家の名前を見ると懐かしかった。さらに彼らの小説の筋の奇想天外なこと、翻訳(翻案)小説では、海外が舞台なのに登場人物が日本の名前だったり、笑いを堪えるのに苦労した。この展示、美術ファンだけでなく、日本の近代文学を学ぶ学生さんにもぜひ見てほしい。