○サントリー美術館 『藤田美術館の至宝 国宝曜変天目茶碗と日本の美』(2015年8月5日~9月27日)
大阪の藤田美術館は、明治の実業家・藤田傳三郎(ふじたでんざぶろう、1841-1912)と、長男・平太郎、次男・徳次郎の二代三人の蒐集品を収蔵・公開している。初めて訪ねたのは2010年の春で、その後も何回か行っているが、2,000件を超える収蔵品(国宝9件、重要文化財52件)のまだ一割にも接していないと思う。本展は、国宝曜変天目茶碗をはじめ、約120件が一気に公開される企画展で、関東在住の古美術ファンとしては拍手でお迎えしたい。
会場のサントリー美術館を訪ねてみると、展示室の入口に、展示品を印刷した大きなバナー(幕)が垂れていたのだが、数体の木彫菩薩像の写真なのである。こんなものを藤田美術館が持っているとは知らなくて、一瞬、別の展覧会と間違えたかと思った。その奥にもう一枚、曜変天目茶碗をアップにしたバナーが下がっていたので、あ、よかった、と納得した。
展示室の冒頭で、木彫菩薩像の謎は解けた。長州生まれの藤田傳三郎は、維新後、商工業に従事し、関西屈指の実業家となる。明治政府の欧化政策によって日本の伝統文化が衰微し、廃仏毀釈によって仏教美術品が破壊されたり、海外に散逸していくことを憂慮した藤田は、私財を投じて文化財の保護に努めた。「廃仏毀釈」って明治初期に起きた運動という認識だったが、仏教弾圧はその後も長く続いたというから、実業家として大成した藤田が仏教美術の保護に努めたとしても(時代的に)おかしくはない。
入口のバナーの写真は『千体聖観音菩薩像』。興福寺に伝わった千体仏(藤原氏が奉納したと考えられる)で、藤田美術館が所蔵する50体のうち5体が出陳されていた。30~40cmほどの小さな仏様で、バナーの写真と結びつけるには、少しとまどいがあった。いずれも平安仏らしい、やさしい丸顔をしている。快慶作の地蔵菩薩立像は、華麗な色彩と截金がよく残る。光背も細密。ガラスケースの中に納まっておられたが、空調のせいか振動か、胸の瓔珞が絶え間なくゆらゆら揺れていたのが、まるで生きているように感じられた。法隆寺五重塔伝来の羅漢像にもびっくりしたなあ。
絵画はもう、大好きなものばかり。『両部大経感得図』の「善無畏」「龍猛」を並べて見るのは初めてかもしれない。サントリー美術館の近代的な照明の下だと細部までよく見える。「龍猛」の鉄塔の背景に獅子が2匹(左上)と牛?カモシカ?が2頭(右下)いるらしいことに気づいた。「善無畏」の五重塔の各層の軒下に釣ってある細長いものは何なのかなあ。『春日明神影向図』には関白冬平自著の賛(絵を描かせた由来)がついている。柏木と四羽の鷽鳥を描いた『扇面法華経』の断簡。最終頁で絵の上に経文が書かれていないのが貴重。
『玄奘三蔵絵』は第1巻、玄奘が夢で須弥山に至る場面。様式的なのに遠近を掻き分けている波の表現が面白い。黒雲の上に小さな雷神がいるのが、すでに西域っぽい。『華厳五十五所絵巻残闕』は気前よく全編を開けてくれていた。よく見るクライマックスシーン(補陀落山で観自在菩薩に会う→正趣菩薩→大天神)のあとに出てくる安住地神は、足で地面を撫ぜると三つの蔵が湧出する。天界(?)のシーンなのに妙に生活感のある蔵が面白かった。しかし図録の掲載図版も大天神の場面までだ。『阿字義』は、こんな絵画があるとは知らなくて、藤田美術館で驚いたもの。なつかしい。
中国絵画もいいものを持っているんだな。馬遠の『李白観瀑図』、伝・梁楷の『寒山拾得図』、因陀羅の『寒山拾得図』は因陀羅作品の中で一番好きかも。仰向いて巻子を広げる寒山がかわいい。古筆では『深窓秘抄』。かろやかで気品があって、優美。高野切第一種みたいだ!と思ったら、やっぱり同系統の筆跡と目されているらしい。
階段下のホール(第2展示室)で存在感を見せていたのは竹内栖鳳の『大獅子図』。第3展示室は茶道具の特集で、冒頭に「至宝」曜変天目茶碗が据えられている。藤田美術館の展示は、ほぼ自然光だったので、意外と地味な印象だったが、サントリー美術館の照明の下だと、誇張でなく望遠鏡で見た星雲のような輝きに見える。うーむ。どっちの環境で見るのが正しいのか悩む。きれいだけど…これにお茶を入れちゃうんだよなあ。
『菊花天目茶碗』は初見だと思うが面白かった。鉄釉(濃茶色)と黄釉のツートンカラーの派手な茶碗。色や模様は日本独自のものだという。表千家六代の覚々斎宗左が作った黒楽茶碗の「太郎」と「次郎」。藤田は息子たちのためにほしがったという。どちらも小ぶりな茶碗だが、ちょっとたよりなげな「次郎」の形態が好き。最後は、藤田が亡くなる直前に手に入れた『交趾大亀香合』でお別れ。
展示リストを見ると、9/2から後期でかなりの作品が入れ替わる。『紫式部日記絵詞』は後期かー。あと巡回先の「福岡市美術館会場のみ」がけっこうあるのが悔しい。余談だが、今週末に放送されるNHKドラマ「経世済民の男」第二弾『小林一三』の登場人物に藤田伝三郎(麿赤兒)の名前があって、けっこう楽しみにしている。Wikipediaを読んだら、藤田に北浜銀行を任された岩下清周(奥田瑛二)に、小林一三(阿部サダヲ)は誘われるらしい。さて、どんなドラマになるのかな。
大阪の藤田美術館は、明治の実業家・藤田傳三郎(ふじたでんざぶろう、1841-1912)と、長男・平太郎、次男・徳次郎の二代三人の蒐集品を収蔵・公開している。初めて訪ねたのは2010年の春で、その後も何回か行っているが、2,000件を超える収蔵品(国宝9件、重要文化財52件)のまだ一割にも接していないと思う。本展は、国宝曜変天目茶碗をはじめ、約120件が一気に公開される企画展で、関東在住の古美術ファンとしては拍手でお迎えしたい。
会場のサントリー美術館を訪ねてみると、展示室の入口に、展示品を印刷した大きなバナー(幕)が垂れていたのだが、数体の木彫菩薩像の写真なのである。こんなものを藤田美術館が持っているとは知らなくて、一瞬、別の展覧会と間違えたかと思った。その奥にもう一枚、曜変天目茶碗をアップにしたバナーが下がっていたので、あ、よかった、と納得した。
展示室の冒頭で、木彫菩薩像の謎は解けた。長州生まれの藤田傳三郎は、維新後、商工業に従事し、関西屈指の実業家となる。明治政府の欧化政策によって日本の伝統文化が衰微し、廃仏毀釈によって仏教美術品が破壊されたり、海外に散逸していくことを憂慮した藤田は、私財を投じて文化財の保護に努めた。「廃仏毀釈」って明治初期に起きた運動という認識だったが、仏教弾圧はその後も長く続いたというから、実業家として大成した藤田が仏教美術の保護に努めたとしても(時代的に)おかしくはない。
入口のバナーの写真は『千体聖観音菩薩像』。興福寺に伝わった千体仏(藤原氏が奉納したと考えられる)で、藤田美術館が所蔵する50体のうち5体が出陳されていた。30~40cmほどの小さな仏様で、バナーの写真と結びつけるには、少しとまどいがあった。いずれも平安仏らしい、やさしい丸顔をしている。快慶作の地蔵菩薩立像は、華麗な色彩と截金がよく残る。光背も細密。ガラスケースの中に納まっておられたが、空調のせいか振動か、胸の瓔珞が絶え間なくゆらゆら揺れていたのが、まるで生きているように感じられた。法隆寺五重塔伝来の羅漢像にもびっくりしたなあ。
絵画はもう、大好きなものばかり。『両部大経感得図』の「善無畏」「龍猛」を並べて見るのは初めてかもしれない。サントリー美術館の近代的な照明の下だと細部までよく見える。「龍猛」の鉄塔の背景に獅子が2匹(左上)と牛?カモシカ?が2頭(右下)いるらしいことに気づいた。「善無畏」の五重塔の各層の軒下に釣ってある細長いものは何なのかなあ。『春日明神影向図』には関白冬平自著の賛(絵を描かせた由来)がついている。柏木と四羽の鷽鳥を描いた『扇面法華経』の断簡。最終頁で絵の上に経文が書かれていないのが貴重。
『玄奘三蔵絵』は第1巻、玄奘が夢で須弥山に至る場面。様式的なのに遠近を掻き分けている波の表現が面白い。黒雲の上に小さな雷神がいるのが、すでに西域っぽい。『華厳五十五所絵巻残闕』は気前よく全編を開けてくれていた。よく見るクライマックスシーン(補陀落山で観自在菩薩に会う→正趣菩薩→大天神)のあとに出てくる安住地神は、足で地面を撫ぜると三つの蔵が湧出する。天界(?)のシーンなのに妙に生活感のある蔵が面白かった。しかし図録の掲載図版も大天神の場面までだ。『阿字義』は、こんな絵画があるとは知らなくて、藤田美術館で驚いたもの。なつかしい。
中国絵画もいいものを持っているんだな。馬遠の『李白観瀑図』、伝・梁楷の『寒山拾得図』、因陀羅の『寒山拾得図』は因陀羅作品の中で一番好きかも。仰向いて巻子を広げる寒山がかわいい。古筆では『深窓秘抄』。かろやかで気品があって、優美。高野切第一種みたいだ!と思ったら、やっぱり同系統の筆跡と目されているらしい。
階段下のホール(第2展示室)で存在感を見せていたのは竹内栖鳳の『大獅子図』。第3展示室は茶道具の特集で、冒頭に「至宝」曜変天目茶碗が据えられている。藤田美術館の展示は、ほぼ自然光だったので、意外と地味な印象だったが、サントリー美術館の照明の下だと、誇張でなく望遠鏡で見た星雲のような輝きに見える。うーむ。どっちの環境で見るのが正しいのか悩む。きれいだけど…これにお茶を入れちゃうんだよなあ。
『菊花天目茶碗』は初見だと思うが面白かった。鉄釉(濃茶色)と黄釉のツートンカラーの派手な茶碗。色や模様は日本独自のものだという。表千家六代の覚々斎宗左が作った黒楽茶碗の「太郎」と「次郎」。藤田は息子たちのためにほしがったという。どちらも小ぶりな茶碗だが、ちょっとたよりなげな「次郎」の形態が好き。最後は、藤田が亡くなる直前に手に入れた『交趾大亀香合』でお別れ。
展示リストを見ると、9/2から後期でかなりの作品が入れ替わる。『紫式部日記絵詞』は後期かー。あと巡回先の「福岡市美術館会場のみ」がけっこうあるのが悔しい。余談だが、今週末に放送されるNHKドラマ「経世済民の男」第二弾『小林一三』の登場人物に藤田伝三郎(麿赤兒)の名前があって、けっこう楽しみにしている。Wikipediaを読んだら、藤田に北浜銀行を任された岩下清周(奥田瑛二)に、小林一三(阿部サダヲ)は誘われるらしい。さて、どんなドラマになるのかな。