見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2024フィギュアスケートNHK杯 in 東京

2024-11-11 22:41:09 | 行ったもの2(講演・公演)

2024NHK杯国際フィギュアスケート競技大会(11月8-10日、国立代々木競技場第一体育館)

 今年のNHK杯は東京と聞いて、現地で観戦したい気持ちが湧いていたが、ぼんやりしているうちにチケット発売日を逃して、気がついたら2日目/土曜日は完売になっていた。しかしグランプリシリーズの第1戦スケアメでの日本選手の演技、特にりくりゅうのSPの動画を見て、どうしても現地に行きたくなってしまい、初日/金曜日のチケットを取った(無事に年休が取れることを祈りながら)。

 そして初日、北側SS席の最後列(後ろは通路)だったが、現地に来られただけで満足。アイスダンス(リズムダンス)の冒頭から観戦した。日本選手のあずしん(田中梓沙&西山真瑚)、うたまさ(吉田唄菜&森田真沙也)、得点は伸びなかったけれど、堂々とした演技で楽しかった。しかし最後に登場したチョクベイは別格。赤いドレスのマディソン・チョックと、ネクタイにスーツ姿のエヴァン・ベイツは、古典的なミュージカル映画スターのようで、これはいいMAGA(Make America Great Again)とつぶやいてしまった。

 ペアはりくりゅう(三浦璃来&木原龍一)の「Paint it Black」が思った以上にカッコよく、大きな取りこぼしのない演技だったので大満足。他の皆さんもよかった。フィギュアスケートのカップル競技、シングルには出せないエモさがあって、その魅力にどんどんハマっていく。

 次いで男子シングル。ジェイソン・ブラウンが今ひとつだったけれど、あとはどの選手も全体的に好調だったのではないかと思う。それぞれが完璧に仕上げた演技での戦いは見ていて楽しい。そんな中でも会場を驚かせたのは壷井達也くん。鍵山優真くんは超絶的に完璧だった。1人おいて最後に登場した三浦佳生くんが初の100点超えだったのに歓喜。

 ここで群舞やエライおじさんの挨拶など1時間ほどのオープニングセレモニー。席でぼんやり見ていたけど、夕食タイムにすればよかったな。今年は場内で選手コラボメニューのドリンクやスイーツ(カオリのスコーンなど)販売があったのだけど、事前に情報収集していなかったので、全然気づかなかった。

 女子シングルも男子と似た展開で、青木祐奈さんが素晴らしい演技を見せる(祐奈ちゃん、今年のFaOIが最高に魅力的だったのでまた応援できて嬉しい)。これを軽やかに超えたのが千葉百音ちゃん。そして坂本花織さん、無駄にドキドキしてしまったけれど、揺るぎない安定感でトップに立った。シングルは男女とも1~3位を日本選手が独占という、歴史に残りそうな初日を見ることができた。

 2日目はテレビとネットで観戦。佳生くんの不調が残念だったなあ…。でもその不安定で未完成なところが彼の魅力でもある。女子は総合でもメダル独占。いまの日本女子の個性豊かなスケートは、私の見たかったものではあるけれど、ふと「ロシアっ娘たちの時代」をなつかしく思い出す。私が初めて観戦したNHK杯は2019年、コストルナヤやザギトワの出場した大会だったので。

 3日目のエキシビジョンはネット(NHKプラス)で観戦。これでこそ受信料の支払い甲斐があるというもの。しかしプロ転向の田中刑事くんや宮原知子ちゃんの演技を組み入れるよりも、海外選手の出場枠を増やすべきではないか、という批判が湧いていたのには完全同意。運営には再考を求めたい。2025年は大阪だそうだ。

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アイスショー"Fantasy on Ice 2024 静岡千秋楽"ライブビューイング

2024-06-26 22:15:45 | 行ったもの2(講演・公演)

Fantasy on Ice 2024ライブビューイング(静岡:2024年6月23日、13:00~、新宿ピカデリー)

 アイスショーFaOI(ファンタジー・オン・アイス)、今年はBツアーに羽生結弦くんが出演しなかったので、Aツアーに比べるとSNS上は格段に静かだった。それでも神戸、静岡の6公演(土曜2公演+日曜1公演)は、しっかり客席が埋まっていてよかった。お子さんや年配の方が多くて、いつものFaOIと雰囲気が違うという声や、地元向けの招待枠があったのではないか、という推測も流れていたが、それもいいと思う。私が初めてFaOIを見たのは2010年の新潟で、トップスケーターのクールな演技を、おじいちゃんおばあちゃんが、家族と一緒にニコニコしながら見ていたのを覚えている。なるほど、地方開催のアイスショーって、こういう「ゆるい」イベントなんだ、というのを知った瞬間だった。

 近年、羽生くんの出演するショーは、全国どこでもチケット争奪戦になっているが、今年のBツアーは、むしろ原点回帰でよかったのではないかと思う。地元招待で親に連れて来られたちびっ子から、未来のスケート選手やスケートファンが生まれないとも限らない。

 私は現地に行きたい気持ちもあったのだが、節約志向でライビュ観戦にしてしまった。スケーターはAツアーから、羽生結弦、山本草太、中田璃士、青木祐奈、上薗恋奈、パイポ―がOUT。織田信成、友野一希、チャ・ジュンファン、坂本花織、三原舞依、ライラ・フィア―&ルイス・ギブソンがIN。アーティストは石井竜也、一青窈、家入レオ。

 Bツアーのほうがイケメン度が上がった気がしたのは、チャ・ジュンファンくんに影響されすぎかな。家入レオさんとのコラボ「ワルツ」(ドラマ主題曲なのね)も「Golden hour」も眼福だった。ライラ/ルイス組は、家入レオさん「Silly」でしっとりコラボしたあと、後半は「ロッキー」で楽しませてもらった。フィギュアスケートのカップル競技、すっかり定番になった感じ。一青窈さんは織田くんとのコラボ「もらい泣き」もよかったけど、友野くんとのコラボ「他人の関係」に悶絶。私は金井克子を知っている世代だが、一青窈さん、ドラマ用にカバーしていたのだな。赤いキンキラジャケットでキレッキレに踊りまくる友野くんも、ルンバに寝転んで、自由に歌う一青窈さんも最高。ライビュ会場も手拍子で盛り上がった。

 いつもかわいい三原舞依ちゃんがイメージチェンジした「Survivor」も、髪の色を変えた坂本花織ちゃんの「poison」もカッコよかった。花織ちゃんは、オープニングの主役ポジションも頑張っていた。

 Bツアー最大の見ものは、ステファン・ランビエールとギヨーム・シゼロンの共演。その前にガブリエラ・パパダキスとアンサンブル・ダンサーズのコラボもあったんだけど、ガブリエラさん、あなたは女子スケーターじゃないなあ、という感じがした。技術力や存在感が、女子スケーターの枠を完全に踏み越えていて、唯一無二なのである。

 続いて、上半身には紫の薄手の衣裳をまとったステファンとギヨームが登場。曲は Henryk Mikołaj Górecki(ヘンリク・グレツキ)というポーランドの現代音楽家による「Symphony No.3」だったらしい。私は2018年のFaOI静岡で、ステファンとデニス・バシリエフスのデュエットプロを見たことがある。あれは、両者が師弟でもあったし、適度な距離を保って滑る「デュエット」だった。ところが今回は、大人の男性どうしが、変な意味でなく、濃厚に「絡む」のである。まあパパシゼのアイスダンスの本領であるとも言える。濃厚に絡みながら、お互いに自立しているという、不思議な肉体関係。再演はないだろうなあと思うと、一期一会の宝物を見せてもらった。

 しかしライビュだと、二人の表情や細かい動作がよく分かるのはいいのだが、一人の演技にスポットが当たるとき、もう一人はどうしているのか、光の当たるリンクにいるのか、陰に退いているのか、よく分からないのがもどかしかった。やっぱり現地に行くべきだったかなあとちょっと悔いを感じた。

 群舞の衣裳は花柄のシャツやワンピース。オープニングはやや地味色、フィナーレは明るいリゾートカラー。米米クラブ、石井竜也さんの「君がいるだけで」「浪漫飛行」も懐かしかった。最後はステファンが4Tチャレンジも見せてくれてありがとう。Bツアーは「ありがとうございました」無しの退場だったけど、楽しかった。また来年!

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アイスショー"Fantasy on Ice 2024 幕張&愛知"

2024-06-04 21:41:30 | 行ったもの2(講演・公演)

Fantasy on Ice 2023 in 幕張、初日(2024年5月24日 17:00~)/in 神戸、千秋楽(2024年6月2日 13:00~、ライブビューイング)

 アイスショーFaOI(ファンタジー・オン・アイス)、今年は久しぶりに幕張公演のチケットを取ることができた。調べたら、2019年、ゲストがToshl(龍玄とし)さんだったとき以来である。我が家からのアクセスもよいので、15時頃まで在宅で仕事をして、おもむろに幕張へ向かった。

 出演スケーターは、羽生結弦、ステファン・ランビエル、ハビエル・フェルナンデス、田中刑事、山本草太、アダム・シャオ・イムファ、デニス・バシリエフス、中田璃士、宮原知子、青木祐奈、上薗恋奈、パパシゼ(ガブリエラ・パパダキス&ギヨーム・シゼロン)、パイポ―(パイパー・ギレス&ポール・ポワリエ)、エアリアル(フライング・オン・アイス)のメアリー・アゼベド&アルフォンソ・カンパ。ゲストアーティストは西川貴教、城田優、安田レイ。

 席はこんな感じでSS席北側、ステージ近め。幕張はトイレ事情が厳しいので、通路隣の席で助かった。

 今年は羽生くんがAツアーのみで、Bツアー(神戸、静岡)に出演しないということもあって、「客を呼べる」スケーターをA、Bツアーに分けた感がある。しかし今年のAツアー、私はものすごく満足度が高かった。芸術性に富んだ、つまり感性と理性を刺激する、挑戦的なプログラムの連続で「息抜き」が全く無かった。いや、フェルナンデスはハビちゃんマンプロで大いに笑わせてくれたし、城田優さん+安田レイ+青木祐奈ちゃんの「A whole new world」(映画アラジン)は夢のようにロマンチックだったし、安田レイ+パイポ―の「Easy on me」の王子様・お姫様感たるやもう。ステファンが甘く切ない「行かないで(ヌギッパ)」の再演だったのも嬉しかった。

 パパシゼは前半のトリの「バッハ」が芸術品。前半、ステファンの次はパパシゼだろうと思っていたら、入場口に上下白衣装の羽生くんが現れたときの会場のどよめきは凄かった。衣装のとおり「ダニー・ボーイ」で、3月に仙台で見たときと同様、大きく感情を揺さぶられた。愛知公演千秋楽のライブビューイングでも見たわけだが、このプロは「引き」で見る方が訴える力が強いように思う。

 大トリの羽生くんは西川貴教さんとコラボで「ミーティア」。「機動戦士ガンダムSEED」の挿入歌なのね。私はファーストガンダムしか知らない世代なのだが、アイスショーのおかげで、さまざまなジャンルと年代の曲に触れることができて嬉しい。フィナーレの「HIGH PRESSURE」も大盛り上がり。愛知千秋楽を見ると、ああ幕張初日は、まだ硬さがあったんだなあ、と感じる。

 若手初参加の上薗恋奈ちゃん、中田璃士くんは完成度の高さに舌を巻いた。来シーズンに大きく期待。デニス、田中刑事くんは、私の好きなタイプのスケーターにどんどん成長していて、わくわくする。城田優さん+フェルナンデスの「イザベル」はスペインの情熱を感じさせるイケメンプロ。ステファンの「The whale」は映画に着想を得たというけど、黙々とリンクを周回するイントロは、大洋を回遊するクジラなのかな…と思いながら見た。

 なお、TOHOシネマズ日本橋で見た愛知公演千秋楽のライブビューイングは、後半のアダム・シャオ・イムファの演技中にプツリと映像・音声が途絶えて、肝を冷やした。次の「イザベル」の途中で復活したので、そんなに長い中断ではなかったけれど、停電だったらしい。家を出たときは晴れていたのだが(ベランダに洗濯物を干してきた)、終わって外に出たら地面が濡れていた。東京都心は雷雨(?)があったらしい。中継中断は日本橋会場だけだったのかな。ともかく羽生くんの「ありがとうございましたっ」を現地&画面越しに聞けて満足である。

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三味線の美音を浴びる/文楽・和田合戦女舞鶴、他

2024-05-11 22:04:48 | 行ったもの2(講演・公演)

シアター1010 国立劇場令和6年5月文楽公演(2024年5月11日、11:00~)

 急に思い立って、5月文楽公演を見て来た。昨年10月末に国立劇場が休館になってから、東京の文楽公演は、さまざまな劇場を代替に使用している。今季は、昨年12月公演に続いて、シアター1010(せんじゅ)での開催。北千住駅前でとても便利な立地だった。

 1等席にあまりいい座席が残っていなかったので、2等席(2階の最後列)を取ってみた。視界はこんな感じ。文楽の舞台を「見下ろす」のは初体験で、どうなんだろう?と思ったが、音響は問題なかった。舞台の奥まで見えてしまう(舞台下駄を履いた人形遣いの足元とか、腰を下ろして待機している黒子さん)のは、もの珍しくて面白かったが、初心者にはあまりお勧めしない。ただ、舞台の上に表示される字幕が自然と視界に入って見やすいのはよかった。

・Aプロ『寿柱立万歳』

 旅の太夫と才蔵が登場し、数え歌ふうに神名・仏名を並べて、家屋の柱立てを寿ぐ。「豊竹若太夫襲名披露公演にようこそ」というセリフを盛り込んで、公演の幕開きを祝う。

・豊竹呂太夫改め十一代目豊竹若太夫襲名披露口上

 あらためて幕が開くと、金屏風(豊竹座の紋入り)を背負い、緋毛氈の上に、鮮やかな緑の裃を着けた技芸員たちが並ぶ。中央は主役の新若太夫さんだが、文楽の襲名披露では、主役は何も喋らないのだ、と途中で思い出した。向かって左端(下手)に座った呂勢太夫さんが口上を述べ、太夫部の錣太夫さん、三味線の団七さん、人形遣いの勘十郎さんが、それぞれ笑えるエピソードを交えて、祝辞を述べた。2列目に控えていたのは(おそらく)お弟子さんや一門の皆さん。ふと、この場に咲太夫さんの姿がないことに気づいて、悲しくなってしまった。

・『和田合戦女舞鶴(わだかっせんおんなまいづる)・市若初陣の段』

 床は若太夫と清介。主役の板額を勘十郎。物語は鎌倉時代、頼朝・頼家亡きあと、三代将軍実朝と尼公政子が政務を執っていたが、御家人たちの対立が深まっていた。御家人・荏柄平太は実朝の妹・斎姫に横恋慕し、思い通りにならないと姫を殺してしまう。平太の妻と息子・公暁は尼公政子の館に匿われていたが、大江広元は御家人の幼い子供たちを軍勢に仕立てて、政子の館を攻めさせる。板額は政子に仕える女武者だったが、軍勢の中に我が子の市若丸がいるのを見つけて館に招き入れる。ところが、政子の話によれば、公暁は頼家の忘れ形見で、ひそかに平太夫婦に預けて育てさせていたのだった。市若丸は自分が平太の子であると誤解して腹を切り、結果的に公暁の身代わり首となって公暁を救う。

 よくある子供の身代わり譚だが、やっぱりグロテスクだなあ…と思う。もちろん脚本は、主君のための身代わり死を全肯定しているわけではなくて、板額は「でかした」と息子を称賛しつつ「なんの因果で武士(もののふ)の子とは生まれて来たことぞ」と嘆くのだが。こういう演目は、徐々にすたれてもいいんじゃないかと思っている。

・『近頃河原の建引(ちかごろかわらのたてひき)・堀川猿廻しの段/道行涙の編笠』

 「堀川猿廻しの段」は、前を織太夫、藤蔵、清公、切を錣太夫、宗助、寛太郎。前半は織太夫さんの美声を楽しむ。後半は錣太夫さんの声質にぴったりの人情ドラマ。おしゅん、伝兵衛の門出を祝って、猿廻しの与次郎が2匹のサルに演じさせる芸(黒子の人形遣いが両手で表現する)がとても楽しい。サル役の人形遣いはプログラムに名前が載らないのだが、誰なのかなあ。「道行涙の編笠」は34年ぶりの上演で、私は初めて見た。しっとりと哀切な舞踊劇。

 今回、どの演目も三味線が華やかで楽しかった。『和田合戦』は、正直、若太夫さんの語りより、清介さんの三味線の切れ味のほうが強く印象に残っている。「堀川猿廻し」は2組のツレ弾きを楽しめた。

 若太夫さんへご祝儀の飾りつけ。坂東玉三郎さん、詩人の高橋睦郎さん、阪大の仲野徹さんなどの名前を見つけた。

 シアター1010は、客席は飲食禁止だが、ホワイエでは飲食できる。あとゲートの外に売店があってお菓子や飲み物を売っている(本格的なお弁当はなし)。オリジナルカクテル500円をいただいてしまった。ピーチ味かな?シャンパンみたいにさわやかで美味。国立劇場でも幕間に軽いアルコールが飲めるといいのに、とずっと思っていたので、大満足。

 なお、7月の歌舞伎公演、12月の文楽公演は、私の地元・江東区で行われるらしい。今から楽しみである。

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ICE STORY 2nd “RE_PRAY” TOURディレイビューイング

2024-04-16 23:11:39 | 行ったもの2(講演・公演)

「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2nd “RE_PRAY” TOUR」宮城公演ディレイビューイング(2023年4月13日16:00~、TOHOシネマズ日本橋)

 土曜日、羽生結弦くんの単独公演をディレイビューイングで見てきた。見ていた時間だけ、魂が別世界に跳んでいたような気分で、感想がうまく言葉にならないのだが、書いてみる。

 プロに転向した羽生くんが「プロローグ」「GIFT」という単独公演を成功させてきたことは知っていた。私は、FaOI(ファンタジー・オン・アイス)をはじめ、彼の出演するアイスショーをずっと見てきたけれど、単独公演は、コア中のコアな羽生ファンのためのものだから、私はいいかな、と言う気持ちで遠慮していた。しかし今回、3度目の単独公演となる「RE_PRAY」ツアーは、そのキービジュアル(羽生くんのモノクロ写真)が好みだったのと、SNSに流れてくる感想(ロバート・キャンベル先生からも!)が只事でない感じだったので、ディレイビューイングのチケットを取ってしまった。ツアー最終(追加)公演の千秋楽である4月9日宮城公演の録画上映である。座席は自動指定だったが、ほぼ中央で、ショートサイドのリンク際みたいな、最高のポジションだった。

 舞台には旧型のテレビを思わせるような枠付きの、大きなスクリーンが設置されている。そこには、ゲームのコントローラーを握った羽生くんの映像が映し出されるかと思えば、ゲームそのものの画面になって、ドット文字のメッセージや、ドット絵のキャラクター(さまざまな衣裳をまとった羽生くん自身)が表示される。ゲームの進行に従って、選択を迫られ、素材を集め、敵を倒し、どんどん強くなっていく主人公。前半は真っ白なフードつきコートで登場した「いつか終わる夢」のあと、「阿修羅ちゃん」「鶏と蛇と豚」「MEGALOVANIA」「破滅への使者」など、強くて悪そうな羽生くんが盛りだくさん。

 椎名林檎の「鶏と蛇と豚」は、仏教の「三毒」を意味する動物で、真っ赤な背景に象徴的な三角形が浮かぶ中、貴婦人のような黒レース衣装の羽生くんが登場する。曲のイントロは般若心経なのである。羽生くん、晴明でなくて空海も演じられるわ、と思ってしまった。

 「MEGALOVANIA」は、無音の中で、スケート靴のブレードを氷に突き立てるような荒々しいステップから始まる。鍛えられた肉体の魅力を引き立てる衣装で、すっかり大人の男性になったなあ、としみじみ思ったのに、休憩後の後半では、再び永遠の少年の顔で登場するので、どうなってるの?と目を剥いた。

 「破滅への使者」は、競技プログラムと同様、6分間練習からスタートする。会場に漂う緊張。見慣れたティッシュケースのプーさんが映るのがうれしい。そしてこのプログラムを完璧にクリアしたにもかかわらず、ゲームから「データをセーブできません」と告げられ、混乱と困惑のうちに前半が終了する。ライブでは休憩30分だったようだが、ディレイビューイングは10分だった。

 後半。主人公は再びゲームの世界へ向かうが、前半とは異なる選択をする。自分のまわりの命を潰さない選択。主人公は深い水の中に落ちていく。「いつか終わる夢:re」「あの夏へ」「天と地のレクイエム」「春よ来い」など清冽なプログラムが続く。最後は「春よ来い」で、私はこのプログラムを見るたびに、世界に春をもたらすための祈りのように感じる。そしてスクリーンのドット文字「RE_PLAY」(再生)が「RE_PRAY」(祈り続ける)に変わって終了。

 まず、ほとんど休憩なし(あっても衣装替えの時間くらい)で、10曲近くを連続で滑り切る体力が化けものだと思った。しかもそれぞれ難易度の高いプログラムを完璧に。

 このあと、Tシャツ姿でマイクを持った羽生くんが、楽しそうにリンクをまわりながらお喋り。あ~これで終わりか~と思ったあとに「SEIMEI」「Let Me Entertain You」「ロンド・カプリチオーソ」「私は最強」と次々繰り出されるアンコール。本人はよほど名残惜しかったのか「終わりたくない」なんて言っていたけど、もう身体を休めなさい、と母親気分でハラハラしていた。

 しかし本当に素晴らしい体験だった。世界中の、フィギュアスケーターだけではなくて、様々な分野のアーティストに見てもらいたいと思う。次回の羽生くん単独公演が発表されたら、おそらく現地チケット争奪戦に参加することになるだろう。

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アイスショー”notte stellata 2024”

2024-03-16 23:50:05 | 行ったもの2(講演・公演)

羽生結弦 notte stellata 2024(2024年3月10日、16:00~)

 先週日曜、羽生結弦さんが座長をつとめるアイスショーnotte stellataを見て来た。2011年3月11日の東日本大震災から12年目になる2023年に彼が立ち上げたアイスショーで、宮城・セキスイハイムスーパーアリーナで3公演が行われる。昨年はチケットの抽選に敗れて行くことができなかったが、今年は千秋楽の日曜のチケットを取ることができ、日帰りで仙台に行ってきた。素晴らしい公演で大満足したのだが、やっぱり(分かっていたけど)ふつうのアイスショーとは少し違って、考えることが多くて、なかなか記事を書くことができなかった。

 日曜の仙台は、青空なのに時々細かい雪が舞っていて、東京よりかなり寒かった。2011年のあの日も、こんなふうに寒かったのかなあ、と初めて思った。今年のゲスト・スケーターは、ハビエル・フェルナンデス、ジェイソン・ブラウン、シェイリーン・ボーン・トゥロック、宮原知子、鈴木明子、田中刑事、無良崇人、本郷理華、フラフープのビオレッタ・アファナシバ。座長の羽生くんが信頼できる仲間を集めた感じで、統一感あるいは結束感があって安心できた。そしてスペシャル・ゲストは大地真央さん。

 2プロ滑るスケーターは、だいたい1演目はしっとりと抒情的な、しかし強い決意や未来への希望を表現するプロを選んでいたように思う。もちろん楽しい曲もあって、田中刑事くんと無良崇人くんのサタデーナイトフィーバーは世代的に懐かしくて嬉しかった。シェイリーンのwaka wakaもダンサブルな曲で、アリーナのお客さんがプーさんのぬいぐるみを膝の上で踊らせていたら、それを抱き取って、一緒に踊ってくれた(ちょうど向かい側でよく見えた)。休憩明けの群舞はBTSのPermission to Danceで、羽生くんは映像で参加。ステージ背景のスクリーンだけではなくて、リンクそのものにも大きな映像を映してしまう演出が面白かった。

 しかし羽生くんのソロ演技が1日に3演目も見られるのは、お得感が半端なかった。冒頭にnotte stellata(白鳥)。前半の最後に大地真央さんとのコラボでカルミナ・ブラーナ。そして後半にダニー・ボーイ。どれも「すごいものを見た」以外に語る言葉がない。特にカルミナ・ブラーナは、ひたすら重たいのかと思ったら、軽やかな天使のように登場し(舞台スクリーンには花畑の映像)一転して、真央さん扮する黒い魔女の支配にもがき苦しみ、最後は浄化されていくのである。どうしても目はリンクの羽生君に釘付けになって、真央さんをあまり見られなかった(照明の関係でも舞台上が見にくかった)のは残念。ダニー・ボーイもそうだが「芸能と鎮魂」について深く深く考えてしまったショーだった。羽生くんはフィナーレの楽しい群舞にも登場。

 全ての演技が終わって、最後にマイクを持った羽生くんがショーが無事に終わったことに感謝を述べ「明日はまた、辛く暗い一日が始まります」みたいなことを言ったとき、会場の一部から無邪気な笑い声が漏れ、羽生くんが少しむきになって「笑いごとじゃないんです。そういうコンセプトのショーなんで」と反論する一幕があった。いや、笑った人の気持ちは分かるのよ。あのときは本当に満たされた気持ちだったので、明日が暗い一日になるなんて想像することができなかった。それは私が、東日本大震災で大事な人やものを失っていないから持てる感想なのだと思う。翌日の新聞やテレビでは、13年経っても癒えない傷を抱えた人たちの存在が控えめに報道されていて、いまさらだが自分の無神経さを恥ずかしく思った。

 仙台では少し時間があったので、伊達家三藩主の霊屋「瑞鳳殿」で羽生結弦選手の衣装をモチーフにした七夕吹流しが再展示されているというのを見に行った。 拝殿の左右の回廊で、静かに風に揺れていた。

 羽生くんの衣裳は、どれも凝ったものが多いが、この瑞鳳殿(寛永年間造、戦災で焼失後、1979年に再建)の装飾も華やかさでは負けていないので嬉しかった。

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ヴェルディ歌劇の愉悦/METライブ・ナブッコ

2024-02-27 22:48:43 | 行ったもの2(講演・公演)

METライブビューイング2023-24『ナブッコ』(新宿ピカデリー)

 先日、東劇にシネマ歌舞伎を見に行ったら、MET(ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場)ライブビューイングのチラシが置かれていて、そういえば、オペラは(実演も映像も)久しく見ていないなあ、と思った。私の好きなヴェルディ作品、今シーズンは『ナブッコ』がエントリーされていた。写真を見ると演出もよさそうなので、思い切って、見て来た。

 作品のあらすじは大体知っていたけれど、全編通しで視聴するのは、たぶん初めてだったと思う。しかし全く問題はなくて、第1幕から(いや、序曲から)雄弁で美しい旋律をシャワーのような浴びせられ、幸福感に浸った。

 舞台は紀元前6世紀のエルサレム。神殿に集まったヘブライ人たちは、バビロニア国王ナブッコの来襲に怯えている。ヘブライ人たちに人質として囚われているのはナブッコの娘・フェネーナ。エルサレム王の甥・イズマエーレは彼女を庇う。やがてフェネーナの姉・アビガイッレが現れ、イズマエーレに「自分の愛を受け入れれば民衆を助けよう」と取引を提案するが、イズマエーレは拒絶。 エルサレムはナブッコ王のバビロニア軍に制圧される。気性の激しい姉と優しい妹。国の興亡を左右する恋のさやあて。古装ファンタジーの世界みたいだ~と嬉しくなってしまった。

 第2幕。王女アビガイッレは、自分が奴隷女の出自であること、父ナブッコが妹のフェネーナに王位を譲るつもりであることを知り、王位を奪う決意を固める。腹を立てたナブッコは「自分は神だ」と宣言したことで、神の怒りを招き、雷に撃たれる。

 第3幕。力も権威も失ったナブッコは、アビガイッレに命じられるまま、異教徒たちとともにフェネーナも死刑とする文書に押印してしまう。ナブッコの嘆きと後悔。追いつめられたヘブライ人たちが、絶望の底から絞り出し、湧き上がるように歌うのが「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」。いや、これは泣くわ。作品中ではヘブライ人の歌だけれど、今、世界中でふるさとを失った、あるいは失おうとしている全ての人々に届く歌声だと思う。

 第4幕。復活したナブッコは、エホバの神を讃え、ヘブライ人たちを釈放する。アビガイッレは服毒し自殺する。きれいな「勧善懲悪」のハッピーエンドで終わるのは、比較的若書きの作品であるためだろうか。ヴェルディ作品というと、もっと不条理で悲劇的な作劇の印象が強いのだが。

 出演者で印象的だったのは、イズマエーレ役のテノール、ソクジョン・ベク。名前のとおり韓国出身で、これがMETデビューだという。田舎のお兄ちゃんみたいな顔立ちは、役柄によってはマイナスかも、と思ったが、声が素晴らしくよい。タイトル・ロールのナブッコは、ヴェルディらしい陰影に富んだバリトンの役柄で、ジョージ・ギャグニッザは、戦士王の威厳にも満ちていた。しかし、なんといっても素晴らしかったのは、リュドミラ・モナスティルスカのアビガイッレ! 強い意志を感じさせる、華やかさと力強さに痺れた。第2幕と3幕の間に、舞台裏でのインタビュー映像が流れたけど、彼女はウクライナの出身なのね。ちなみにギャグニッザはジョージア(グルジア)出身で、この作品では独裁者が力を失い、悔い改める、現実にもそのような変化が起きるといいですね、みたいなことを淡々と述べていた。ちなみにフェネーナ役のマリア・バラコーワはロシア出身である。

 オケや舞台上のメンバーを見ていると、アジア系やアフリカ系の顔立ちもけっこう混じっていたが、特に違和感はなかった。そんなことはどうでもいいくらい、(音楽)作品の普遍性が強いのだと思う。あと、指揮者のダニエレ・カッレガーリさん、表情豊かでお茶目なのと、途中のインタビューで、楽譜に書かれていることを大切にするとおっしゃっていたのが、気に入ってしまった。また聴きに行きたい。ウェブサイトも見つけた!

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ブロマンス古装劇?/シネマ歌舞伎・アテルイ

2024-02-17 23:30:15 | 行ったもの2(講演・公演)

〇シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉』(東劇)

 2015年7月に新橋演舞場で上演された作品で、シネマ歌舞伎(映像作品)としての公開は2016年6月だという。ただし、いま調べて思い出したのだが、もとは2002年に劇団☆新感線が上演した舞台劇である。私は題材に興味があって、舞台劇のときも歌舞伎になったときも、見たいと思いながら果たせなかった。シネマ歌舞伎になってからも、上映予定ないかな~と、時々チェックしていたのだが、先日サイトを見たら、久々の上映が2/15(木)で終わっていた。え!?と慌てたが、幸い、東劇では上映延長になっていたので、さっそく見てきた。面白かった!!! 10年越し、いや20年越しの大願成就だが、実は、具体的にどんなストーリーなのかは全く調べていなかったので、新鮮な気持ちで見ることができた。

 京のみやこでは、蝦夷(えみし)を名乗る立烏帽子党が盗賊行為を働き、人々を苦しめていた。そこに現れたのは、本物の立烏帽子党の女首領・鈴鹿。彼らが偽者であることを見破り、問い詰める。彼らは、帝の側近である無碍随鏡の手下だった。彼らチンピラの処分を請け合ったのは、「みやこの虎」を名乗る若きサムライ・坂上田村麻呂。そこに居合わせたのは「北の狼」流れ者の蝦夷のアテルイ。アテルイは、かつて蝦夷の娘・鈴鹿と恋に落ち、山に迷い込んで、アラハバキの神の怒りに触れたため、名前も記憶も失って、みやこに流れついたのだった。しかし鈴鹿と巡り合い、名前と誇りを取り戻したアテルイは、故郷へ戻る決意を固める。

 一方、田村麻呂は征夷大将軍に任ぜられ、叔父の藤原稀継とともに東北へ赴く。温和な人格者に見えた稀継は、ひそかに田村麻呂を殺害し、その弔い合戦と称して全軍の士気を高めようと画策していた。稀継役は『鎌倉殿の13人』で覚えた坂東彌十郎さん。真っ黒い本性を現わしてからがすごくよかった。曹操とか似合いそうだな~。

 田村麻呂は舞台の奥に向かって崖落ち。この作品、まず衣装が全体的に中華ファンタジーふう(冒頭で出て来た立烏帽子党も錦衣衛みたい)である上に、田村麻呂とアテルイの関係が、どう見ても「ブロマンス」なのである。そこに「崖落ち」が来たので、にやにやしてしまった。これは生きているだろうと思ったら、案の定、田村麻呂は、鈴鹿という娘に助けられる。鈴鹿はかつてアラハバキの神の怒りに触れ、アテルイという青年から引き離されて、隠れ里でひっそり暮らしていた。ではあの立烏帽子は? そこに稀継の兵が踏み込み、鈴鹿は殺害される。

 田村麻呂は、蝦夷と帝軍の戦場に戻り、全軍の兵士に稀継の陰謀を暴露し、アテルイに和睦を勧める。正体を現した立烏帽子は、東北の大地の化身であるアラハバキの神で、アテルイに戦いの継続を迫るが、アテルイは和睦を選ぶ。しかし京に戻った稀継と、田村麻呂の姉・御霊御前は、田村麻呂の嘆願を聞き入れず、アテルイを死刑に処する。いったんは処刑場を逃れたアテルイだが、田村麻呂と剣を交え、その刃の下に倒れる。

 アテルイ(染五郎→幸四郎→現・松本白鸚)と田村麻呂(中村勘九郎)が、ともに青年の純粋さを体現していて、とにかくいいのだ。スピーディで切れ味のよい殺陣には惚れ惚れした。先だって、中国の春節晩会をネットで見ていて、こういう総合舞台芸術って、日本では見る機会がないなあと思っていたのだが、いやいや歌舞伎があったのを忘れていた。あと、パンクな髪型で蝦夷と帝軍を右往左往し、軽蔑と笑いを誘いながら、最後は見事な最期を遂げる蛮甲(バンコー、片岡亀蔵)も面白かった。妻のクマ子(クマの着ぐるみ)を演じていたのは誰w

 物語的にスゴイと思ったのは、アテルイが必死に会うことを望んだ帝の玉座がもぬけの空だったこと。御霊御前は平然と、見える人には見えるのです、とうそぶく。ドラマとしての面白さをとことん追求しながら、同時にかなり強烈な政治的メッセージも感じられる。2000年代の初頭だから作れた作品かなあ、とも思ったが、最近の演劇を知らないので間違っているかもしれない。

 あらためて、アテルイ、田村麻呂の伝説を調べていたら、鈴鹿山の女神である鈴鹿御前は、悪路王アテルイの妻とも、坂上田村麻呂の妻とも言われているのだな。鈴鹿山の立烏帽子という盗賊の話は『宝物集』にあり、『保元物語』にも登場する。アラハバキは、記紀神話には登場しない謎の神だという。本作では、大和朝廷と蝦夷を単純な善悪の構図とせず、蝦夷の神・アラハバキも、人間に理不尽を強いる存在として描かれているのもよかった。そういう深みもあるのだが、誰か日本発のブロマンス古装劇としてリメイクしてくれないかな…。

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原作改変の二作品/文楽・平家女護島、伊達娘恋緋鹿子

2024-01-15 21:23:05 | 行ったもの2(講演・公演)

国立文楽劇場 令和6年初春文楽公演 第3部(2024年1月6日、17:30~)

 2年ぶりに初春文楽公演を見た。大阪で見る文楽、特に初春公演は格別。いつものお供え餅とにらみ鯛。

 大凧の「辰」の揮毫は、京都・壬生寺の松浦俊昭貫主による。そういえば、12月に同劇場で壬生狂言の公演があったのだ。壬生狂言、見たことがないので一度見たいと思っている。

・『平家女護島(へいけにょごのしま)・鬼界が島の段』

 名作なので何度か見ている。前回は2018年の初春公演で、俊寛僧都は今回と同じ玉男さんだった。前回の記憶は曖昧だが、舞台に登場した俊寛のたたずまいにすぐに引き込まれた。11月の文楽公演のプログラムに玉男さんのインタビューが掲載されていて、聞き手が「近年ますます、初代玉男師匠に似てこられたように感じます」と話を向けていたのを思い出した。端正で静かな威厳を感じさせる雰囲気が、確かに初代の想わせて嬉しかった。床は織太夫と燕三で、私の推しコンビ。

 鬼界が島に流された三人の罪人、俊寛、康頼、成経。高校の古文で習った『平家物語』では、俊寛以外の二人の名前が記された赦免状が届き、残された俊寛は足摺りして悲憤慷慨するという物語だった。文楽では、清盛の赦免状には二人の名前しかないが、重盛の添え状によって、三人とも乗船を許される(さすが、情に厚い小松内大臣)。しかし成経が夫婦の契りを結んだ海女の千鳥は乗船を許されない。千鳥を娘のように慈しみ、自分を父親と思ってほしいと言ってきた俊寛は苦悩する。決定打となるのは、京で自分を待っていると思っていた妻のあづまやが清盛に背いて自害したと知らされたこと。妻のいない京へ帰る意味を失った俊寛は、自分の代わりに千鳥を連れていってほしいと懇願する。使者の瀬尾が拒絶すると、瀬尾を斬り殺し、罪を重ねた自分は京へは帰れないと主張する。そして人々を乗せた船が俊寛ひとりを残して去っていくと「思い切っても凡夫心」で岩に登り、松の木を掴んで立ち尽くす。

 俊寛の行動が、正義感や功名心でなく、若い成経・千鳥夫妻への情愛や、愛妻を亡くした絶望で決まっていくのがとてもおもしろい。江戸時代の人々にとっては、そのほうがリアルで共感を寄せやすかったのだろう。

・『伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)・八百屋内の段/火の見櫓の段』

 この作品は、たとえば甲斐荘楠音が絵に描いていたり、おおむかし(1980年代)薬師丸ひろ子が人形振りでお七を演じるCMがあったり、それなりに有名だと思うのだが、私は一度も上演を見たことがなかった。今回は、どうしてもこの演目が見たくて第3部を選んだ。

 しかしこれも西鶴の『好色五人女』とはずいぶん異なる味付けになっていた。お七は吉祥院の小姓・吉三郎と恋仲だったが、吉三郎の主人・左門之助は殿から預かった「天国(あまくに)之剣」を紛失してしまい、明日の明け方には主従とも切腹を決めていた。お七は借金のかたに親に定められた嫁ぎ先・武兵衛が天国之剣を持っていることを知り、これを盗み出す。心は急くが、すでに町々の木戸は鎖されていた。そこでお七は火の見櫓に登って偽りの鐘を打ち、木戸を開けさせて、吉三郎のもとへ急ぐ。

 偽りの鐘を打てば火炙りになることは承知の上、とお七の一途な心情が描写されているが、「恋人に会いたくて放火を犯してしまう」という、善悪を突き抜けた恋の強烈さはなくなって、恋人とその主君を救う貞女ものになってしまっている。え~舞台正面から這うように櫓に登るお七の振り付け(櫓の裏側から人形を遣う)はとても面白いのに、通俗道徳的な物語はちょっと残念だなあ、と思った。

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浅はかさといじらしさ/文楽・冥途の飛脚

2023-11-27 21:49:01 | 行ったもの2(講演・公演)

国立文楽劇場 令和5年11月文楽公演 第3部(2023年11月8日、17:45~)

・近松門左衛門三〇〇回忌『冥途の飛脚(めいどのひきゃく)・淡路町の段/封印切の段/道行相合かご』

 今秋の大阪公演は行かれないかな、と思っていたのだが、直前に調整をつけて、見に行くことにした。直前でも席が余っていたので心配したが、まあまあ後ろのほうまで埋まっていたように思う。近松門左衛門(1653-1725)三〇〇回忌の今年、春に『曽根崎心中』、秋に『冥途の飛脚』を見ることができて嬉しい。

 私は、学生時代に『曽根崎心中』で文楽の面白さを知ったが、年齢を重ねるにつれ、一番好きなのは『冥途の飛脚』になってきた。忠兵衛は、救いようもなく浅はかなのに、なぜあんなにいじらしいのだろう。忠兵衛を囲む人々は、みな道理をわきまえた大人である。息子の嘘に騙される母親も、忠兵衛の行く末を案じて遊女たちに言いつけに来る八右衛門も、自由のない身の不幸を嘆きつつ、じっと耐える梅川も。けれども、その予定調和の世界を踏み破って、梅川をさらって破滅に突き進んでいくのが忠兵衛である。

 人形は忠兵衛を勘十郎さん。私は2021年2月にも勘十郎さんの忠兵衛を見ていて「封印切の場面では、切るぞ切るぞという気構えが外に現われ過ぎな感じもする」と感想を書いているが、今回は全くそんな雰囲気はなかった。近年の勘十郎さんは、どんな配役でも、すっかり気配を消してしまうようになられた。ちなみに私は、2017年2月に玉男さんでも見ていて、玉男さんの忠兵衛、また見せてくれないかな、と思っている。

 本公演のプログラム冊子「技芸員にきく」は、吉田玉男さんへのインタビューで、聞き手の坂東亜矢子さんが「近年ますます、初代玉男師匠に似てこられたように感じます」と話を向けている。玉男さんが「これから、師匠が遣われた役はもちろん、なさっていない役にも新たに挑戦したいと思っています」と応じていらっしゃるのが興味深い。初代玉男師匠が遣っていない役って、何があるのだろう。

 床は、淡路町が安定の織太夫と燕三。織太夫さんの語りを聞いていると、あまりにも気持ちよくて、自分も声を出したくなってしまう。封印切が千歳太夫と富助。床の脇に控えていた若手の太夫さんは誰だっけな? むかし千歳太夫さんが床の脇に控えていたのを覚えているので、世代が一回りしたことを感じて、しみじみしてしまった。

 国立文楽劇場、飲食について検索すると「劇場内にレストラン、またお弁当の販売は有りません」という古い記事が上がってきてしまうが、お弁当の販売は復活していた。次回は劇場でいただこう。

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