昨年のゴールデンウィークだったか、秋の行楽シーズン前だったか、たまたま新宿の書店で本書を見た。2004年刊行だから、けっこう古い本だが、私は知らなかった。そのときは、いったん買い控えたが、ずっと気になっていて、とうとう買いに行ってしまった。
著者のタモリさんはあとがきに「ほとんど誰も興味を持たない『坂道』の連載(※雑誌「TOKYO★1週間」に1年半近く連載)という快挙を成し遂げ、あまつさえ単行本にまでするという暴挙」に出た、講談社の関係者に感謝を捧げている。私が購入したのは、2009年の第7刷だから、その「暴挙」を歓迎し、読み継いでいる読者が一定数はいることになる。
内容はタイトルのとおり。「坂道」をこよなく愛する著者が、東京中心部の9区から37の坂を紹介している(あわせて周辺の小さな坂もコラムで紹介)。港区、文京区、新宿区など、東京都心部が多いのは、著者の考える「よい坂」の条件に「まわりに江戸の風情がある」が挙げられていることと、東京東部の江戸川区、江東区などは、低湿地帯で坂が少なく、東京西部は、逆に丘陵地帯のため、景観が茫漠とし過ぎて風情のある坂が少ないのだと思う。両者の複雑な交差点が都心部になるわけだ。
文章に添えられた写真がどれもいい。ほんとにタモリさん撮影なの? 美人を美人として捉えるカメラマンの技量があるように、美「坂」の魅力を最大限に引き出したベスト・ショット揃いである。だいたいは人影のない、無人の風景が選ばれているが、ずいぶん待って撮影しているんだろうなあ。影が長く伸びた(朝か夕方?の)写真が多いように思う。「見下ろし」「見上げ」のどちらの構図を選ぶかは、坂によって違うんだろうな。
私はタモリさんをテレビで何十年も見てきたが、文章を読んだのは初めてのことだ。まえがきのエッセイは、おもしろかった。子ども時代、幼稚園に行きたくないと主張して、親に認められはしたものの、日中、遊び相手がいないので、家の前の坂道を上り下りする人たちを眺めてくらしたという。なんだか中世のお伽草子に出てくる少年みたいだ。
私は東京下町の生まれなので、子ども時代はほとんど「坂道」を知らなかった。中学校から都心部へ電車通学するようになり、初めて「坂道」が記憶の中にすべりこんでくる。著者は、あるとき酔った勢いで、人間の思考、思想は「傾斜の思想と平地の思想に大別することができる」と屁理屈をこねたエピソードを告白しているが、あながち、間違いではないような気もする。
かたい話はさておいて、分かりやすい地図、ルートガイド(距離と所要時間)、飲食店などのお立ち寄りSPOT情報もついて、東京散歩のお供にはお手頃。ただし2004年刊行だから、もはや変わってしまった風景もあることは覚悟の上で。