金曜日に京都で仕事があったので、土日は関西に居続けて遊んできた。ちょうど大阪で文楽が掛かっていたので、第3部だけ見てきた。夏休み公演の第3部は、だいたい2時間くらいで終わる構成で、忙しい現代人には合っていると思う。初めて文楽を見ようとする人にもおすすめ。今年は夏狂言の名作『夏祭浪花鑑』から「住吉鳥居前の段/釣船三婦内の段/長町裏の段」。
私はこの名作狂言の名前だけは知っていたが、長いこと見たことがなくて、比較的最近、ようやく見た。と思ったが、過去のブログを調べたら、2012年の9月公演だから、全然「最近」じゃない。しかし、かれこれ30年も文楽を見ている私の感覚では、やっぱり「最近」なのである。
「住吉鳥居前の段」は、喧嘩の罪で入牢していた魚売りの団七が赦免(堺から所払い)となって戻ってくる。それを迎えに来た老侠客の釣船の三婦(つりぶねのさぶ)、団七の妻のお梶、偶然通りかかった玉島磯之丞、傾城琴浦、一寸(いっすん)徳兵衛など、登場人物たちの込み入った人間関係が示される。次の「釣船三婦内の段」までの間に、磯之丞は道具屋の娘に見初められ、それを妬んだ番頭一味を殺してしまい、三婦の機転で死んだ番頭に全ての責任をなすりつけたものの、大坂を立ち退かなければならない苦しい立場にある。というのを、プログラムを読んで頭に入れておかないと展開がよく分からないが、まあダイジェスト上演なので仕方ない。ちなみに2012年の公演では「内本町道具屋の段」が上演されたが、逆に分かりにくかったので、今回の上演スタイルのほうがいいかも、と思った。
今回、あまり配役を確認していなかったので、当日、劇場で買ったプログラムを見て「釣船三婦内の段」のお辰を遣うのが蓑助さんであることを知って驚いた。なんだか得をした気分。鉄火肌のお辰は、蓑助さん得意の雰囲気でないように思ったが、2012年の公演も蓑助さんだった。団七は勘十郎さん。早い動き、派手な立ち回りには華があったが、もう少しぞっとするような「闇」を感じさせてほしかったと思う。
太夫は「住吉鳥居前の段」の口を語った咲寿さんがすごく巧くなっていることに驚いた。声質の変化なのかなあ。以前は声が若すぎて聞きにくかったのだが、老侠客の三婦の語りにも全く違和感がなかった。「長町裏の段」は団七を咲甫、悪人・義平次を津駒、三味線は鶴澤寛治。咲甫さんと寛治さんは、団七の浴衣に合わせた茶の格子柄の肩衣でおしゃれだった。咲甫さんの深みと安定感のある声に対して、津駒さんは声を聞いた瞬間に、去年の『伊勢音頭恋寝刃』の嫌みったらしい「お紺さ~ん」がよみがえってきた。男性にしては高めの弱々しく不安定な声が、小悪党の性格付けに絶妙に合う。あんまり憎々しいので、団七、早く斬ってしまえ、という気持ちになってくる。
背景を通り過ぎていく赤い山車提灯とか雪崩れ込むだんじりとか、クライマックスの演出は、だいたい覚えていたとおりだった。しかし団七が義平次にとどめを刺そうと追い回すシーンはあんなに長かったかなあ。虫の息の義平次(あるいはもう死んでいるのか?)が、何度か幽霊のように伸びあがる演出は面白かった。そして、勘十郎さんの団七は、脱兎のごとく逃げ去っていくのだけれど、私は、団七の覚悟の現れとして、ゆっくり立ち去るほうが味わい深いと思う。
なお、クライマックスの夏祭りは高津(こうづ)神社のお祭りである。関東育ちの私も、ようやく少し大阪の地理が分かって、現在の国立文楽劇場からさほど遠くない高津宮のことだと理解できた。いつか行ってみたい。