〇町田市立国際版画美術館 企画展『出来事との距離-描かれたニュース・戦争・日常』(2023年6月3日~7月17日)
最近、「攻めた」企画の続く同館のコレクション展。ニュースや戦争を描いた作品を通して、過去・現在のアーティストが「出来事との距離」にいかに向き合ってきたかを探る。展示は5つのセクションから成り、それぞれ取扱う時代や場所は大きく異なるが、全体として「出来事との距離」というテーマに収束していくような構成である。
はじめは「ゴヤが描いた戦争」で、スペインの画家ゴヤ(1746-1828)が、ナポレオンのフランス軍による侵攻とスペイン民衆の抵抗を題材に制作した版画集『戦争の惨禍』から20件が展示されている。先日、岡田温司『反戦と西洋美術』を読んで、まとめて見たいと思っていたので、よい機会だった。暴力を振るう者と振るわれる者は固定でない(抵抗者も野獣になる)という認識で描かれた人々の姿は、どうしようもなく暗い深淵を覗き込むような感じがする。
続く「戦地との距離」は、アジア・太平洋戦争を体験した日本の画家たちが生み出した作品群。浜田知明(1917-2018)の名前と、衝撃的な作品『少年兵哀歌(風景)』はどこかで見た記憶があったが、詳細は思い出せなかった。羽根をむしられた鶏みたいに、ほとんど「人間」の原型を留めない状態で、大地に打ち捨てられた女性の遺体を描いている。
日本版画協会が企画し頒布した『新日本百景』は、恩地孝四郎や前川千帆による、懐かしい日本の風景版画集で、ちょっと一息つく。大阪道頓堀や阪神パークに混じって、台北東門や朝鮮金剛山が入っているのが時代性である。「大川端(東京)」の1枚は、遠目に見てすぐ谷中安規(風船画伯!)の作品だと分かった。畦地梅太郎『満州』は、青い空、黄色い土、濃いピンク(紅)色の壁など、大胆な色づかいが大陸ふうである。
「浮世絵報道と『報道』」は月岡芳年の『魁題百撰相』から。彰義隊と官軍の戦いを実際に取材して描いた作品である。南北朝時代から江戸初期の歴史上の人物に託して描いているのだが、ときどき、妙に近代的な紛争の人物が混じる。赤熊(しゃぐま)を被っていたり。浮世絵は日清・日露戦争の「報道」でも活躍する。小林清親の『我艦隊於黄海清艦撃沈之図』は、巨大な戦艦が斜めになって波の下に姿を消しつつあるところだ。弁髪姿の清兵たちが、わらわらと海面下に沈んでいく様子も描かれている。浅井忠の『従征画稿』は、戦闘の合間ののんびりした日常生活も描き留めている。
「ニュースに向き合うアイロニー」は近現代作家の作品を紹介。アメリカの歴代大統領のポートレート写真に自分の写真を重ねた郭徳俊の作品、おもしろかった。さらに「若手アーティストの作品から」と題した最後のセクションでは、松元悠に惹かれた。気になる話題や事件を見つけると、その現場に赴き、想像を交えて、その事件にまつわる人物を演じたり、リトグラフ作品を制作したりする。実は本展のチラシ、ポスターに使われているのも「蛇口泥棒」事件から発想した松元の作品である。悲惨、滑稽、懐旧など、いろいろな感情に揺さぶられる展覧会だった。