時々、自分の寝言で目が覚める。
こういうこと、誰にでもよくあるのだろうか。笑。
久しぶりのぎっくり腰でよく眠れなかった明け方、夢のなかで怖い目にあって「おかあさん!おかあさんおかあさん!」
と懸命に声を振り絞ってお母さんを呼んでいた。
三度目の「おかあさん!」の自分の声で目覚めた。
ぎっくり腰の痛みのストレスのせいなのだろうけれど、あまりにもストレートすぎる。
わたしはなんて単純なのだろう。
そして、自分の中のコドモさ加減に呆れてしまう。
幾つになろうと母の存在は大きい。
この世にもういなくても
わたしの中にちゃんといてくれる。
それはわたしが望んでいるからか。
わたしってニンゲンは、ジブンも母親のくせにいつまでも母が恋しいコドモだ。
この先ジブンがいなくなった時、子どもたちの中にわたしもちゃんと居てやれるのだろうか。
いや、母親を思い出さないくらいに強いこころを持つ大人であってくれた方がいい。
母の旅立ちは急なものだったから、わたしはきっとずっと
置いてけぼりのコドモの気持ちのままなのかもしれないなぁ。
母のすきだったユキヤナギ。
もうちらほら咲いています。