飼養していたラブラドル犬のアトムが亡くなり2年半、オージが亡くなり1年になりました。
最後に残ったウランの介護が始まってここでちょうど1年になりました。
3頭はそれぞれ個性があり、皆飼い主の指示をよく聞いて従順なラブラドル犬達でした。
特に夭折したオージは、今思うと私にとってはいわゆるセラピードッグだったのかもしれません。
私が現役の頃、家族がそれぞれ仕事や学校で帰宅して食事に揃うのは早くて毎晩21時を回っていました。
帰宅して、家族4人分の夕餉の支度をしながら家族4人分の弁当を作り、夕食の残りのおかずを肴に一人で純米酒をいただいていると、必ずオージが食卓の隣の席に座っていつもじっとこちらを見ていました。
私が呑みながら、オージに今日あった出来事や愚痴を話していると、必ず右手をお手のように出してきました。
ラブラドル犬ですから、人間の使う椅子に座ると目の位置が人間と同じ位置になります。
ちょうどそのころのスナップが現在の私のプロフィールになっています。
ひとしきり飼い主の愚痴が終わると椅子から降りて、アトムとウランのところに戻りました。
たぶん犬同士の会話では、「人間てたいへんなんだな~!」ぐらいの会話だったのでしょうか。
ようやく家事が終わり、ベッドに入ろうとすると既にオージは私の枕に頭を載せて寝ていました。
人によっては人畜共通感染症の問題もあり、危険だという御仁もいると思いますが、訳あって生後3週から来ていたのでそれがもう習慣になっていました。
私が夜中に目が覚めてしまい、夜明けまでもんもんと寝られないときには、眠そうなオージを起こしてまた話をきいてもらいました。
彼が生きていた頃にはアニマルセラピーとかセラピードッグなんて語彙は気にしていなかったのですが、今思うとそんな役目をオージがしていたのだと今になってありがたく思いました。
最後に残ったウランの介護が始まってここでちょうど1年になりました。
3頭はそれぞれ個性があり、皆飼い主の指示をよく聞いて従順なラブラドル犬達でした。
特に夭折したオージは、今思うと私にとってはいわゆるセラピードッグだったのかもしれません。
私が現役の頃、家族がそれぞれ仕事や学校で帰宅して食事に揃うのは早くて毎晩21時を回っていました。
帰宅して、家族4人分の夕餉の支度をしながら家族4人分の弁当を作り、夕食の残りのおかずを肴に一人で純米酒をいただいていると、必ずオージが食卓の隣の席に座っていつもじっとこちらを見ていました。
私が呑みながら、オージに今日あった出来事や愚痴を話していると、必ず右手をお手のように出してきました。
ラブラドル犬ですから、人間の使う椅子に座ると目の位置が人間と同じ位置になります。
ちょうどそのころのスナップが現在の私のプロフィールになっています。
ひとしきり飼い主の愚痴が終わると椅子から降りて、アトムとウランのところに戻りました。
たぶん犬同士の会話では、「人間てたいへんなんだな~!」ぐらいの会話だったのでしょうか。
ようやく家事が終わり、ベッドに入ろうとすると既にオージは私の枕に頭を載せて寝ていました。
人によっては人畜共通感染症の問題もあり、危険だという御仁もいると思いますが、訳あって生後3週から来ていたのでそれがもう習慣になっていました。
私が夜中に目が覚めてしまい、夜明けまでもんもんと寝られないときには、眠そうなオージを起こしてまた話をきいてもらいました。
彼が生きていた頃にはアニマルセラピーとかセラピードッグなんて語彙は気にしていなかったのですが、今思うとそんな役目をオージがしていたのだと今になってありがたく思いました。