先日のリニアアンプの物置と母屋の移動をしていて、物置の本棚を整理しなくてはと思い、残してあるCQ誌を整理していました。
一番古いのは1960年11月号のCQ誌でした、そのあとは10年飛んで、1970年1月号のCQ誌でした。
前者の定価を見ると、私が小学生の時100円で、後者は高校1年生の時、定価は270円でした!
その当時の記事を見ると、昭和で表現すると昭和35年、所謂60年安保改定の年でした。
1970年は昭和45年、これも又所謂70年安保の年で大阪万博の年でした。
いずれの時代も、日本は戦後からまだ十数年しか経っていませんから、高度経済成長の真っ盛りでした。
たぶん、父親もそんな息子に期待したのでしょうか、小学生の身分にしてはえらく高級な雑誌を買ってくれました。
それから少しして、今で言う通信教育の走りでしょうか、当時の電話級アマチュア無線技士の通信教育の手続きをしてくれました。
確か、当時父親の月給が1万円も無かった時代に、3,000円ほどしたと思います。
もう、あれから60年もの時間が流れてしまいました。
アマチュア無線の趣味ですが、当時自宅にあった5球スーパーのラジオの選局部分にMWとSWの文字があり、SWのスイッチに切り替えると、知らない国の言葉が聞こえてくるのが不思議でした。
SWL/BCLの事始めでした・・・
それから半世紀以上の時間が流れてしまいました。
そういえば、今日はCQ誌の発売日でした。
予約購読している街の本屋さんに自転車で取りに行ってきましょう!
一番古いのは1960年11月号のCQ誌でした、そのあとは10年飛んで、1970年1月号のCQ誌でした。
前者の定価を見ると、私が小学生の時100円で、後者は高校1年生の時、定価は270円でした!
その当時の記事を見ると、昭和で表現すると昭和35年、所謂60年安保改定の年でした。
1970年は昭和45年、これも又所謂70年安保の年で大阪万博の年でした。
いずれの時代も、日本は戦後からまだ十数年しか経っていませんから、高度経済成長の真っ盛りでした。
たぶん、父親もそんな息子に期待したのでしょうか、小学生の身分にしてはえらく高級な雑誌を買ってくれました。
それから少しして、今で言う通信教育の走りでしょうか、当時の電話級アマチュア無線技士の通信教育の手続きをしてくれました。
確か、当時父親の月給が1万円も無かった時代に、3,000円ほどしたと思います。
もう、あれから60年もの時間が流れてしまいました。
アマチュア無線の趣味ですが、当時自宅にあった5球スーパーのラジオの選局部分にMWとSWの文字があり、SWのスイッチに切り替えると、知らない国の言葉が聞こえてくるのが不思議でした。
SWL/BCLの事始めでした・・・
それから半世紀以上の時間が流れてしまいました。
そういえば、今日はCQ誌の発売日でした。
予約購読している街の本屋さんに自転車で取りに行ってきましょう!