思うことを。
少し前向きにblogを書きました。ありがたいことにコメントをもらいました。内容的には間違いなく私の教え子からだと思いますが。卒業して何年も経過しています。それでもこうやって気にかけてもらえるというのは本当にありがたいなと。苦楽を共にしてきて時間を共有してきた。だからこそ私の感覚ん感じ取ってもらえるのだと思います。
こういう感覚は全ての教え子に共通するものではないと思います。それなりに関わりがあり、本質的な部分で向き合ってきたからこそそういう感覚があるのかなと。このblogを読んで面白いと思うかどうかは全く分かりません。10年近く前に指導していた内容とは随分違います。技術的なことを書いて面白いかどうか。動きに関してはごく一部のマニアックな人にしか受けないと思っています。多分9割くらいの人は書かれている内容が分からないのではないか。
そう感じるのはこのblogを読んでいるのが誰なのか全く分からないからです。他のblogであればコメントが頻繁に書き込まれることがあるようです。gooのblogはマイナーだと思っています。それを継続的に読み続けるひとは少ないのではないか。面白い内容ではないですし。自分を飾らずに書いているので私という人間が分かっていなければこのblogの浮き沈みが分からないと思います。教え子や私の根本的な部分を理解してくれている人は何となく感じ取ってくれているのかもしれませんが。
生き方自体が器用ではないと思います。長いものに巻かれるというのができない。それでも自分が進みたい方向を見ています。
前のblogにコメントが書き込まれました。いやいや、持ち上げ過ぎだろうという感覚がありますが。この子達にとって私の存在が何かしら意味があるのかどうか。何かを伝えることができているのかどうか。性格的なものを把握してくれているのかもしれません。そういう生き方しかできないというのはあります。
コメントに「心配していました」と書いてもらいました。申し訳ない限りです。教え子に心配されるというのはなかなか情けない話です。この子達の前では「強くありたい」と思います。実際できていませんが。
コメントを書いてくれたであろう娘達の時代は本当に厳しくやっていました。練習量もかなり多かった。疲れ果てて下を向いていたら「下を向いた時点で負け」という話もしていました。他の人と競争をしている。チーム内での競争も激しかった時期です。チーム内で「疲れている」とか「もう走れない」という姿を見せればその時点で「勝てるな」と思われていた。相手に弱いところを見せるなという話をしていました。競争です。無理にでも前を向いて「自分は大丈夫だ」とアピールするコトを求めていました。今のスタンスとは全くといっていいほど違うかもしれません。
あの頃の選手は「練習中の先生は本当に怖かった」と言います。今では随分違いますが。と、自分では思っていますが。無礼なことや常識的ではないことに対しては今でもかなり厳しいと思います。それでも10年前と比べると随分違います。練習中に涙を流している選手がいたら「泣いて強くなるのか?泣くエネルギーがあったらどうすれば強くなるのかを考えるべきではないか」という話をして繰り返ししていました。冷たいと思われるかもしれませんが。本当にやるべきことをしっかりとやっていかなければいけない。そういう想いがありました。
嫌われているかもしれないなという感覚はずっとありました。それでも前任校の選手はかなり慕ってくれていました。この部分は何かが違うのだと思います。今はよく分かりません。慕われているという感覚は全くありません。選手との年齢差が大きくなったからなのかもしれませんが。別にこの子達に好かれるために指導をしているわけではない。それは以前も今も全く変わりません。そんなことを求めているつもりはないので。
まー1人の人間ですから「流石にないだろう」と思うことに関しては今でもカチンとくることはあります。そういう部分では今の方が「ありがとうございます」という言葉を聞く機会は圧倒的に減った気はします。感覚的なものですが。そこまでしてこちらが何かをやる必要があるのかどうかを真剣に考えさせられる出来事も何度もあります。
それでもこのマイナーなblogにコメントを書いてくれる人がいるというのはありがたいなと思います。それだけで私的には救われます。コメントとして書き込まれなくても個人的にLINEをくれる人もいました。少なからず気にかけてもらえていたのかもしれないですね。
多くの人たちにどう思われているのかは分かりません。しかし、コメントを見ると私が弱っていると必要ない心配をかけてしまうのかなという気はしています。教え子の前ではそれなりに強くありたいと思います。そうでなければ自分自身を保つことも難しくなるでしょうから。
コメントありがたく思います。なかなかコメントは書き込まれませんが、そうやって見守ってもらえていることが私自身のエネルギーになるのかもしれません。下を向いて情けない姿をしていると思われるのはさすがに情けない。強くなければいけないなと思います。そうやって自分を奮い立たせながらやっていく。演じる部分も必要なのかもしないですね。
まとまりないですが。感謝しています。本当に。本当に。想いを言葉にして残しておきます。