照る日曇る日 第904回
著者が鎌倉山で斃れたのが2014年の春のことで、もう鬼籍に入って2年を過ぎたわけだが、懐かしい人柄を偲んでまだこういう絵入り随筆が登場するのはファンとしては嬉しいことだ。
これは「チルチンびと」という雑誌の連載を1冊の本にまとめたものだが、達意の文章半分、洒落たイラスト&写真半分くらいの割合で構成された大判グラフみたいになっていて、読んだり見たりがとても楽しい。
安西水丸という人は子供の頃から絵が大好きで、それが長じてからも仕事になったという理想的な生き方ができたわけで、いまどきこういう幸福な人生を過ごせる人は滅多にいないだろう。
彼はヘタウマの元祖のように持て囃されたが、いまその簡素で明かるく軽やかなイラストレーションの傍らに添えられた絵と同じように簡潔で明快な文章を読んでいると、まるでヘミングウエイが日本語で綴ったエッセイのような気がしてくるのは、ちょっと不思議だ。
センテンスは短いのだが、書き手の眼は対象をまっすぐに見つめていて、その本質をシンプルな言葉ではっきりと言いあらわしている。こういう達意の名文を書ける人は少ない。
安西水丸は小堀遠州の庭園や龍安寺の石庭で哲学する人が苦手だ。そんな庭よりもドクダミやツユクサ、ヒルガオ、ススキ、アキノエコログサ、ヘクソカズラが勝手に生えている草茫々の庭が好きだと書いているが、まったく同感である。
なお表題の「a day in the life」はレノンとマカートニーの共作であるが、著者はこの曲を1969年1月のある日の午後3時くらいにLAの友人の部屋でウエス・モンゴメリーのギターで初めて聴いたそうだ。私と違って実に記憶のよい人だったのである。

文庫持つ右の手首の血管がどきりどきりと動く不気味さ 蝶人