照る日曇る日第981回
戦さに勝った者よりも、敗れた者の思索のほうがより深刻深甚であり思想的な値打ちがある?!という仮説に基づいて、著者が鋭意組み上げた敗戦的論考の数々である。
著者お得意のゴジラ論とか、多田道太郎、山口昌男論、宮崎駿と手塚治論、吉本隆明と鶴見俊輔論、最後に置かれた熱のこもった大江健三郎論など、いずれも著者のいつもながらの篤実な思考の歩みをうかがい知ることはできたが、全編の主題の明確さを、全部で9つの断章が統合的に変奏していたかと問えば、答えは否定的にならざるをえない。
私も、私が生まれ育った国も敗者なのだから、そういう格別な場所において紡がれる思藻についてもっと親近感を懐いて近接できるかと思っていたのだが、読後感としては散漫そのものであり、大江健三郎についての著者独自の考察にも、まったくついていくことができなかった。まことに残念である。
喨々と油蝉鳴く真昼かな 蝶人