あまでうす日記

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神奈川県近代美術館葉山館にて「没後90年 萬鐡五郎展」をみて

2017-08-16 11:41:45 | Weblog


蝶人物見遊山記 第253回

「よろずてつごろう」と呼ばれるこの絵描きのことは、緑の原っぱで鼻毛と腋毛をみせつけながら、妙にねじれたポーズで見る者を誘う赤衣の半裸女の油絵で強烈な印象を与えられていました。

そんな「どすこい絵描き」かと思っていたら、そういうマチス的、ゴッホ的な作品もあるけれど、セザンヌ的、ルノワール的なもの、後期印象派が変容しつつ野獣主義やキュビズムに包摂されていく過程をいいあらわす中間的折衷的な作品、というより印象派と表現主義を行きつ戻りつしている絵もたくさんあって、おやまあと思わされました。

総出点数は350点を優に超えていますが、目に入るすべての作品が私には新しい!
およそさまざまな姿かたちにかき乱された「自画像」だけでもいったい何点並んでいることか!

一等驚いたのは掛け軸に描かれた南画です。南宋から渡来して文人の趣味のすさびとなった墨絵という奴は(富岡鉄斎のも田野村竹田のも夏目漱石のも私は大嫌いですが)、萬鐡五郎選手のモダン南画は、和紙の上に山谷が洋画でスケッチされているというミスマッチの遊びがあって、見るだに楽しい。新世界絵画の新境地です。

上野の美術学校から郷里の岩手県土沢(花巻市)に帰省してからの茶黒いルオー風の風景画やセザンヌ風の静物画は彼の東北人としての気骨を鈍重に伝えて寄越しますが、こういう重厚さや先ほどの南画に見られた軽みが絶妙にバランスされたのが、彼の早すぎた晩年の「茅ヶ崎の風景画」シリーズで、これまでの実験と模索のことごとくが凝縮された感のある悠久の桃源郷の世界こそ、画家、萬鐡五郎の真骨頂といえましょう。

それにしても、天が彼にあと数年の命を与えてくれたなら、生命力漲る「水着姿」や「宝珠を持つ人」(未完の遺作)を引き継ぐ素晴らしい作品を遺してくれたに違いありません。
41歳で亡くなった作家の死の直接の原因は、結核と伝えられていますが、むしろ長女の夭折の衝撃によるものではないでしょうか。痛ましいことです。

没後90年を記念して開催されたこの展覧会こそは、色彩と形象の実験家であり、稀代のモダニストであり、近現代芸術の野蛮人、絵描きの快男児であった作者の創造の秘密を検索できる無二の機会でありましょう。

なお本展は、来る9月3日まで好評開催ちう。

   長女死しまもなく病で斃れたり絵描きの野蛮人萬鐡五郎 蝶人
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