あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

「夢は第2の人生である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」 第78回 

2019-08-11 10:43:43 | Weblog


西暦2019年卯月蝶人酔生夢死幾百夜


うちの会社は、給料は安いが、仕事はしてもしなくても構わないし、会議はないし、いつ行って、いつ帰っても構わないので、私らは、いつまでも、ここにいるつもりだ。4/1

ルック社+あるふぁぱんち社+○×○×社合同展示会に出かけたら、3社の案内嬢が親切にエスコートしてくれた。3人とも同じような顔で、長い髪を肩まで垂らして、立派な体躯をしている。そこで私らは、一緒にランチをしてから、休憩室に入って寝た。4/2

研究室の主任の部屋に置いてあった手塚治の漫画を、無断で持ち出して、ソファーに寝転がって読んでいたら、突然主任から呼び出しがあって、今すぐ大講堂に持ってきてくれというので、行くと彼は新入生のオリエンにそれを使いたいというのだった。4/3

昨夜京都東映の映画の大道具セットを建前するときに、背景の和紙が破れていたのを、面倒くさいから、そのままにしていたら、朝一番に現場監督から呼び出されて、アルバイトを首になってしまった。4/4

生物の試験は、どの教室で行われるのか分からないので、5階のフロアでうろうろしていると、K君と出くわしたので尋ねると、自分も生物の試験を受けるので教室を探している、というので、エレベーターで1階に降りて事務所で聞くことにした。4/5

「バカたれ」と罵られ、ドタマに来た私は、思わず、カッとなって、懐から小刀を取り出し、彼奴の胸倉に、深々と柄まで貫き通した。4/6

私は、既に功成り名を遂げた画家なのだが、個展を開くたびに、妙な男がやってきて、「これも、これも、全部オラッチの作品の模倣だ!けしからん、どうしてくれる!」と大騒ぎする。私も画廊の関係者も困り果てて、今回はガードマンの派遣を依頼した。4/7

そのガードマンは身の丈2mを超え、雲を衝くような巨人だったが、誰かが彼に武者ぶり付くと、その大男の物凄い重量の頭が超高速で落下し、不審者の脳味噌をドシン、バリバリと打ち砕くのだった。4/7

最後の4つ目の岐阜提灯が、抽選でヒロセさんに当たると、彼は、それを会社のロビーの大天井からぶら下げたので、出入りする人々が、みんな見上げて、「おお奇麗、奇麗!」と歓声を上げたのだった。4/8

「ヨコタカアマゾンフェア」の打ち合わせに、わが社のデザイナーのヤマガタ君と一緒にやってきたのだが、いつまでたっても話がふぁっちょんに辿りつかないので、困っていたが、タイトルをよくめると「ヨコタカアマゾン河フェア」だったので、やっと腑に落ちた。4/9

スペインのレストランで、耕君はケタケタ笑いながら、なんでもかんでもぺたぺたと喰らいついていたが、私がスギヤマ君と商談している間に、食い過ぎたのか、ポッカリ空中に浮かんでしまったので、急いで飛びついて地上に取り込んだ。4/10

コウ君はとてもキーン博士が嫌いだったが、それは、彼がコウ君をダッコしながら、おちんちんをさりげなくさわったりするからで、その都度「お父さん、助けて!と叫んでいたが、博士号を取るために渋々その門下生になった。4/11

どういう訳か世界各地で世界最大の同窓会が開催され、無数の老若男女が普段サッカーやロック・コンサートが開催される各地の会場に詰めかけた。私も久しぶりに会社や学校の古い友人との再会を夢見て最寄りのドームに足を運んだのだが、他の人と同様誰にも会えなかった。

仕方なく私は群衆から遠く離れて砂漠と谷間の入り混じった不毛の地に迷い込んでしまったのだが、そこで見たのは人類の最期の悲惨な光景だった。
男も女も。老いも若きも、人々は無酸素状態の中で大口とか零把とか永久とか2文字の熟語を次々に口にくわえて呼吸できるか試すのだが、なかなかぴたりと適合できないうちに窒息して死んでいった。

最後に残された私は、アジャンターのような広大な洞窟の前で、ナガマルさんと出会った。彼は、「さあどうぞ」と、私を洞窟の中の大広間に導いた。そこでは荘厳な宗教音楽が鳴り渡り、おおぜいの原始人たちが、異教の神への賛歌を口々に歌いながら、次々に死んでいった。4/12

イケダノブオは、やけくそになって、こんな歌を歌いだした。
「ほいさかちゃんこハリセンボン 5月10日は大売り出し 5月10日はヤットセーノセエ」4/12

私は、猛烈なスピードで、高速道路を暴走する、乗用車の跡をつけた。ようやく神所で止まったその車は、八百万神に、榊を供えている。4/13

ヤマハの株主総会に出席するために、高速船でやってきて、会社の裏口に横付けしようとしたら、杭がないので繋留できない。仕方なく、ヨットや大型ボートなどでやってきた大勢の株主たちと一緒に、そこで一日中ブカぶか浮いていた。4/14

死んだタケナカさんが、道端でミシンを売っているので「どうしたんですか、もうスーツは売らないんですか?」と聞くと「あんな婦人用の生地で作った紳士用の背広なんて、いったい誰が買うんだ。作った奴が自分で売ればいいんだ」といってアハハと笑った。4/14

昨日から、なぜか香港ドルの対日本円レートが、100倍に急上昇したので、世界中で大騒ぎしているようだが、私ら下々の者は、知ったことじゃない。4/15

私は、ふとしたことから知り合ったアルト歌手の女性から、コンサートの切符をもらったのだが、彼女が歌うアルバン・ベルクのアルテンベルク歌曲集を聴いているうちに、どんどん彼女に惹かれていくようになりました。4/15

和泉橋の上に橋上女がいた。私はその時、むかしアメリカで撮影したたくさんの写真を持っていた。すると橋上女は私を呼びとめて「その写真を見せておくれな」というた。

それで私が写真を渡すと彼女は物珍しそうに見つめていたが「ほらこの写真をじっと見ていてご覧な」というた。1968年、78年、88年、98年にNYのブルックリン橋を
私がおなじ場所、おなじ角度で撮った4枚のカラー写真だ。

橋上女が、橋の上で1968年の写真をかざすと、しばらくしてブルックリン橋はピンボケになって、しまいには姿も形も見えなくなってしまった。

「ほれこっちもご覧な」と橋上女が 橋の上で1978年、1988年、1998年の写真をかざすと、しばらくしてブルックリン橋はピンボケになってしまいには姿も形も見えなくなってしまった。

私は、橋上女から取り戻した4枚の写真を矯めつ眇めつ何度も何度も見つめたがそのどこにも ブルックリン橋は映っていない。同じようなどろりとした茶色の印画紙が掌から突き出た4枚のトランプのように並んでいるだけだ。

この時遅く、かの時早く、私は気が付いた。1968年と1978年と1988年と1998年に撮影された写真は、なぜか見つめられると粒子が荒れて、映像がとろけ出し、膨れ上がって土の色に戻ることを。

西暦の末尾に8が付く写真は、10年毎に見つめられると、ピンボケになってしまうのだ
それはあたかも、大きな栗の木を輪切りにした時、その年輪が10年ごとに膨れ上がっているようなものなのだ。

ユーレカ! ユーレカ! これぞ世紀の大発見ではないか!
手の舞い足の踏むところを知らなくなった私は、かの橋上女にその驚きを伝えようとしたが 彼女の姿はどこにもない。

橋上女、ことカサンドラは、いつのまにやら姿を消した
さらばさらば、謎の女 カサンドラよ!
お前の灰色に濁った両の眼は誰にも見えない真実を見ていた。
4/16

この会社では、社長が当節はやりの「選択と集中」なる経営手法が大嫌いで、本社などもサーカス小屋にして全国を移動し、いつもテキトーにのほほんとやっていたので、社員は喜んでいたが、売上と利益はさっぱりだった。4/17

うちのプロダクションでは、作品を製作者とは違う名前で外部に発表することがある。こないだも、後輩の名前でコンペに出た私の作品が、グランプリを獲得したが、数年前に私も、先輩の作品で同じ賞を取ったことがあった。4/18。

小腹が減ったので、香林坊のとある蕎麦屋に入って天蕎麦を食うたら、これが高くて不味い。それでもふやけた蕎麦を無理やり押し込んでいるうちに、そいつは喉の奥で膨れ上がり、私はとうとう息が出来なくなってしまった。4/19

この食堂で飯を食えるスペースは、たったの5名分しかないので、他の客は、立ったままで食べるか、5人のうちの誰かが終わるまで、待たなければならなかった。4/20

ロボットの私は、殺人ゲームに挑んでいる。1回戦ではあっという間に5人のロボットを叩きのめしたが、2回戦に入ると、「あんないい奴らを、なんで殺さなきゃらなないのだ」と思い始めて、しばし腕組みして考え込んでいる人間的なロボットの私であった。4/21

庭園のイメージを○から△に変えようと樹木の根元に「信実」を埋め込んでみたのだが、来年の春にカトウさんちのような見事な枝垂れ桜が咲くだろうか?4/22

S君とサテンに入ったのだが、ここはどうやら活動家、それも社青同解放派のアジトらしく、どこかで見たような顔の人々が黙ってコーヒーを飲んでいる。4/23

ちょと好きなんだけど、口もきいたことのないデザイナーの隣に席を取って、オーバーとマフラーをおいたまま飲み物を取りに行って、ムラクモさんたちとちょっと立ち話をしてから戻ったのだが、彼女はもちろん誰一人いなくなっていた。4/24

色んなメディアに取材してもらおうと思って、江戸時代の大名がお忍びで町なかを歩いているような格好をして歩いていたら、誰かに「あらもしかして千利休さん?」と声をかけられましてん。4/25

2か所に本拠を置く○○家と2箇所に本拠を置く××家は、同族ながら不倶戴天の敵として、長年にわたって血を血で洗う闘争を続けてきた。しかしてこのたび両家は、白黒の決着をつけるべく、大長谷戸で最終決戦の火蓋を切ったのだ。4/26

あたしは刑事。激務に疲れ果てて温泉に入っているうちについ眠り込んでしまい、溺れる寸前に謎の男が私を軽々と抱き上げて部屋まで運んでくれた。嬉しくなったあたしは全身が隈なく透ける黒のレースを身につけて、ホテルのロビーを踊りまくったの。4/27

丘を下って傘を売りに出かけた。傘というても鉄骨だけだが。すると妙齢の婦人が「これはいくらですか?」と尋ねたので「1500円」と答えたら「1000円になりませんか?」と値切ったので「いや1500円です」と頑張って買わせたが、1000円にしても良かったな。4/28

松葉杖のA氏の案内で松竹の映画館に入ると、人海戦術で大掃除していた。間もなく試写が始まったが、もうすぐ国立劇場の文楽公演を見るために妻がここにやってくるはずなので、私はおちおち映画なんか楽しめないでいる。4/28

その家庭料理屋では、かつての「青砥」の100倍以上の小粋な日本庭園を有していたので、世界中から鎌倉にやって来た数多くの観光客がここを訪れ、滑川の流れを敷地に取り込んだ山紫水明の景観を、思う存分楽しんでいるようだった。4/29

私は、入ってくるお金を、右から左に、湯水のように使った。いつか誰かが、「友人と資産は、君の最大の味方だ」というていたような気がしたので。4/30

         猛き者ますます武張る葉月哉 蝶人

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