こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

コロとナイトと由比ケ浜

2010年11月18日 | 犬との暮らし

マルチーズのコロ(我が家の次男)

とフラットコーテッドレトリバーのナイト(我が家の三男)

と由比ケ浜まで散歩した時の写真。
次男と三男、並べて写真を撮ろうと試みたのだけど、不首尾に終わり、それぞれ別に。

コロはまだナイトになれてくれません

でも、帰りに市場の前で妻の買い物を待っている間、我慢して並んで座ってくれました。


鈍感な社会

2010年11月18日 | 通勤・交通・旅行
朝、駅を降りて病院にたどり着くまでの35分。
住宅地の中の気分の良いところを選んで歩くのだが、それでも1度は車に轢かれそうになり、2度は道を塞がれる。
自転車とぶつかりそうになったり、タバコの副流煙に苦しめられるのは数知れない。

商業施設での駐車の時に、後ろの車が余裕を持って待ってくれなかった。と、嘆く投書がちょっと前、あったのを読んだ。

モラルの欠落した、他者に対して鈍感な社会。

いつから、こんな社会になったのだろう。競争社会がそうさせているのか。
ずっと昔からあったのだろうか。

江戸以前は身分制度がしっかりしていたので、現代とは比較のしようがない。
太平洋戦争前も財閥と、貴族がいたので、やっぱり違うような気がする。
敗戦後の日本を分析することが、この鈍感な社会を知るために大事だろう。

先日、電車内で大声で電話で話している老人に、やめるようにいった。
「あなたのような人がいるから、若い人が真似る。だから、話すなら降りなさい」
そうしたら、その老人は結局降りなかった。

私が、周囲に対して敏感過ぎて、日常にストレスを溜めていると言う見方もできよう。
だが、このままでは、日本はますます他人に対して鈍感な社会になっていってしまう。人のことを無視し、人からの助言を無視し、自分のしたいようにしかしない人がどんどん増えていってしまう。

誰かが、止めないといけない。私はそう考える。そして、嫌なオヤジだと思われても、そういった人に働きかけていく。

私はけっして善人ではないし、モラルの高い人間でもない。他人に対して鈍感なところはたくさんあると思う。
だけどそうだからといってなにもしないでいるわけにはいかない。

私自身がこれまでしてきた、さまざまな無益なことへの反省と、それを許容してくれてきた社会への恩返しをしなくてはいけない。