「経済の好循環」に背を向ける 経団連「経労委報告」を読む② 賃金抑制策に怒りを
労働総研顧問 牧野富夫さん
いま大企業は史上最高の収益を上げ、空前の内部留保を積み上げています。にもかかわらず、その総本山である経団連は、今春闘でも賃金抑制策を指南しています。大もうけしながらの賃金抑制策なので、うそつきの冗舌と似て、わかりにくくなっています。
うその道具立て
賃金闘争は春闘の中心です。「報告」の賃金抑制策をトータルに診断しましょう。その基本・「哲学」は、日経連時代の「報告」と変わりません。変わったのは、基本を覆う道具立てです。16年の「報告」では、「デフレからの脱却」「経済の好循環」「企業の持続的成長」などが主な道具立てです。これらのスローガンに水戸黄門の印籠(いんろう)のような神通力を持たせようと懸命です。たとえば「デフレからの脱却」という印籠をみせ、労働側の要求を抑え込む、という寸法です。
労使協調主義の労働組合では、幹部がそれを受け売りして、労働者の要求を借り物の印籠で抑え込み、小さな自粛要求をつくる、というケースもめずらしくありません。
関連して一言したいのは、メディアの春闘報道です。経団連「報告」が公表された1月19日をもって春闘が始まったかのように報道していますが、事実に反します。春闘の大半は労使間の「考え方のたたかい」、つまりイデオロギー闘争です。それはすでに昨秋から本格化していました。「頭の中のたたかい」で経団連は政権やメディアなどを動員し、小さな春闘予想相場をつくりあげ、これを「国民的な常識」にまで仕立て上げるのです。この世論化された「小さな相場」に労働者・労働組合も影響を受けがちです。
労働側が春闘で勝利するには、イデオロギー闘争に勝たねばなりません。「頭の中のたたかい」で負け、萎縮した心でたたかっても勝ち目はありません。大企業が大もうけしているのに、その富のつくり手である労働者の賃金は実質的に下がり、厳しい生活をよぎなくされているではありませんか。思いきり怒りを企業・財界・政権にぶつけるときです。
「職場・地域から春闘を全力でたたかいぬこう」と決意しあった国民春闘総決起集会=1月26日、東京都中野区
手前勝手な主張
「経営側の基本スタンス」として「報告」は、3点あげています。
第1に、「賃金は…適切な総額人件費管理のもと、自社の支払能力に基づき、労使による真摯(しんし)な交渉・協議を経て、企業が決定することが原則」だとし、そのさい重視すべきは「デフレからの脱却と持続的な経済成長の実現に向け、経済の好循環を回すという社会的要請がある」というのです。
その前半部分は、財界の年来のいい分です。「総額人件費管理」や「自社の支払能力」なるものはゴムのモノサシのように弾力的で、どうにでもいい逃れができます。また、企業が賃金を決定するのが原則だと暴論を吐いています。
労働基準法第2条の「労働条件は、労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものである」に公然と背を向けています。後半にずらりと「印籠」が登場し、それらは「社会的要請」だと「権威づけ」ています。
第2に、「賃金引上げの方法は、定期昇給の実施(賃金力ーブの維持)といった月例賃金の制度昇給はもとより、月例賃金の一律的な水準引上げ(全体的なベースアップ)に限られず、さまざまな選択肢が考えられる」と述べています。
賃上げの方法はベースアップ以外にもいろいろあるよといい、後腐れのない「その年かぎり」の賃上げへと傘下の企業などを誘導しているのです。
第3に、「賃金引上げには、自社の付加価値の増大が不可欠であることから、労使で絶えず労働生産性の向上に取り組んでいくことを改めて確認すべきである」としています。これは「パイの理論」そのものです。賃上げの前提として、まず労使が協力してパイを大きくすることが必要だとし、生産性の向上に労働者を誘い込み、労使協調主義を浸透させ、搾取強化をはかる、という寸法です。
以上のように、経団連などの賃金抑制の策動は前年秋には本格化し、「報告」が公表される1月中・下旬は春闘中盤と考えるべきでしょう。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2016年2月5日付掲載
「デフレからの脱却」を本気で言うなら、労働者の賃金を上げるのが筋ですが…。
財界は、相も変わらず「総額人件費管理」や「自社の支払能力」という論理で賃金を抑え込もうとしています。
労働総研顧問 牧野富夫さん
いま大企業は史上最高の収益を上げ、空前の内部留保を積み上げています。にもかかわらず、その総本山である経団連は、今春闘でも賃金抑制策を指南しています。大もうけしながらの賃金抑制策なので、うそつきの冗舌と似て、わかりにくくなっています。
うその道具立て
賃金闘争は春闘の中心です。「報告」の賃金抑制策をトータルに診断しましょう。その基本・「哲学」は、日経連時代の「報告」と変わりません。変わったのは、基本を覆う道具立てです。16年の「報告」では、「デフレからの脱却」「経済の好循環」「企業の持続的成長」などが主な道具立てです。これらのスローガンに水戸黄門の印籠(いんろう)のような神通力を持たせようと懸命です。たとえば「デフレからの脱却」という印籠をみせ、労働側の要求を抑え込む、という寸法です。
労使協調主義の労働組合では、幹部がそれを受け売りして、労働者の要求を借り物の印籠で抑え込み、小さな自粛要求をつくる、というケースもめずらしくありません。
関連して一言したいのは、メディアの春闘報道です。経団連「報告」が公表された1月19日をもって春闘が始まったかのように報道していますが、事実に反します。春闘の大半は労使間の「考え方のたたかい」、つまりイデオロギー闘争です。それはすでに昨秋から本格化していました。「頭の中のたたかい」で経団連は政権やメディアなどを動員し、小さな春闘予想相場をつくりあげ、これを「国民的な常識」にまで仕立て上げるのです。この世論化された「小さな相場」に労働者・労働組合も影響を受けがちです。
労働側が春闘で勝利するには、イデオロギー闘争に勝たねばなりません。「頭の中のたたかい」で負け、萎縮した心でたたかっても勝ち目はありません。大企業が大もうけしているのに、その富のつくり手である労働者の賃金は実質的に下がり、厳しい生活をよぎなくされているではありませんか。思いきり怒りを企業・財界・政権にぶつけるときです。
「職場・地域から春闘を全力でたたかいぬこう」と決意しあった国民春闘総決起集会=1月26日、東京都中野区
手前勝手な主張
「経営側の基本スタンス」として「報告」は、3点あげています。
第1に、「賃金は…適切な総額人件費管理のもと、自社の支払能力に基づき、労使による真摯(しんし)な交渉・協議を経て、企業が決定することが原則」だとし、そのさい重視すべきは「デフレからの脱却と持続的な経済成長の実現に向け、経済の好循環を回すという社会的要請がある」というのです。
その前半部分は、財界の年来のいい分です。「総額人件費管理」や「自社の支払能力」なるものはゴムのモノサシのように弾力的で、どうにでもいい逃れができます。また、企業が賃金を決定するのが原則だと暴論を吐いています。
労働基準法第2条の「労働条件は、労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものである」に公然と背を向けています。後半にずらりと「印籠」が登場し、それらは「社会的要請」だと「権威づけ」ています。
第2に、「賃金引上げの方法は、定期昇給の実施(賃金力ーブの維持)といった月例賃金の制度昇給はもとより、月例賃金の一律的な水準引上げ(全体的なベースアップ)に限られず、さまざまな選択肢が考えられる」と述べています。
賃上げの方法はベースアップ以外にもいろいろあるよといい、後腐れのない「その年かぎり」の賃上げへと傘下の企業などを誘導しているのです。
第3に、「賃金引上げには、自社の付加価値の増大が不可欠であることから、労使で絶えず労働生産性の向上に取り組んでいくことを改めて確認すべきである」としています。これは「パイの理論」そのものです。賃上げの前提として、まず労使が協力してパイを大きくすることが必要だとし、生産性の向上に労働者を誘い込み、労使協調主義を浸透させ、搾取強化をはかる、という寸法です。
以上のように、経団連などの賃金抑制の策動は前年秋には本格化し、「報告」が公表される1月中・下旬は春闘中盤と考えるべきでしょう。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2016年2月5日付掲載
「デフレからの脱却」を本気で言うなら、労働者の賃金を上げるのが筋ですが…。
財界は、相も変わらず「総額人件費管理」や「自社の支払能力」という論理で賃金を抑え込もうとしています。