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辻監督の現役時代

2021-06-25 21:35:51 | 他スポーツ
今日の西武ライオンズは、相手オリックスの先発山本由伸に7回無失点と抑え込まれましたが、8回に登板したヒギンスから栗山のタイムリーで同点にすると、9回表に山川、スパンジェンバーグと連続タイムリーが出て3-1と勝利しました。いろんな選手がヒーローのこの試合ですが、写真の辻監督の現役時代をネタにします。

辻は、1984年に社会人野球の日本通運からドラフト2位でライオンズに入団してきました。辻は高校時代は野球では無名校の佐賀東高校の出身で、日本通運にはテストを受けて入社した苦労をしています。努力の甲斐があって日本通運では4番を打っていた辻ですが、プロ入りのときに「自分のバッティングは(このままでは)プロに通用しない」と打撃改造を試みます。

のちに彼の代名詞となる、バットを短く持って安打狙いの打撃をした、この改造が当たりました。辻は1,2番タイプの相手にとって嫌な打者となることができ、1986年に就任した森監督が1番石毛とのつながりを重視して、あえて9番打者で辻を起用しました。この「9番辻」は、辻が出塁すれば石毛が走者を進める役割を果たすなど、森野球の一つの成功例となります。

また、辻といえば1987年日本シリーズで、巨人の中堅手クロマティの返球が緩いという欠点を狙った、単打で一塁からホームインした見事な走塁が語り草です。辻はプロで200盗塁を決めた走力を持っていたこともあり、当時の三塁コーチだった伊原春樹氏の好判断が光りました。1990年に森監督がチーム再編をした後は、1番打者に定着し、2番平野とのコンビネーションを見せるようになります。

また、辻といえば二塁手としての守備力も相当なレベルでした。名手辻とマスコミも高く評価しており、その守備は他の追随を許さないレベルでした。もっとも、全盛期の辻の2億円とも言われた年俸の高さがネックになり、ヤクルトへトレードになってライオンズを去りました。ヤクルトでも名手として活躍しましたが、引退後は横浜、中日などでコーチを歴任します。

そのトレード以来となった、ライオンズ復帰は監督としてでした。辻野球の、選手を我慢して使う起用で、だいぶ若手も育ってきました。2度の優勝を果たすなど、監督として手腕を大いに発揮しています。辻監督の写真を狙うには、試合前にメンバー表の交換に出てくる場面がベストで、いろいろ写真にも撮れました。今後もその手腕を大いに発揮して欲しいものです。
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2021-06-25 15:28:51 | 埼玉
昨日、さいたま市の空に出ていた虹です。徹夜明けで、疲れているもののなかなか寝付けないという苦しい状態なので、とりあえずブログに写真を貼っておきます。何か文章を書く元気が出れば、あとで追記したいです。
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