《な》 何のために学び、何のために生きていくの?
おぅ、なんでいきなりこんなに重い話題に突入するのか、自分でも驚きもものき!
発端は25日からのデンマーク研修旅行の下準備で、受け入れ先の小島ブンゴード孝子さんの
本を読み始めたことです。
では何故デンマークか? こちらの発端は日本以外の国の人に自力整体を味わってもらい、
世界平和の役に立てないかと思い始めたことです。手始めは、どうせなら行ったことのない
地域で、少しは知人を頼れる国・・・としてスエーデンをターゲットにしていました。
出発日まで決めて、航空券の手配にかかろうとしていた時期、子育て時代の旧い友人に
遭遇。すれ違いざま、お互いのメールアドレスとHPを確認しあいました。その彼女のHPで
デンマークに素敵な研修プログラムがあることを知り、急遽進路変更。同好の士もつのり、
<参照 http://www.hilanokumiko.jp/web/03_douraku/index.html>
団塊女性3人+若者1人の4人組でデンマーク10日間の旅に決定です。
デンマークといえば、高い税金と高福祉で知られる遠い国です。せっかく行くなら
予備知識があったほうが良いので、孝子さんの本をせっせと読み始めました。
まだ1冊と2冊目の半分を読んだだけですが、ショッキングな現実が見えてきて、
少し落胆気味です。
デンマーク人と結婚して現地で暮らす一人の日本人女性の本を少しだけ読んだ、
私個人の感想でしかありませんが、落胆の理由をあげてみましょう。
1.デンマークでは人生の第1期の若者はいろいろ模索をしながら、人生の進路を自分で
決めていくそうです。
第2期の社会人は、男も女も自分の意思と力で家庭を築き、社会に貢献し、自分を磨く
そうです。
第3期の高齢者は、これらの総まとめとして、「自分らしい人生をまっとうする」ことに
価値を見出す。つまり、<彼らがお金や学歴や寿命にも増して大切だと思っていることは、
「最後まで自分の生き方を自分で決めること」>だそうです。
2.教育は1を遂行するための手段である。具体的には
2-1.学齢前:子供たちは保育園や幼稚園で自然に触れながら知的好奇心を伸ばし、
全身を使い、存分に遊ぶそうです。
「自然は楽しいだけでなく、危ない要素もたくさん持っています。日常自然に親しむことで、
自然のやさしさとこわさを知り、また自分の限界を知ることは、子供たちにとって大切なこと。
限界を知るということは、自分で出来るという自信にもつながります。また毎日あれだけ
運動すれば、体もおのずと鍛えられます。」(自然幼稚園・園長談)
2-2.幼児教育(学齢期前後)の主たる目標は「遊びを通じて、自己表現力・学ぶ喜び・
人の話を聞く能力などを身につけていく」ことだそうです。
私はこの文章を読んだとき、日本の現状を思い出し、あまりのビジョン力の差に
愕然としました。まさに、これが有るか無いかで、人生の幸福度が違っているのだと
感じました。デンマーク式思考法が上で日本はダメだと言い切ることはできません。
でも今、日本で社会問題になっている「キレる大人(子供はもちろん!)」
「自己中(電車の中で化粧や大声)」「いじめ(DVや弱者虐待を含む)」「自殺願望」などは、
デンマークで大切にされていることが日本人の多くに欠如しているからだと思えてなりません。
私自身は六甲山と大阪湾の自然の中で野生児のような小学校時代を過ごしたせいか、
自然から多くを学ぶことが出来たのはラッキーでした。綺麗なカードが貰えるのが嬉しくて
日曜学校に通い、賛美歌を歌う心地よさを味わったのもこの頃です。正課は不得意でしたが、
図工・体育・音楽・家庭科は自己表現の場所でした。人の話を聞く勉強や、発表能力を磨く
授業はなかったので、この面では大人になってから苦労しました。
幸い、大きな組織で働いてきたので、注意され、本も読み、自分でも努力してきました。
今、駅員や看護士などに暴言・暴力を浴びせているのが、こういう機会がなかった若者や
大人達のような気がします。勤め人だった頃は抑制可能だった感情が、定年退職して
周囲の目や失うモノがなくなった」とたん、キレるようになったという話も聞きました。
笑顔力の反対で、罵声と暴力で不愉快な思いどころか、理由もなく殺されたりする時代です。
国民の代表である議員さんたちの国会中継を見ていると、罵声と怒号の渦で、本当に
恥ずかしくなります。
日本人が「生きる意味」をしっかりと見据え、自分の生き様や終焉に自信を持って
暮らしていける時代が来るのかどうか、非常に心もとなく、暗澹たる気持ちです。
おぅ、なんでいきなりこんなに重い話題に突入するのか、自分でも驚きもものき!
発端は25日からのデンマーク研修旅行の下準備で、受け入れ先の小島ブンゴード孝子さんの
本を読み始めたことです。
では何故デンマークか? こちらの発端は日本以外の国の人に自力整体を味わってもらい、
世界平和の役に立てないかと思い始めたことです。手始めは、どうせなら行ったことのない
地域で、少しは知人を頼れる国・・・としてスエーデンをターゲットにしていました。
出発日まで決めて、航空券の手配にかかろうとしていた時期、子育て時代の旧い友人に
遭遇。すれ違いざま、お互いのメールアドレスとHPを確認しあいました。その彼女のHPで
デンマークに素敵な研修プログラムがあることを知り、急遽進路変更。同好の士もつのり、
<参照 http://www.hilanokumiko.jp/web/03_douraku/index.html>
団塊女性3人+若者1人の4人組でデンマーク10日間の旅に決定です。
デンマークといえば、高い税金と高福祉で知られる遠い国です。せっかく行くなら
予備知識があったほうが良いので、孝子さんの本をせっせと読み始めました。
まだ1冊と2冊目の半分を読んだだけですが、ショッキングな現実が見えてきて、
少し落胆気味です。
デンマーク人と結婚して現地で暮らす一人の日本人女性の本を少しだけ読んだ、
私個人の感想でしかありませんが、落胆の理由をあげてみましょう。
1.デンマークでは人生の第1期の若者はいろいろ模索をしながら、人生の進路を自分で
決めていくそうです。
第2期の社会人は、男も女も自分の意思と力で家庭を築き、社会に貢献し、自分を磨く
そうです。
第3期の高齢者は、これらの総まとめとして、「自分らしい人生をまっとうする」ことに
価値を見出す。つまり、<彼らがお金や学歴や寿命にも増して大切だと思っていることは、
「最後まで自分の生き方を自分で決めること」>だそうです。
2.教育は1を遂行するための手段である。具体的には
2-1.学齢前:子供たちは保育園や幼稚園で自然に触れながら知的好奇心を伸ばし、
全身を使い、存分に遊ぶそうです。
「自然は楽しいだけでなく、危ない要素もたくさん持っています。日常自然に親しむことで、
自然のやさしさとこわさを知り、また自分の限界を知ることは、子供たちにとって大切なこと。
限界を知るということは、自分で出来るという自信にもつながります。また毎日あれだけ
運動すれば、体もおのずと鍛えられます。」(自然幼稚園・園長談)
2-2.幼児教育(学齢期前後)の主たる目標は「遊びを通じて、自己表現力・学ぶ喜び・
人の話を聞く能力などを身につけていく」ことだそうです。
私はこの文章を読んだとき、日本の現状を思い出し、あまりのビジョン力の差に
愕然としました。まさに、これが有るか無いかで、人生の幸福度が違っているのだと
感じました。デンマーク式思考法が上で日本はダメだと言い切ることはできません。
でも今、日本で社会問題になっている「キレる大人(子供はもちろん!)」
「自己中(電車の中で化粧や大声)」「いじめ(DVや弱者虐待を含む)」「自殺願望」などは、
デンマークで大切にされていることが日本人の多くに欠如しているからだと思えてなりません。
私自身は六甲山と大阪湾の自然の中で野生児のような小学校時代を過ごしたせいか、
自然から多くを学ぶことが出来たのはラッキーでした。綺麗なカードが貰えるのが嬉しくて
日曜学校に通い、賛美歌を歌う心地よさを味わったのもこの頃です。正課は不得意でしたが、
図工・体育・音楽・家庭科は自己表現の場所でした。人の話を聞く勉強や、発表能力を磨く
授業はなかったので、この面では大人になってから苦労しました。
幸い、大きな組織で働いてきたので、注意され、本も読み、自分でも努力してきました。
今、駅員や看護士などに暴言・暴力を浴びせているのが、こういう機会がなかった若者や
大人達のような気がします。勤め人だった頃は抑制可能だった感情が、定年退職して
周囲の目や失うモノがなくなった」とたん、キレるようになったという話も聞きました。
笑顔力の反対で、罵声と暴力で不愉快な思いどころか、理由もなく殺されたりする時代です。
国民の代表である議員さんたちの国会中継を見ていると、罵声と怒号の渦で、本当に
恥ずかしくなります。
日本人が「生きる意味」をしっかりと見据え、自分の生き様や終焉に自信を持って
暮らしていける時代が来るのかどうか、非常に心もとなく、暗澹たる気持ちです。