
沖縄県の多良間島は、人口1200人の(当時)小島で、
所得水準も低く、人々の生活は物質面では豊かではないけれど、
村の子どもたちをみると、
p.167 とても幸せそうにみえる
(中略)この島で特徴的だったのは、
スキンシップの多さだ。それは子ども同士の遊びの中にも
溢れているし、親子、老人と子どもなど、さまざまな
関係の中でスキンシップがごく自然な行為として
根付いていた。
p.168 かつての日本人は、多かれ少なかれ、似たようなもの
だったのではないか。島での体験を通じて、
「幸福の追求」や「自己実現」に人生最大の価値をおく
西洋文化と、日本文化とはそもそもの土壌がかなり違って
いると思わずにいられなかった。
端的にいえば多良間では、「不幸なことがないのが幸せ」であり、
わざわざ幸福の種を見つけて追及するというような生き方は
していないように見えた。
温かい人間関係に囲まれて、厳しい自然のなかで互いに
助け合って生きていることが、すなわち幸福なのではないだろうか。
この記述には、私は「そうかなぁ?そうかなぁ?そうかなぁ?」繰り返し
疑問が湧いてきています。ま、著者はもっと深い意味の示唆を発信している
のかもしれませんが、私の単細胞的脳細胞(向上心で走り回っている)では
理解不能です。
南の小さな美しい島で、諍いもなく、事件もなく、不幸も不公平もなく?
自然に感謝するのみで暮らしていけるものでしょうか?
いやぁ、聖書のように、もっと深い意味があるのかもしれませんが、
ちょっと驚きの記述でした。