尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

追悼・大塚一男さん

2011年09月04日 21時58分45秒 | 追悼
 大塚一男弁護士がが3日、死去。86歳。 松川事件の主任弁護人だった人で、松川関係の著書も多い。今本棚を調べてみたら、1989年に出た「私記 松川事件弁護団史」(日本評論社)がすぐに目についた。

 松川事件というのは、ちょっと前に福島の話を書いた時に触れている。1949年8月、東北本線で起きた列車転覆事件(3人死亡)。近くにあった東芝と国鉄の共産党活動家の「謀議」による犯行とされ、20人が逮捕・起訴され、1審福島地裁で、5人に死刑判決が言い渡された。その後仙台高裁で一人減刑されたが、4人の死刑判決は維持され、最高裁に舞台が移った。その間獄中の被告たちの訴えを受け、作家の廣津和郎(ひろつ・かずお)が裁判批判を雑誌に長期連載。支援運動が全国的に広がった。特に、死刑被告の一人が「謀議」したとされる時間に、会社側と団体交渉中だったことが会社側のメモで明らかになったことが大きかった。(「諏訪メモ」といい、検察側が隠し持っていた。)原則的には事実調べをしない最高裁で、異例の事実調べが行われた。その結果、仙台高裁への差し戻し、仙台高裁で全員無罪判決。63年に最高裁判決で全員の無罪が確定した。この間、大塚一男氏は弁護団の中軸として活動したのである。

 大塚さんの先の著書を見てみると、司法の現状はこれでいいのかと語る問題意識が今も生きている。また出版事情の厳しい中よく出してくれたと出版社に感謝している。20年以上前の本だが、この間何がどうしてどうなっていたのかな、と思った。僕は、党派的な立場を超えて、おかしなものはおかしい、まとまるべきはまとまり、批判すべきは批判するということが大切だと思う。司法当局が共産党の仕業と決めつけ逮捕・起訴・死刑判決まで宣告した無実の人々を、この判決はおかしい、無実の者を守れと多くの人が支援して最終的に無罪が確定したという事実は、日本国民が誇っていい戦後の大切な歴史だと思う。

 だから、支援運動にもいろいろな立場があるけれど、無罪を勝ち取るために協力していくことが大切だと思っている。(何を示唆しているか、詳しくない人には判らないと思いますが。)そのような意味でも、松川運動の歴史はもっと知られ、研究され、教訓とされていくべきだと信じている。そして、その時にまず読むべきは大塚一男さんの残した多くの著書だということになる。若くして松川と出会い、ずっと語り続けて日本国民に大切なことを残してくれた人だと思っている。
コメント (1)
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