尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

僕の好きな直木賞作家

2012年07月22日 00時23分28秒 | 本 (日本文学)
 朝日新聞の土曜版に「好きな直木賞作家はだれですか?」というネットアンケートの結果が載っていた。僕も時々答えることもあるアンケートなんだけど、これには回答してない。この結果を見ていたら、「ええッ、あの人も、あの人も落ちているんだ」と思って、直木賞作家を振り返る臨時特集

 まず、朝日の結果なんだけど、次のような順番になっている。一人で6人まで投票して得票順。

 東野圭吾、宮部みゆき、司馬遼太郎、浅田次郎、五木寛之、藤沢周平、山崎豊子、井上ひさし、向田邦子、池波正太郎。(ここまでがベストテン入選者である。)
 
 続いて、新田次郎、井伏鱒二、野坂昭如、つかこうへい、城山三郎、高村薫、水上勉&渡辺淳一、角田光代、奥田英朗&三浦しをん(&というのは、同点順位。)

 さらに番外で30位まで出ている。宮尾登美子、重松清、大沢在昌、池井戸潤、平岩弓枝&乃南アサ、京極夏彦、青島幸男&天童荒太

 僕は直木賞受賞作品は相当読んでいて、以上の作家の中で25人の受賞作を読んでいる。この人名を見ていると、やはり「読みやすい」作家でないとダメということなんだろう。女性作家で見ると、宮部みゆきが断トツで、山崎豊子、向田邦子、高村薫、角田光代、三浦しをん、と続いている。じゃあ、桐野夏生はどうなってるの?高村薫や乃南アサ、大沢在昌、京極夏彦なんかは出てくるので、桐野夏生を知らないはずがない。でも、「OUT」「柔らかな頬」「魂萌え」「東京島」なんかは、確かに読んで楽しい小説ではない。小池真理子や桜庭一樹なんかが出てこないのも同じなんだろう。でも、それでは読書の一番の楽しみを遠ざけてしまう。

 直木賞はエンターテインメント系作家に与えられる。作品も大事だが、ある程度作家としてやっていけるかの評価も含めて授賞が決まる新人賞である。そのため、新しい作家を逃す傾向が強い。SFが受賞できず、小松左京、星新一、筒井康隆らが皆受賞できず、半村良も伝奇ものではない人情小説で受賞した。だから宮部みゆきもなかなか受賞できず、「理由」という面白くない作品で受賞した。横山秀夫は「半落ち」の落選理由に納得できず、候補になることを断った。伊坂幸太郎も何度も落選したのち、候補になることを断っている。(「重力ピエロ」で十分授賞させる力量があったと思う。)

 上の作家名を見ると、藤沢周平を除き、僕の好きな作家は軒並み出てこない感じである。藤沢周平は、初期の暗い作風の短編が大好きで、重厚な長編「風の果て」「海鳴り」「蝉しぐれ」なんかも素晴らしい。山形県の鶴岡市湯田川温泉で2年間中学校教員をしていた。学校前に碑が立っている。その時の教え子が女将をしている「九兵衛旅館」には藤沢コーナーがある。僕はわざわざ泊まっている。外湯も素晴らしい温泉である。教員は結核で休職せざるを得なかった。

 出てこない作家から挙げていく。
 まずは、逢坂剛。ミステリー系では一番面白いと思うけど。謎ときと言うより、冒険小説が多い。でもおよそあらゆるジャンルのミステリーに挑戦していて、日本には珍しい悪徳警官ものの「禿鷹シリーズ」なんかもある。禿富鷹秋(とくとみ・たかあき)という警官、略して「はげたか」というんだから、半分パロディの傑作シリーズ。でも一番多いのが、スペインを舞台にした現代史の謎を追う冒険もので、「カディスの赤い星」が代表。多くがスペインや現代史を背景にしている。御茶ノ水、神保町近辺の実在の店を登場させる「都市小説」の趣も面白い。面白くない作品が一つもない作家

 続いて、原。寡作のハードボイルド作家だから、入らなくてもおかしくはないけど、大好きな人は多いだろう。受賞作「私が殺した少女」は、直木賞作品で一番完成度が高いと思うけどな。長編4作、短編集、エッセイ集しかない。チャンドラーを敬愛している作家だが、「さらば長き眠り」という名前の長編が出たときは、やりすぎだろと思った。しかし、読んでみると、それ以外の題名は考えられなかった。

 僕がものすごく読んでるのが、陳舜臣。神戸生まれで、元は台湾籍の漢人だけど、今は日本国籍。大阪外大で司馬遼太郎の一つ上。専攻はヒンドゥー語とペルシア語というんだから、日中どころかアジアをまたにかけた驚異の大知識人なのである。「枯草の根」という神戸の中華料理屋主人が探偵役のミステリーで江戸川乱歩賞。だから初めはエキゾチックなムードの推理作家だったんだけど、だんだん中国歴史小説が中心になった。「阿片戦争」「太平天国」なんか大長編で、小説としても歴史叙述としても中途半端な評価ではないかと思うけれど、その面白さ、小説にする工夫、公正な歴史観なんかで、絶対読んでおいたおいた方がいい。日中関係が心配な今こそ、まずは陳舜臣が読まれねばならない。と思うけど、面白いから読んでほしいんだね。直木賞の「青玉獅子香炉」もいいけど、推理作家賞の「玉嶺よふたたび」「孔雀の道」がいい。特に前者。さわやかな青春ミステリーにして、日中戦争秘話。

 ちょっと古いところで、安藤鶴夫。落語評論で知られた人で、最近の落語ブームで河出文庫にいろいろ入っている。受賞作の「巷談本牧亭」は実に細やかな美しき作品だと思っていて、僕の直木賞作品ベスト2。(1位は「私が殺した少女」なので。)その他、落語家を書いた小説がいろいろあるけど、懐かしく読める作家で、昔旺文社文庫で出たときに大分読んでずっとファンである。

 ちょっと昔をもう一人で、戸川幸夫。日本に少ない動物小説で直木賞。その後、志茂田景樹、熊谷達也が出たけど、この人が先駆者。イリオモテヤマネコが新種だと発見した人である。その記録も面白い。復帰前の沖縄の様子を知ることもできる。受賞作の「高安犬物語」は犬好きには落とせない。ランダムハウス講談社文庫で5冊のセレクションが2008年に出てるから、まだ入手できると思う。面白い小説というより、動物好き人間向きかもしれないけど。

 以上で6人。次をもう一人選ぶなら、結城昌治かな。私立探偵真木シリーズ、ヴェトナム戦争のスパイ小説「ゴメスの名はゴメス」、評伝の傑作「志ん生一代」などあるけど、「軍旗はためく下に」という受賞作は、日本軍に戦犯とされたケースを追う短編集で、他に例のない忘れてはいけない戦争小説。その戦争責任追及の激しさ、深さは、深作欣二監督の映画化でも生かされている。真木シリーズもすごく面白いから、どこかで文庫があったら是非。

 同じころのミステリー系作家では、三好徹も好き。風シリーズや「聖少女」(受賞作)もいいけど、歴史評伝もので黒岩涙香や宮崎滔天を描いた作品もすごく面白い。
 船戸与一も何で入らなかったのかと思うが、長すぎるというか本が重そうで(厚みも中身の深刻さも)で敬遠されて読んでない人が多いのかも。「山猫の夏」以後、ほぼすべてずっと読んでた時期が昔あった。辺境世界からのメッセージという思いで読んでたところも確かにある。日本が舞台じゃないので、流血も半端ではないけど。

 なんで入ってないのと思うのは、山田詠美も同じ。芥川賞選考委員で純文学に行っちゃった感じかも。「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」は直木賞作品で僕の選ぶ3位。若向きで選考に加わった人が平均年齢(53歳)が高すぎたのか。石田衣良、森絵都なんかも入っていないし。そういえば江國香織や村山由佳、山本文緒なんかも皆入ってないから、女性票も少ないのかも。

 芥川賞作家の松本清張、五味康祐なんかは「大衆文学」に移行するが、反対にむしろ純文学系の人も直木賞を取っている。井伏鱒二、梅崎春生、檀一男なんかが典型。色川武大なんかも、結局純文学作家だったかな。麻雀小説の阿佐田哲也であり、芸能エッセイが素晴らしいけど、「狂人日記」が凄いから。田中小実昌もそう。「ポロポロ」なんかが代表作で、よく直木賞くれたなあという感じの受賞作。エッセイも含めて大好きだけど、面白いから人に勧めると言う作家ではない。投票が入るような人ではないですよね。でも、文庫はなくならないうちに買っておいたほうがいい。

 昔々の橘外男とか、久生十蘭なんていう「隠し玉」もあるけど、ちょっと一般的でないのでやめておいた。夢野久作や小栗虫太郎なんかとともに、直木賞なんかでない場で語られるべき作家だろう。
 立原正秋なんかも結構いいし、地味だけど西木正明の評伝小説もなかなか好き。ようやく最近受賞した佐々木譲、北村薫なんかは、受賞作以前の方がずっと面白いと思う。大沢在昌、京極夏彦も中途半端なところで贈られた。「新宿鮫」一作目で授賞させれば先見を誇れたのに。十二分に面白かった(受賞作よりも)と思うけど。泡坂妻夫の奇術ミステリーも捨てがたい。小池真理子、藤田宜永が夫婦受賞しているが、けっこう読んだけど…。というあたりで、最初の方に書いたのが、僕の好きな作家。
コメント (1)
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