尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

団地映画と団地論

2017年01月23日 22時42分43秒 | 映画 (新作日本映画)
 昨年の映画に関する書き残し、最後。去年は「団地」に関する映画が評判になった。今までも結構あって、「映画祭」が開かれたりしている。「団地」は思想史的にも注目されているから、合わせて書こうかと思っていた。だけど、肝心の映画の出来がどうも納得できない感じがしたので、面倒になってしまった。だけど、その後フランス映画「アスファルト」も見て、世界的な問題かなと思った次第。

 ここで言う「団地」というのは、もともと「集団住宅地」のことだそうだ。僕の住んでいるところも、一戸建て住宅を私鉄が開発して「団地」として売り出したところである。「工業団地」というのも、工場をまとめて誘致したという意味である。でも、もちろん普通「団地」という時は、5階建てぐらいの鉄筋コンクリート作りの建物がズラッと並んでいるものを指している。「日本住宅公団」(現・都市再生機構)が営々と作ったものである。50年代、60年代前半ぐらいには、近代生活のモデルみたいに思われた。

 その後、何十年も過ぎ、子育ても終わり、子どもは出ていって、高齢化が進み、いろいろと問題が山積しているということだ。そんな団地の歴史を一人の男が体現したような映画が、浜田岳主演の「みなさん、さようなら」(2013)だった。とある理由で団地を出られない人生を送る青年のようすが、リアルに描かれていた。そんな中、2016年には、その名も「団地」という映画が公開された。同時期の「海よりもまだ深く」も団地が描かれていて注目されたわけである。

 「団地」は阪本順治が脚本、監督して、藤山直美が主演している。このコンビで前に作られた「顔」はベストワンだったから、期待されたわけだけど…。そして、実際途中まではかなり快調である。団地の自治会長選挙など、あまり見たことがないシーンもある。子どもをなくした夫婦が、漢方薬店を閉めて団地住まいを始める。その後夫は引きこもり、あらぬ噂がまき散らされ…。というんだけど、ラストがビックリ、これは何だ。この超常設定は僕には理解できなかった。

 ところで、フランス映画「アスファルト」を見ると、フランスの団地で起こる「不器用な男女の出逢いと奇跡」が細やかに描かれている。主演のイザベル・ユペールは知ってるけど、監督のサミュエル・ベンシェトリ他、キャストの大部分も知らない。父はモロッコ系ユダヤ人だそうである。この映画を見ると、団地生活の感覚は日本とそんなに違わない気がした。もっとも僕は一度もこういう団地に住んだことがないから、よく判らないけど。この映画では、屋上にNASAの宇宙飛行士が降りてくるシーンがある。「団地」と合わせ考えると、団地は宇宙と親和性があるのかもしれない。

 「海よりもまだ深く」は、是枝裕和監督の安定した手腕が楽しめる映画になっている。でも、是枝監督としては最高傑作「誰も知らない」はもちろん、「歩いても歩いても」や「そして父になる」「海街Diary」と続いてきた中でも、どちらかと言えば成功度が低いような感じがした。樹木希林の母親役は名演だけど、阿部寛の父親が情けなさ過ぎて、見ている方も恥ずかしくなってくる。まあ、別れた妻役の真木よう子が素晴らしすぎるからとも言えるか。母が住む団地に台風が近づく一夜、親子で集うシーンは大変面白かった。団地内の公園になる滑り台で子どもと話し込むシーンは、団地映画の名シーン。

 この「海よりはまだ深く」は実際に是枝監督が28歳まで住んでいた東京都清瀬市の旭が丘団地で撮影されたという。そのようなよく判った感じが画面にあふれている。一方、「団地」の方は関西弁のセリフだからそっちの方かと思うと、実は栃木県足利市の錦町団地というところで撮影された。最近、足利で撮影された映画が多いが、「湯を沸かすほどの熱い愛」や「64」「ちはやふる」など続々と公開されている。だけど、こんな団地もあったのかとちょっと驚きである。

 さて、最近「団地」をめぐって「空間政治学」という視点から考察しているのが、原武史氏の著書である。もともと自身が西武池袋線沿線のひばりが丘団地滝山団地などに住んでいた。鉄道ファンとしても知られる原氏の関心が、鉄道沿線に開発された「団地」を取り上げるのは、まさに適役。非常に面白い議論が展開されている。「団地の空間政治学」(NHKブックス、2012)と「レッドアローとスターハウス―もうひとつの戦後思想史」(新潮社、2012)はほぼ同時に刊行された。
 
 「レッドアロー…」は刊行直後に読んで面白かったけれど、忘れたところが多い。両書には共通の視点だけでなく、共通の話題も多いと思うが、NHKブックスの方が多少「学問的」だった気がする。戦後史の中で大きな意味を持つ「60年安保」や「革新自治体」と「団地」は大きなつながりがある。団地で形成された地縁ではない新しい人間関係の中で、「革新政党」(社会党や共産党)が勢力を拡大していったからである。その時代の様々な運動、保育所建設や文化活動などを発掘していて、大変興味深い。共産党幹部の不破哲三も団地に住んでいて、夫婦で運動に関わった時代がある。原氏は不破哲三にインタビューしていて面白い。不破の兄、上田耕一郎やルポライターの竹中労なども団地で自治会運動に関わった経過なども書かれている。非常に貴重な戦後史の一断面だろう。
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