年末年始には雑多な本を読んでいた。「ムシェ」という本は、まず知らない人が多いだろうから感想を書いた。他にも、岩瀬成子「オール・マイ・ラヴィング」(小学館文庫)、村松友視「極上の流転」(中公文庫、破格の日本画家堀文子の生涯を描く)、梨木香歩「エストニア紀行」(新潮文庫)、スタッズ・ターケル「ジャズの巨人たち」(青土社)といった雑多ぶり。年末に「そういえばこんな本を買ってたんだ」と再発見した本である。どれも面白いんだけど、まあ名前だけということで。
その後、小説読みに戻って、辻原登「籠の鸚鵡」(新潮社、1600円)を読んだ。日本の現代小説は、やはり読みやすい。歴史や国際問題の本も読むけれど、最近は圧倒的に小説が多い。(映画も記録映画じゃなくて劇映画が多い。)辻原登は2年ほど前にいっぱい読んで、ここでも何回も書いておいた。本名が村上博なので、「第三のムラカミ」という記事を書いておいた。どうして辻原というペンネームなのかは、そっちを参照。第三というのは、言うまでもなく、村上龍、村上春樹を指している。でも、21世紀に書かれたものを見る限り、最近一番面白いのは辻原登なんじゃないかと思っている。
今回の「籠の鸚鵡」も大変面白いクライム・ノベルだった。「鸚鵡」なんて漢字は初めて知ったけど、鳥のオウムはこういう字だったのか。でも、ここでは高峰三枝子の歌謡曲「南の花嫁さん」という歌の歌詞から取られている。主人公たちの置かれた状況の比喩でもあるだろうけど、小説内の時間が流れる80年代半ばという時代相も表しているかもしれない。
辻原登は最近犯罪者を描く小説が多いけど、「クライムノベル三部作」だと自分でも言っている。「冬の旅」「寂しい丘で狩りをする」に続くもので、今回は80年代に現実に起こった二つの事件、和歌山県下津町(現海南市)の公金横領事件、山口組分裂に伴う山口組、一和会による「山一抗争」が巧みに織り交ぜられていて、そこに開発にともなう不動産業界のあれこれなどが絡んでいる。奥が深くて面白いことこの上ない。ベースは小さな町の出納室長が、暴力団員がバックにいるバーのホステスに絡めとられていく話である。そこらへんは、まあそうなるんだろうなで進んでいく。
とんでもないことになっていくのは、後半の展開。何人かの人物がそれぞれの思惑で、いくつかの犯罪を計画していくのだが、どれがどう交錯していき、どう現実になっていくのか。いわば「最後に誰が笑うのか」をめぐって、とてもスリリングな展開でどうなるかが最後まで判らない。(最後まで読んでも、結局その後どうなるかは判らない部分が残るが。)
最初は「愛欲小説」かと思う淫らな手紙が連続し、どうなることやらと思うんだけど、途中からドライブ感が半端じゃなくなっていき、一気読み。これほど面白い犯罪小説もめったにないと思う。「クライムノベル」というのは、ミステリーのジャンルの一つなんだろうけど、純文学にも「ジャンル小説」の枠組みで書かれるものは多い。(大きく言えば、「ドン・キホーテ」や「罪と罰」「白鯨」なんかも、「ジャンル小説」の枠組みを利用して書かれたものだろう。)
だけど、純文学とミステリーは、お約束的に分かれていて、年末恒例のミステリーベストテンなんかにも、この小説は入らない。でも「面白本」を求める人こそ逃すべきではない。とは言いつつ、読後感はやはり「純文学」で、面白いだけでは終わらない、人間の不可思議についてじっくり考え込むことになる。そこが本を読む充実感である。この本は、今までの2冊と比べても、不動産業界や暴力団の内幕などがじっくり描かれていて、日本社会とはどんなものか、つくづく思い知らされる。
若い人にはぜひ読んで見て欲しい本だと思う。犯罪というだけでなく、男と女のありようも考えさせられる。女主人公がバーを開かなければ、あるいは出納室長が下戸だったら、全ては変わっていた。だけど、その方がよかったのかどうかは、人それぞれ考えが違うだろう。それに、この話が動き始める前に、不動産業の男と介護業界の男が知り合っている。ホントはそこから始まっているので、付き合いは人をよく見なきゃということでもあるけど、世の中は複雑怪奇に結びついているのだ。ある人とある人は知り合いだけど、ある人は知らない。そういう網の目のような中をいかに生き抜くか。
著者は和歌山県出身だけど、ここまで和歌山を描いたのは初めてかもしれない。(森宮と名を変えて新宮を描いた「許されざる者」はあるけど。)那智の滝、和歌山城、高野山、湯の峰温泉、勝浦温泉などが出てくる。場所もほとんど和歌山県内で起こる。僕は新婚旅行で南紀に行き、その後も行ったことがある。だから、熊野本宮や湯の峰温泉、那智の滝が出てくると思い出がよみがえる。
この本については、ウェブ上に著者のインタビューがある。「辻原登さんインタビュー」は必読の面白さ。是非読むべき。この中に出てくる下津町の公金横領事件は、なんとなく記憶にあったけど、インタビューを読むと、本物の事件は20億円も横領して、使い道が判らなかったという。著者は「シンプル・プラン」を思い起こして小説化したという。辻原登の本は、実はクライムノベルではない「許されざる者」や「韃靼の馬」「ジャスミン」などの方がはるかに奥深い傑作だと思う。「籠の鸚鵡」を読んだ人は、ぜひそっちも読んでください。
その後、小説読みに戻って、辻原登「籠の鸚鵡」(新潮社、1600円)を読んだ。日本の現代小説は、やはり読みやすい。歴史や国際問題の本も読むけれど、最近は圧倒的に小説が多い。(映画も記録映画じゃなくて劇映画が多い。)辻原登は2年ほど前にいっぱい読んで、ここでも何回も書いておいた。本名が村上博なので、「第三のムラカミ」という記事を書いておいた。どうして辻原というペンネームなのかは、そっちを参照。第三というのは、言うまでもなく、村上龍、村上春樹を指している。でも、21世紀に書かれたものを見る限り、最近一番面白いのは辻原登なんじゃないかと思っている。
今回の「籠の鸚鵡」も大変面白いクライム・ノベルだった。「鸚鵡」なんて漢字は初めて知ったけど、鳥のオウムはこういう字だったのか。でも、ここでは高峰三枝子の歌謡曲「南の花嫁さん」という歌の歌詞から取られている。主人公たちの置かれた状況の比喩でもあるだろうけど、小説内の時間が流れる80年代半ばという時代相も表しているかもしれない。
辻原登は最近犯罪者を描く小説が多いけど、「クライムノベル三部作」だと自分でも言っている。「冬の旅」「寂しい丘で狩りをする」に続くもので、今回は80年代に現実に起こった二つの事件、和歌山県下津町(現海南市)の公金横領事件、山口組分裂に伴う山口組、一和会による「山一抗争」が巧みに織り交ぜられていて、そこに開発にともなう不動産業界のあれこれなどが絡んでいる。奥が深くて面白いことこの上ない。ベースは小さな町の出納室長が、暴力団員がバックにいるバーのホステスに絡めとられていく話である。そこらへんは、まあそうなるんだろうなで進んでいく。
とんでもないことになっていくのは、後半の展開。何人かの人物がそれぞれの思惑で、いくつかの犯罪を計画していくのだが、どれがどう交錯していき、どう現実になっていくのか。いわば「最後に誰が笑うのか」をめぐって、とてもスリリングな展開でどうなるかが最後まで判らない。(最後まで読んでも、結局その後どうなるかは判らない部分が残るが。)
最初は「愛欲小説」かと思う淫らな手紙が連続し、どうなることやらと思うんだけど、途中からドライブ感が半端じゃなくなっていき、一気読み。これほど面白い犯罪小説もめったにないと思う。「クライムノベル」というのは、ミステリーのジャンルの一つなんだろうけど、純文学にも「ジャンル小説」の枠組みで書かれるものは多い。(大きく言えば、「ドン・キホーテ」や「罪と罰」「白鯨」なんかも、「ジャンル小説」の枠組みを利用して書かれたものだろう。)
だけど、純文学とミステリーは、お約束的に分かれていて、年末恒例のミステリーベストテンなんかにも、この小説は入らない。でも「面白本」を求める人こそ逃すべきではない。とは言いつつ、読後感はやはり「純文学」で、面白いだけでは終わらない、人間の不可思議についてじっくり考え込むことになる。そこが本を読む充実感である。この本は、今までの2冊と比べても、不動産業界や暴力団の内幕などがじっくり描かれていて、日本社会とはどんなものか、つくづく思い知らされる。
若い人にはぜひ読んで見て欲しい本だと思う。犯罪というだけでなく、男と女のありようも考えさせられる。女主人公がバーを開かなければ、あるいは出納室長が下戸だったら、全ては変わっていた。だけど、その方がよかったのかどうかは、人それぞれ考えが違うだろう。それに、この話が動き始める前に、不動産業の男と介護業界の男が知り合っている。ホントはそこから始まっているので、付き合いは人をよく見なきゃということでもあるけど、世の中は複雑怪奇に結びついているのだ。ある人とある人は知り合いだけど、ある人は知らない。そういう網の目のような中をいかに生き抜くか。
著者は和歌山県出身だけど、ここまで和歌山を描いたのは初めてかもしれない。(森宮と名を変えて新宮を描いた「許されざる者」はあるけど。)那智の滝、和歌山城、高野山、湯の峰温泉、勝浦温泉などが出てくる。場所もほとんど和歌山県内で起こる。僕は新婚旅行で南紀に行き、その後も行ったことがある。だから、熊野本宮や湯の峰温泉、那智の滝が出てくると思い出がよみがえる。
この本については、ウェブ上に著者のインタビューがある。「辻原登さんインタビュー」は必読の面白さ。是非読むべき。この中に出てくる下津町の公金横領事件は、なんとなく記憶にあったけど、インタビューを読むと、本物の事件は20億円も横領して、使い道が判らなかったという。著者は「シンプル・プラン」を思い起こして小説化したという。辻原登の本は、実はクライムノベルではない「許されざる者」や「韃靼の馬」「ジャスミン」などの方がはるかに奥深い傑作だと思う。「籠の鸚鵡」を読んだ人は、ぜひそっちも読んでください。