尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

石弘之「感染症の世界史」を読む

2020年04月17日 22時29分34秒 | 〃 (さまざまな本)
 これもしばらく最後かと思って、ちょっと前に「巣ごもり用」に本を何冊か買った。大型書店では「病気」に関する本が特集されていて、歴史系の本としては中公文庫のウィリアム・H・マクニール「疫病と世界史」(上下)が一番詳しそうだった。しかし、2巻あって長いし一冊が1320円もするので敬遠。代わりに石弘之感染症の世界史」(角川ソフィア文庫、1080円)を買うことにした。こっちもけっこう高いけど、「緊急重版」とあるし「新型ウイルスの発生は本書で警告されていた」という帯の宣伝が効いた。

 著者を最初に紹介すると、元朝日新聞編集委員で世界の環境問題について報道して多くの本を書いていた。「世界環境報告」(1988)や「酸性雨」(1992)などの岩波新書はずいぶん授業のネタ本として使わせて貰った。その後どうしているんだろうと検索すると、朝日を早期退職後に東大教授やザンビア大使なんかを歴任していたとは知らなかった。その後も環境史的な著書を多く書いている。兄は元税調会長の故・石弘光だが、弟の石和久が医師(順天堂大学名誉教授)で性感染症の著書もあるそうで、そんなことも感染症に関心を持つ理由かもしれない。

 最初に帯の「警告」について。確かに終章の「今後、感染症との激戦が予想される地域は?」のトップに「感染症の巣窟になりうる中国」と書かれている。その章の最後は「世界の高齢化と感染症」である。こう見ると「本書で警告されていた」とも言いたくなるだろうが、「アフリカ開発が招く感染症」「熱帯林に潜む新たなウイルス」という話の方がずっと長い。つまり、今回は中国由来だったが、次にいつ「エボラ出血熱」のようなアフリカ由来の強烈な感染症が現れるか、油断できないということだ。

 さすがにSARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)に続き、再び新しいコロナウイルスが現れるだろうとまでは予言されてはいない。むしろ「新型インフルエンザ」出現の恐怖の方が印象的だ。「スペイン風邪」は新型インフルエンザだったらしいが、今後もいつ現れるか判ったものではない。日本政府が「アビガン」を大量に備蓄していたのも、新型インフルエンザに備えてのことだった。もし新型インフルエンザが出現したら、その恐怖と影響は新型コロナウイルスを遙かにしのぐ強烈なものになるだろう。僕らはそのことをいつも頭に入れておかないといけない。

 ところで「インフルエンサー」(Influencer)という言葉がある。ウェブ上での「影響力の強い人」のことだ。乃木坂46の曲名でもあり、レコード大賞を受賞した。(「レコード」じゃなくなってもレコード大賞なんだね。)この言葉を始めて聞いたとき、なんかインフルエンザみたいだなあと思った人も多いと思う。そうしたら、やっぱり語源は同じだった。1504年にイタリアでインフルエンザ(と思われる病)が流行し、冬になると毎年のように流行する季節性から、「天体の運行」や「寒さ」の「影響」で起きると考えられたという。イタリアで「影響」は「インフルエンツァ」(iufluennza)で、1742年に英訳されて「インフルエンザ」と呼ばれるようになったという。なるほど、やっぱり同じ言葉だったのか。

 この本で印象的なことは、人間と細菌、ウイルスは切っても切れない関係があるということだ。ウイルスは人間の遺伝子にも入り込んで「共生」してきた。動物も同様で、人間と動物の深い関係からも、ウイルスは常に新しくバージョンアップされて人間に影響を与える。悲観的に聞こえるかもしれないが、それが人間の歴史だったのだ。そして日本は感染症対策で決して「先進国」とは言えない現実も示されている。新型コロナウイルスに関する「BCG仮説」によって日本の対策が十分だったと思っている人もいるだろう。しかし、はしか風疹結核などで世界に遅れている現実が示されている。

 人類は「天然痘」という歴史を変えてきたような大感染症を完全に終息させた。自分の若い頃は、まだ「種痘」があったのである。この偉大な成功を目にして、自分もどこか「いつか人類は感染症を克服できる」みたいな思い込みがなかったとは言えない。そのことを強烈に思い知る本だった。「そんな甘いもんやおまへんのや」(「帰ってきた酔っ払い」風に。)
 最後に目次を紹介して終わりにしたい。(原著は2014年、文庫化は2017年)
まえがきー「幸運な先祖」の子孫たち
序章 エボラ出血熱とデング熱ー突発的流行の衝撃
第一部 20万年の地球環境史と感染症
 第一章 人類と病気の果てしない軍拡競争史
 第二章 環境変化が招いた感染症
 第三章 人類の移動と病気の拡散
第二部 人類と共存するウイルスと細菌
 第四章 ピロリ菌は敵か味方かー胃がんの原因をめぐって
 第五章 寄生虫が人を操る?ー猫とトキソプラズマ原虫
 第六章 性交渉とウイルスの関係ーセックスががんの原因になる?
 第七章 八種類あるヘルペスウイルスー感染者は世界で一億人
 第八章 世界で増殖するインフルエンザー過密社会に適応したウイルス
 第九章 エイズ感染は100年前からー増え続ける日本での患者数
第三部 日本列島史と感染症の現状
 第十章 ハシカを侮る後進国・日本
 第十一章 風疹の流行を止められない日本
 第十二章 縄文人が持ち込んだ成人T細胞白血病
 第十三章 弥生人が持ち込んだ結核 
終章 今後、感染症との激戦が予想される地域は?
あとがきー病気の環境史への挑戦 
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