尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「原油が史上初のマイナス価格」の意味と影響を考える

2020年04月23日 22時34分11秒 |  〃  (国際問題)
 原油価格がマイナスになったというニュースが流れた。ちょっとビックリしてしまうが、詳しく調べてみると、これはニューヨークの先物市場の価格だった。「週明け20日の米ニューヨーク商業取引所で、原油価格の指標となる米国産WTI原油の先物価格(5月物)が1バレル=マイナス37・63ドルで取引を終えた。原油価格がマイナスに陥ったのは史上初めて。」(朝日新聞ウェブ版)

 「先物取引」というのは、価格が変動する商品・有価証券などについて、未来のある時点の売買を保証する取引である。まあ、それでは何だかよく判らないと思うが、僕もやったことはないのでよく知らないのである。歴史的には、オランダのチューリップ先物取引が最初だとか、常設の先物市場は大坂の堂島米会所が世界初だとか言われている。

 未来の価格は判らないのに、何でこんな取引があるのか。投機のように思うかもしれないが、これは「リスクヘッジ」が目的である。後には確かに商品相場で大もうけしたりするようになるが、そもそもは今年の米が豊作か凶作か判らないから、反対側に保険をかけておくわけだ。もちろん時代の流れとともに投機目的が増え、日本でも昔は「黒いダイヤ」「赤いダイヤ」とか言われた。何だか判らないと思うが、石炭と小豆の相場のことである。今も多くの投資ファンドが先物市場に投資している。

 投資ファンドが先物をやるのは、その商品が欲しいわけじゃない。値上がりしたところで売り抜けるのが目的である。しかし「先物」とは言え、これは本来商品取引である。売らない限り、その取引の期限が来たら現物を引き取ることになる。今回は5月引き渡しの先物取引で、決済に時間が掛かる関係で、4月21日時点で売ってない限り現物を引き取らないといけないルールだったという。金なんかは現物でもいいかもしれないが、原油なんか現物で貰ってもどうしようもない。倉庫を借りれば置いておけるってものじゃない。お金を払っても専門業者に売ってしまいたいと投資ファンドは思ったわけである。

 このニュースは、だから実際の原油がマイナス価格になってしまったというものじゃなかった。実際、翌日からの「6月渡し」は15ドルぐらいの値が付いている。しかし、それでも昨年は60ドル前後、数年前は100ドル前後を付けていたから、大幅安が続いているのは間違いない。もちろん、それは新型コロナウイルスによる世界的経済失速によるものである。経済活動全体が大きく減少しているが、特に航空機需要が無くなってジェット燃料が余っているのが大きいらしい。

 原油そのものは精製して様々なものに使われる。毎日スーパーやコンビニに商品が補充されているのも、流通業界で働く人がトラックで運んでいるからで、その燃料は石油由来だ。マスクの大部分を占める不織布も、大体はポリプロピレンで出来ていて元は石油精製の副産物から作られている。毎日お世話になっている原油だけど、世界でも最も重要な戦略物資になっている。今回は原油原産国の協調減産が不調に終わったので、ある程度原油価格の暴落も予想されていた。
(原油生産国のグラフ)
 今後、原油価格の暴落が世界各国の経済だけでなく、政治にも大きな影響を与えていくと思われる。まずはアメリカ合衆国だが、シェールオイル増産により2010年代に入って世界最大の原油生産国となった。これは油分を含む頁岩を掘削して精製するものだが、なかなか生産が大変で原価も高い。値下がりが長引くと持ちこたえられない会社が出てくると言われている。それがアメリカ発の金融恐慌をもたらすかもと心配されていて、秋の大統領選もあるから注目していかないといけない。

 ロシアは原油高の時代に「ソ連崩壊」以後の経済不振から立ち直りつつあると言われたが、近年の原油安で経済不振が続いている。今後もこの水準で原油安が続くと、プーチン政権への不満が膨らんでいくと思われる。サウジアラビアはなかなか減産に踏み切らなかったが、今度はさすがに減産するようだ。アラブ唯一のG20参加国の理由でもある原油が、こんなに安くなってしまっては、イエメン内戦関与やイラン敵視政策にも影響するだろう。また世界でも珍しい絶対王政にも揺らぎが生じる可能性もある。その他、イラクイランベネズエラなど問題を抱えた国が多く、極端な原油安が政治危機、体制危機にもつながるかもしれない。

 日本からすると、とかく「原油が安ければ、その方がいいじゃない」と思いやすい。電気代が下がったり、ガソリン・軽油が下がれば、流通経費やお店や工場の固定費がずいぶん助かる。もちろん今はガソリンが安くても、観光にも行けないんだけど、まあ安い方がいいだろうと思ってしまいがちだ。しかし、ここまでの水準だと石油元売り会社が困るだろうし、地方では「命の綱」とも言えるガソリンスタンドが立ち行かなくなる。原油安から始まる世界恐慌が起これば、単にウイルスが終息すれば経済は元に戻るだろうという希望も絶たれてしまう。安すぎるのも大問題なのである。
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