『帰れない山』と『EO』という2本のヨーロッパ映画が公開されている。どちらも2022年のカンヌ映画祭で審査員賞を受賞したという共通点がある。カンヌ映画祭は最高賞がパルムドール、次賞がグランプリだが、毎年変わる審査員の好みによる偏りが大きい。昨年の場合もヨーロッパで大受けしたブラックユーモアの『逆転のトライアングル』よりも、審査員賞の2本の方がずっと感動的な映画だった。特に『帰れない山』は圧倒的な感銘を与える名作だと思う。(『EO』は次回回し。)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/7b/75/80e64c44a362d15afa10032536ead7ea_s.jpg)
『帰れない山』の監督・脚本はベルギーのフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンとシャルロッテ・ファンデルメールシュという人で、『オーバー・ザ・ブルースカイ』というベルギー映画を作った人だった。しかし、今回はイタリアを舞台にした映画で、パオロ・コニェッティ(1978~)という作家の原作を映画化したものだった。原作はイタリア最高とされるストレーガ賞を受賞して、日本でも翻訳されている。自分が知らなかっただけで、世界的名作の映画化だったのである。そして映画でもイタリア最高のダヴィッド・デ・ドナテッロ賞の作品賞や撮影賞など4つを獲得した。
思った以上に本格的な大河ドラマで、147分もあるが全く時間を感じなかった。イタリア北部トリノの北方、アルプス山脈の麓が主な舞台である。11歳のピエトロはトリノに住んでいて、夏は山の村へ避暑に行く。村は過疎化が進んで、同世代の男の子はブルーノしかいない。すぐに一緒に遊ぶようになり、二人は大自然の中を駆け回り友情を育んだ。映画はこの二人の何十年にも及ぶ人生を描いていく。ブルーノの父は出稼ぎに行っていて、村では伯父さんの牧場を手伝っている。ある日ピエトロの父がやってきて、二人を本格的な登山に連れ出す。子どもには危険だと言われながら、氷河を目指す場面はすごい迫力だ。
(父とともに氷河を登る)
ブルーノは成績が振るわず退学を迫られるが、ピエトロの父がトリノに引き取って学校に通わせようと考えた。しかし、ブルーノの伯父は突然彼を建築現場の見習いに送ってしまう。こうして二人の友情は一端途切れる。青年期になって再会するが、二人に共通の話題はなかった。冒頭の少年時代の場面に1984年と出る。その時11歳だから、ピエトロは1973年生まれである。今年50歳になる世代の現代の青春物語である。ピエトロは何になるべきか迷いながら、なかなか定職にも就かない。そんな時父親が急死して、初めて父がブルーノと会い続けていたことを知る。山に土地を求めて、そこに小屋を建てようと夢見ていたのである。
(ピエトロとブルーノ)
ブルーノは約束だから一人でも小屋を建てるという。ピエトロも放っておけず、一緒に小屋を作り始める。これがまた素晴らしい場所にあって、見応え十分の風景に魅せられる。こうして友情が復活し、ピエトロが山小屋に連れて行ったラーラとブルーノは結ばれる。二人は牧場を再建し、昔ながらのチーズ造りを始めた。ブルーノは一足先に大人の世界を歩み出したと思ったのだが…。一方、ピエトロは居場所を求めて世界を放浪し、ネパールでヒマラヤ山脈を見る。その体験を本に書いて、評判になった。
(一緒に山小屋を作る)
こうして長い友情の物語は大団円を迎えるのかと思う時に、世界は暗転してしまう。ブルーノの牧場は破産して銀行に差し押さえられ、というラストは書かない。このようにストーリーを追い続けても、この映画の真の魅力は伝わらない。圧倒的な山岳風景を見ながら、見るものも自分の人生の数十年を振り返る。原題の「Le otto montagne」は「8つの山」という意味。ピエトロがネパールで聞いた「世界の中心には最も高い山、須弥山(スメール山、しゅみせん)があり、その周りを海、そして 8 つの山に囲まれている。8つの山すべてに登った者と、須弥山に登った者、どちらがより多くのことを学んだのでしょうか」から来る。
これは「根を持つこと」と「翼を持つこと」の例えだろう。ブルーノは地方に育ち、酪農や建築の技術を持っている。確かに大地に根を張って生きているように思える。一方のピエトロはなかなか居場所を見つけられず、世界を放浪していく。どちらの生き方が良いとか悪いとか言えない。自分でも、また自分の周りでも、青春彷徨のさなかに「根」と「翼」の双方に引き裂かれながら生きてきたのである。いつの時代、世界のどこでも同じだろう。青春の悩みと友情をかつてない規模で描き出した一大叙事詩だった。
ピエトロを演じるルカ・マリネッリは、『マーティン・エデン』でヴェネツィア映画祭男優賞を獲得した人である。ブルーノはアレッサンドロ・ボルギという人で、僕は知らなかったけど実に見事。撮影のルーベン・インペンスはカンヌ映画祭パルムドールの『チタン』などを担当した人。大自然の映像美に圧倒された。そのような山岳風景の素晴らしさは見事なものだが、それ以上に「人生を深く考える」ところにこそ深い感銘があった。
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『帰れない山』の監督・脚本はベルギーのフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンとシャルロッテ・ファンデルメールシュという人で、『オーバー・ザ・ブルースカイ』というベルギー映画を作った人だった。しかし、今回はイタリアを舞台にした映画で、パオロ・コニェッティ(1978~)という作家の原作を映画化したものだった。原作はイタリア最高とされるストレーガ賞を受賞して、日本でも翻訳されている。自分が知らなかっただけで、世界的名作の映画化だったのである。そして映画でもイタリア最高のダヴィッド・デ・ドナテッロ賞の作品賞や撮影賞など4つを獲得した。
思った以上に本格的な大河ドラマで、147分もあるが全く時間を感じなかった。イタリア北部トリノの北方、アルプス山脈の麓が主な舞台である。11歳のピエトロはトリノに住んでいて、夏は山の村へ避暑に行く。村は過疎化が進んで、同世代の男の子はブルーノしかいない。すぐに一緒に遊ぶようになり、二人は大自然の中を駆け回り友情を育んだ。映画はこの二人の何十年にも及ぶ人生を描いていく。ブルーノの父は出稼ぎに行っていて、村では伯父さんの牧場を手伝っている。ある日ピエトロの父がやってきて、二人を本格的な登山に連れ出す。子どもには危険だと言われながら、氷河を目指す場面はすごい迫力だ。
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ブルーノは成績が振るわず退学を迫られるが、ピエトロの父がトリノに引き取って学校に通わせようと考えた。しかし、ブルーノの伯父は突然彼を建築現場の見習いに送ってしまう。こうして二人の友情は一端途切れる。青年期になって再会するが、二人に共通の話題はなかった。冒頭の少年時代の場面に1984年と出る。その時11歳だから、ピエトロは1973年生まれである。今年50歳になる世代の現代の青春物語である。ピエトロは何になるべきか迷いながら、なかなか定職にも就かない。そんな時父親が急死して、初めて父がブルーノと会い続けていたことを知る。山に土地を求めて、そこに小屋を建てようと夢見ていたのである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/58/07/490a35ee7777e82441720479f1f4f146_s.jpg)
ブルーノは約束だから一人でも小屋を建てるという。ピエトロも放っておけず、一緒に小屋を作り始める。これがまた素晴らしい場所にあって、見応え十分の風景に魅せられる。こうして友情が復活し、ピエトロが山小屋に連れて行ったラーラとブルーノは結ばれる。二人は牧場を再建し、昔ながらのチーズ造りを始めた。ブルーノは一足先に大人の世界を歩み出したと思ったのだが…。一方、ピエトロは居場所を求めて世界を放浪し、ネパールでヒマラヤ山脈を見る。その体験を本に書いて、評判になった。
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こうして長い友情の物語は大団円を迎えるのかと思う時に、世界は暗転してしまう。ブルーノの牧場は破産して銀行に差し押さえられ、というラストは書かない。このようにストーリーを追い続けても、この映画の真の魅力は伝わらない。圧倒的な山岳風景を見ながら、見るものも自分の人生の数十年を振り返る。原題の「Le otto montagne」は「8つの山」という意味。ピエトロがネパールで聞いた「世界の中心には最も高い山、須弥山(スメール山、しゅみせん)があり、その周りを海、そして 8 つの山に囲まれている。8つの山すべてに登った者と、須弥山に登った者、どちらがより多くのことを学んだのでしょうか」から来る。
これは「根を持つこと」と「翼を持つこと」の例えだろう。ブルーノは地方に育ち、酪農や建築の技術を持っている。確かに大地に根を張って生きているように思える。一方のピエトロはなかなか居場所を見つけられず、世界を放浪していく。どちらの生き方が良いとか悪いとか言えない。自分でも、また自分の周りでも、青春彷徨のさなかに「根」と「翼」の双方に引き裂かれながら生きてきたのである。いつの時代、世界のどこでも同じだろう。青春の悩みと友情をかつてない規模で描き出した一大叙事詩だった。
ピエトロを演じるルカ・マリネッリは、『マーティン・エデン』でヴェネツィア映画祭男優賞を獲得した人である。ブルーノはアレッサンドロ・ボルギという人で、僕は知らなかったけど実に見事。撮影のルーベン・インペンスはカンヌ映画祭パルムドールの『チタン』などを担当した人。大自然の映像美に圧倒された。そのような山岳風景の素晴らしさは見事なものだが、それ以上に「人生を深く考える」ところにこそ深い感銘があった。