「わが左翼論」の続き。中学1年で「文学少年」となったわけだが、中学2年の冬頃から今度は「映画少年」になった。当時の「アメリカン・ニュー・シネマ」に魅せられてしまったのである。映像だけでなく、音楽も素晴らしかった。中3の夏休みに『ウッドストック』のドキュメンタリーを公開初日に見に行った。だけど、僕は自分で音楽をやろうとは思わなかった。楽器や絵は苦手なのである。中学時代は映画雑誌「スクリーン」をよく買っていたが、高校に入ったら「キネマ旬報」を買うようになった。地元の本屋にはなかったが、学校近くの本屋にあったのである。高校生になってやっぱりレベルアップしたくなったのである。
「スクリーン」も「キネマ旬報」も一年が終わると、評論家によるベストテンを発表している。自分が見てない映画、知らなかった映画がこんなにも多いのか。批評家の投票も多様である。ベストワンになった映画でも、入れてない評論家がいる。それでも多くの人が参加することで、何となく一定の水準が見えてくる。大正時代からあるキネマ旬報ベストテンには、今になると評価を間違ったと思える結果も多い。(世界映画1位に選ばれた『東京物語』は53年の2位だった。『七人の侍』は54年の3位である。)だが、それも含めてその時代の評価という意味はあるだろう。
自分も映画を見るようになって判ったことは、自分の選ぶ10本と雑誌の結果は必ずしも一致しないことである。それはそれで良いとするしかない。映画の見方も、世界中の映画も「多様」なのである。価値の上下は付けきれない。ある程度の参考にはするけれど、自分の見方は変えられない。もっとも自分でも、時間を経て見直してみると評価が変わることがある。つまり最初に見た時は感動したけれど、大人になって見直すと「何だこの程度だったのか」みたいなものである。「テーマ性」や「芸術的感覚」も、時代や自分の変化で移り変わるのである。
そして、ベストテン投票を長年見ていると、自分と割と近い映画を選んでいる評論家が判ってくる。僕の場合は、佐藤忠男氏や山田宏一氏などだが、そういう人にも偏りはある。佐藤忠男さんは「第三世界」の映画を日本に紹介した功績があるが、そのためアジア、アフリカの珍しい映画が公開されると上位に入れる傾向がある。山田宏一さんもいわゆる「名作」を落として、個性的作品ばかりを絶賛する傾向がある。今もベストテン号だけは買っているけど、誰がどういう投票をしてるかなど今はチェックしない。若い頃はそんなページまで良く読んでいたのである。
さて、今までが長い前置き。そこで気付くのだが、すべての人に「党派性」があるのである。今書いた「党派」は政治党派ではない。「芸術派」とか「社会派」とかである。また巨匠の作品を上にする人もいれば、新進監督を積極的に上位に置く人もある。確かに巨匠作品は安定しているが、刺激が少ないこともある。若手は勢いがあるが、完成度には問題がある場合も多い。それでも違いを付けるのがベストテン投票で、「半分お遊び」ということで成立する世界だ。
その中でもはっきりと政治的党派性をはっきりと表明している評論家もいた。「日本映画復興会議議長」(確か)という肩書きだった山田和夫(1928~2012)氏は、はっきりと共産党の立場だった。Wikipediaを見ると、1954年に入党したと出ている。エイゼンシュテインを紹介したり、世界の珍しい反戦映画などを紹介した功績がある。一方で、松田政男(1933~2020)氏は、はっきりと新左翼的な立場に立っていた。というか、Wikipediaを見ると映画評論家の前に、政治運動家と出ているぐらいだ。日本赤軍との関係を疑われてパリから強制送還された事件もあった。文章は面白かったので、キネ旬で良く読んでいた。
この山田氏と松田氏の投票傾向を見てみたいのである。以下、僕の高校時代である1971年と72年の2年間の日本映画を見てみる。まず全体の結果を示し、その後二人の選出を見る。最初に出て来た映画作品を太字にする。その後、年ごとに寸評を加え、最後にまとめを書く。昔の映画に関心が無い人は適当にスルーして読んで下さい。
★1971年日本映画ベストテン
①儀式(大島渚)②沈黙(篠田正浩)③婉という女(今井正)④戦争と人間・第二部(山本薩夫)⑤いのちぼうにふろう(小林正樹)⑥真剣勝負(内田吐夢)⑦やさしいにっぽん人(東陽一)⑧男はつらいよ・寅次郎恋歌(山田洋次)⑨書を捨てよ町へ出よう(寺山修司)⑩八月の濡れた砂(藤田敏八) 次点男はつらいよ・奮闘篇(山田洋次)
(『儀式』)
◎山田和夫氏の選出
①男はつらいよ・奮闘篇②男はつらいよ・純情篇(山田洋次)③いのちぼうにふろう④戦争と人間・第二部⑤婉という女⑥鯉のいる村(神山征二郎)⑦狐のくれた赤ん坊(三隅研二)⑧幻の殺意(小谷承靖)⑨沈黙⑩この青春(森園忠)
◎松田政男氏の選出
①儀式②赤軍-PFLP世界革命宣言(若松孝二)③性輪廻ー死にたい女(若松孝二)④モトシンカカランヌー(NDU=布川徹郎)⑤塹壕(星紀市)⑥三里塚・第二砦の人々(小川紳介)⑦GOOD-BYE(金井勝)⑧顔役(勝新太郎)⑨関東幹部会(澤田幸広)⑩遊び(増村保造)
◎寸評
これを見ると、山田氏も松田氏も党派的な投票をしている。特に松田氏は「政治的行動」として意識的に投票しているのだろう。若松孝二への高い評価は、完成度的には考えられない。それにしても、『書を捨てよ町へ出よう』に入れてないのは理解出来ない。山田氏は新しい作風に反発したのかもしれないが松田氏は入れるべきだった。それとともに、松田氏も小川紳介の三里塚シリーズは上位にするのに、土本典昭『水俣』を入れてないのは何故だ。それは山田氏にも言えることだが。共産党も新左翼党派も関わりがなかった水俣病闘争には入れないのか。山田氏がこの年のベストワン『儀式』に入れてないのは、新左翼的な大島が嫌いなんだろう。この年の作品を完成度で見る限り『儀式』と『沈黙』を落とすことは考えられない。山田氏の10位『この青春』を知らなかったので、検索してみたら「働く若者たちの姿を通して、真の平和とは何かを描いていく」という映画だった。
★1972年日本映画ベストテン
①忍ぶ川(熊井啓)②軍旗はためく下に(深作欣二)③故郷(山田洋次)④旅の重さ(斉藤耕一)⑤約束(斉藤耕一)⑥男はつらいよ・柴又慕情(山田洋次)⑦海軍特別年少兵(今井正)⑧一条さゆり・濡れた欲情(神代辰巳)⑨サマー・ソルジャー(勅使河原宏)⑩白い指の戯れ(村川透) 次点夏の妹(大島渚)
(『旅の重さ』)
◎山田和夫氏の選出
①故郷②海軍特別年少兵③軍旗はためく下に④男はつらいよ・柴又慕情⑤忍ぶ川⑥どぶ川学級(橘祐典)⑦娘たちは風に向かって(若杉光夫)⑧大地の冬の仲間たち(樋口弘美)⑨約束⑩あゝ声なき友(今井正)
◎松田政男氏の選出
①天使の恍惚(若松孝二)②夏の妹(大島渚)③アジアはひとつ④濡れた標的(澤田幸広)⑤さそり(伊藤俊也)⑥叛軍No.4(岩佐寿弥)⑦岩山に鉄塔ができた(小川紳介)⑧旅の重さ⑨人生劇場(加藤泰)⑩空、見たか(田辺泰志)
◎寸評
前年に続き、山田氏は山田洋次作品を上位に置く。一方、松田氏も政治的としか思えない選出である。この年は僕は『旅の重さ』がベストなんだけど、それはまさに高校生の映画だったから。作品的には『忍ぶ川』『軍旗はためく下に』は落とせない。と同時に日活ロマンポルノで作られた『一条さゆり・濡れた欲情』という傑作を入れないわけにもいかない。松田氏も大島渚『夏の妹』のような失敗作ではなく、なんでロマンポルノに入れなかったのか。それこそ見てなかったのかもしれない。山田氏は「お上品」な映画ばかりで、日活ロマンポルノには入れないんだということは、僕にも判ってきた。
何でこんな記事を書いたかというと、要するに僕は映画(と小説)を通して、世界の多様性に触れたのである。それから今に至るも、ずっと多様であることを大切にしてきた。二人の投票だけで見てはいけないかもしれないが、とても共産党にも新左翼にも納得できないという気がしたのである。その後、共産党系の先生には何人も接したが、「寅さんしか日本映画では見るべきものはない」みたいなことを言う人が多かった。僕も寅さん映画が好きだったし、寅さん以外の山田洋次映画の魅力も評価している。特に『学校』は定時制高校生にもっとも受けた映画で、良く授業に利用させて貰った。だけど、同時代に作られていた『仁義なき戦い』シリーズや日活ロマンポルノも間違いなく面白かったし、映画としての完成度も高かった。「複眼」で世界を見る大切さを自然と映画体験から教えられたと思う。
「スクリーン」も「キネマ旬報」も一年が終わると、評論家によるベストテンを発表している。自分が見てない映画、知らなかった映画がこんなにも多いのか。批評家の投票も多様である。ベストワンになった映画でも、入れてない評論家がいる。それでも多くの人が参加することで、何となく一定の水準が見えてくる。大正時代からあるキネマ旬報ベストテンには、今になると評価を間違ったと思える結果も多い。(世界映画1位に選ばれた『東京物語』は53年の2位だった。『七人の侍』は54年の3位である。)だが、それも含めてその時代の評価という意味はあるだろう。
自分も映画を見るようになって判ったことは、自分の選ぶ10本と雑誌の結果は必ずしも一致しないことである。それはそれで良いとするしかない。映画の見方も、世界中の映画も「多様」なのである。価値の上下は付けきれない。ある程度の参考にはするけれど、自分の見方は変えられない。もっとも自分でも、時間を経て見直してみると評価が変わることがある。つまり最初に見た時は感動したけれど、大人になって見直すと「何だこの程度だったのか」みたいなものである。「テーマ性」や「芸術的感覚」も、時代や自分の変化で移り変わるのである。
そして、ベストテン投票を長年見ていると、自分と割と近い映画を選んでいる評論家が判ってくる。僕の場合は、佐藤忠男氏や山田宏一氏などだが、そういう人にも偏りはある。佐藤忠男さんは「第三世界」の映画を日本に紹介した功績があるが、そのためアジア、アフリカの珍しい映画が公開されると上位に入れる傾向がある。山田宏一さんもいわゆる「名作」を落として、個性的作品ばかりを絶賛する傾向がある。今もベストテン号だけは買っているけど、誰がどういう投票をしてるかなど今はチェックしない。若い頃はそんなページまで良く読んでいたのである。
さて、今までが長い前置き。そこで気付くのだが、すべての人に「党派性」があるのである。今書いた「党派」は政治党派ではない。「芸術派」とか「社会派」とかである。また巨匠の作品を上にする人もいれば、新進監督を積極的に上位に置く人もある。確かに巨匠作品は安定しているが、刺激が少ないこともある。若手は勢いがあるが、完成度には問題がある場合も多い。それでも違いを付けるのがベストテン投票で、「半分お遊び」ということで成立する世界だ。
その中でもはっきりと政治的党派性をはっきりと表明している評論家もいた。「日本映画復興会議議長」(確か)という肩書きだった山田和夫(1928~2012)氏は、はっきりと共産党の立場だった。Wikipediaを見ると、1954年に入党したと出ている。エイゼンシュテインを紹介したり、世界の珍しい反戦映画などを紹介した功績がある。一方で、松田政男(1933~2020)氏は、はっきりと新左翼的な立場に立っていた。というか、Wikipediaを見ると映画評論家の前に、政治運動家と出ているぐらいだ。日本赤軍との関係を疑われてパリから強制送還された事件もあった。文章は面白かったので、キネ旬で良く読んでいた。
この山田氏と松田氏の投票傾向を見てみたいのである。以下、僕の高校時代である1971年と72年の2年間の日本映画を見てみる。まず全体の結果を示し、その後二人の選出を見る。最初に出て来た映画作品を太字にする。その後、年ごとに寸評を加え、最後にまとめを書く。昔の映画に関心が無い人は適当にスルーして読んで下さい。
★1971年日本映画ベストテン
①儀式(大島渚)②沈黙(篠田正浩)③婉という女(今井正)④戦争と人間・第二部(山本薩夫)⑤いのちぼうにふろう(小林正樹)⑥真剣勝負(内田吐夢)⑦やさしいにっぽん人(東陽一)⑧男はつらいよ・寅次郎恋歌(山田洋次)⑨書を捨てよ町へ出よう(寺山修司)⑩八月の濡れた砂(藤田敏八) 次点男はつらいよ・奮闘篇(山田洋次)
(『儀式』)
◎山田和夫氏の選出
①男はつらいよ・奮闘篇②男はつらいよ・純情篇(山田洋次)③いのちぼうにふろう④戦争と人間・第二部⑤婉という女⑥鯉のいる村(神山征二郎)⑦狐のくれた赤ん坊(三隅研二)⑧幻の殺意(小谷承靖)⑨沈黙⑩この青春(森園忠)
◎松田政男氏の選出
①儀式②赤軍-PFLP世界革命宣言(若松孝二)③性輪廻ー死にたい女(若松孝二)④モトシンカカランヌー(NDU=布川徹郎)⑤塹壕(星紀市)⑥三里塚・第二砦の人々(小川紳介)⑦GOOD-BYE(金井勝)⑧顔役(勝新太郎)⑨関東幹部会(澤田幸広)⑩遊び(増村保造)
◎寸評
これを見ると、山田氏も松田氏も党派的な投票をしている。特に松田氏は「政治的行動」として意識的に投票しているのだろう。若松孝二への高い評価は、完成度的には考えられない。それにしても、『書を捨てよ町へ出よう』に入れてないのは理解出来ない。山田氏は新しい作風に反発したのかもしれないが松田氏は入れるべきだった。それとともに、松田氏も小川紳介の三里塚シリーズは上位にするのに、土本典昭『水俣』を入れてないのは何故だ。それは山田氏にも言えることだが。共産党も新左翼党派も関わりがなかった水俣病闘争には入れないのか。山田氏がこの年のベストワン『儀式』に入れてないのは、新左翼的な大島が嫌いなんだろう。この年の作品を完成度で見る限り『儀式』と『沈黙』を落とすことは考えられない。山田氏の10位『この青春』を知らなかったので、検索してみたら「働く若者たちの姿を通して、真の平和とは何かを描いていく」という映画だった。
★1972年日本映画ベストテン
①忍ぶ川(熊井啓)②軍旗はためく下に(深作欣二)③故郷(山田洋次)④旅の重さ(斉藤耕一)⑤約束(斉藤耕一)⑥男はつらいよ・柴又慕情(山田洋次)⑦海軍特別年少兵(今井正)⑧一条さゆり・濡れた欲情(神代辰巳)⑨サマー・ソルジャー(勅使河原宏)⑩白い指の戯れ(村川透) 次点夏の妹(大島渚)
(『旅の重さ』)
◎山田和夫氏の選出
①故郷②海軍特別年少兵③軍旗はためく下に④男はつらいよ・柴又慕情⑤忍ぶ川⑥どぶ川学級(橘祐典)⑦娘たちは風に向かって(若杉光夫)⑧大地の冬の仲間たち(樋口弘美)⑨約束⑩あゝ声なき友(今井正)
◎松田政男氏の選出
①天使の恍惚(若松孝二)②夏の妹(大島渚)③アジアはひとつ④濡れた標的(澤田幸広)⑤さそり(伊藤俊也)⑥叛軍No.4(岩佐寿弥)⑦岩山に鉄塔ができた(小川紳介)⑧旅の重さ⑨人生劇場(加藤泰)⑩空、見たか(田辺泰志)
◎寸評
前年に続き、山田氏は山田洋次作品を上位に置く。一方、松田氏も政治的としか思えない選出である。この年は僕は『旅の重さ』がベストなんだけど、それはまさに高校生の映画だったから。作品的には『忍ぶ川』『軍旗はためく下に』は落とせない。と同時に日活ロマンポルノで作られた『一条さゆり・濡れた欲情』という傑作を入れないわけにもいかない。松田氏も大島渚『夏の妹』のような失敗作ではなく、なんでロマンポルノに入れなかったのか。それこそ見てなかったのかもしれない。山田氏は「お上品」な映画ばかりで、日活ロマンポルノには入れないんだということは、僕にも判ってきた。
何でこんな記事を書いたかというと、要するに僕は映画(と小説)を通して、世界の多様性に触れたのである。それから今に至るも、ずっと多様であることを大切にしてきた。二人の投票だけで見てはいけないかもしれないが、とても共産党にも新左翼にも納得できないという気がしたのである。その後、共産党系の先生には何人も接したが、「寅さんしか日本映画では見るべきものはない」みたいなことを言う人が多かった。僕も寅さん映画が好きだったし、寅さん以外の山田洋次映画の魅力も評価している。特に『学校』は定時制高校生にもっとも受けた映画で、良く授業に利用させて貰った。だけど、同時代に作られていた『仁義なき戦い』シリーズや日活ロマンポルノも間違いなく面白かったし、映画としての完成度も高かった。「複眼」で世界を見る大切さを自然と映画体験から教えられたと思う。