尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』、イランの恐るべき連続殺人を追う

2023年05月05日 22時10分44秒 |  〃  (新作外国映画)
 連休期間はどこも混雑で、人が多そうな映画に行く気がしない。そんな中で多分満員じゃないだろう映画を見に行った。思ったより入っていたけど、『聖地には蜘蛛が巣を張る』は最近見た中で一番恐ろしい映画だった。連続殺人を扱うが、ミステリーでもホラーでもない。そういう要素もあるが、基本は現代イランの恐るべき闇を暴き出す映画である。真相を追究する女性ジャーナリストを演じたザーラ・アミール・エブラヒミの身を張った活躍が素晴らしく、2022年カンヌ映画祭女優賞を受けた。

 イラン北東部マシュハドは人口300万もあり、首都テヘランに次ぐイラン第2の大都市である。ここはシーア派(12イマーム派)の第8代イマーム、アリー・アッ・リダーが殉教した地で、大きな墓廟に巡礼する人が絶えない。宗教的聖地としてイラン国内でも保守派が多い町として知られているという。そんな町で、2001年に娼婦ばかり16人が続けて殺される事件が起こった。犯人は「蜘蛛(くも)」を名乗って新聞社に電話して犯行を知らせていた。事件は「町を浄化する」ためだというのである。この実際の事件をモデルにした映画だが、イラン当局に認められずマシュハドでの撮影が出来ず、ヨルダンで撮影とクレジットされていた。
(マシュハドの位置)
 事件がなかなか解決しないことを疑問に思って、テヘランから女性記者ラヒミザーラ・アミール・エブラヒミ)がやってくる。予約してあったにも関わらず、ホテルでは女性一人の宿泊に難色を示す。ジャーナリストの身分証を示して、ようやく部屋に案内された。テヘランではセクハラ、パワハラを受け、逃れるようにこの事件の取材にやってきたのである。警察当局や聖職者に会いに行き、何故犯人が捕まらないのか、当局はちゃんと捜査しているのかと追求する。ラヒミが時と所によって、スカーフの被り方を微妙に変えるのも見どころだ。「道徳警察」がある国だから注意がいるのである。
(ラヒミ)
 「犯人当て」的な意味では、途中で犯人側の描写に変わるので「コイツだったか」という感じで観客には判ることになる。彼はバイクで娼婦を拾い、自分の家まで連れてきてすぐに殺害していた。妻子があるのだが、時々実家に帰ることがあるらしく、一人になった時に犯行に及んでいる。ラヒミは取材を重ねて、広場の清掃員がバイクに乗る犯人を遠くから見たことがあると突きとめる。警察は彼に聞き込みしておらず、やはり徹底捜査はなされていないのだ。そこでラヒミは地元の記者と協力して、自らオトリになって犯人をあぶり出すことを決意する。厚化粧して広場に立つと、案の定バイクに乗って誘う男が現れた…。
(警察で取材するラヒミ)
 そこから相当恐ろしい展開になっていくが、先は書かないことにする。監督、脚本はイラン出身ながら北欧で活躍しているアリ・アッバシ(1981~)で、『ボーダー 二つの世界』(2018)がカンヌ映画祭「ある視点」部門グランプリを受賞した。日本でも公開され好評だったけど、僕はなんか気持ち悪い設定が好きになれず、ここでは書かなかった。今作はデンマーク、ドイツ、スウェーデン、フランスの合作映画で、デンマークから米国アカデミー賞の候補作に推薦された。監督は連続殺人の映画を作りたいわけではなく、「連続殺人が起きる社会」、その女性嫌悪(ミソジニー)を描くのが目的だったと言っている。
(アリ・アッバシ監督)
 殺人も恐ろしいが、その殺人犯を英雄と讃える社会はもっと恐ろしい。この映画はまさにその恐ろしさを実感させる映画で、犯人の若い息子には父を継げと言う人までたくさんいるのである。最近読んだ『記者襲撃』で、殺人を何とも思わない「正義感」あふれる右翼を読んだばかりである。この映画の犯人も「麻薬中毒の売春婦」を神に命じられて排除しているという意識なのである。主人公を演じたザーラ・アミール・エブラヒミは、元婚約者から性的な映像をネットに流される事件があってイラン芸能界から事実上追放されたという。現在はフランスを中心に活動していて、今回の演技は自身の経験から来る鬱憤を晴らすかのような熱演である。イラン映画では見ることが出来ないイランの闇を追求した勇気ある映画で、見応えがあった。
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