2月7日公開の映画『ファーストキス 1ST KISS』はひと月経っても大ヒット中。ヒット映画はそのうち見れば良いと思って見逃すことがある。見てもガッカリだと書かないこともあるけど、『ウィキッド』の前にこっちを見ようかと思って大正解。坂元裕二はさすがカンヌ映画祭受賞脚本家である。松村北斗も『夜明けのすべて』でキネマ旬報主演男優賞を取ったのは間違いではなかった。そして塚原あゆ子監督も日本アカデミー賞優秀監督賞受賞にふさわしい見事な演出。それにしても塚原あゆ子監督は昨年来『ラストマイル』『グランメゾン★パリ』『ファーストキス』と三連続大ヒットはエンタメ映画界、女性監督史上の快挙だ。
映画の紹介をコピーすると、こんな話。「結婚して十五年目、事故で夫が死んだ。夫とは長く倦怠期で、不仲なままだった。残された妻は第二の人生を歩もうとしていた矢先、タイムトラベルする術を手に入れる。戻った過去には、彼女と出会う直前の夫の姿があった。出会った頃の若き日の夫を見て、彼女は思う。わたしはやっぱりこの人のことが好きだった。夫に再会した彼女はもう一度彼と恋に落ちる。そして思う。十五年後事故死してしまう彼を救わなくては――。」
もう少しだけ書いておくと、夫は硯駈(すずり・かける=松村北斗)で、妻は硯(旧姓高畠)カンナ(松たか子)。二人はもううまく行ってなく、寝室も別なら朝食まで別(夫はご飯、妻はパンを別の机で食べている)。ついに離婚届にサインして今日提出すると言って夫は仕事に出かけた。そして駅のホームからベビーカーが落ちたとき、助けようとして線路に飛び降り自分だけ轢かれて死んだ。彼の死は日本中に感動を与え、全国から手紙が殺到した。2024年6月のことである。
カンナはある日、仕事場に向かう途中で首都高で事故を避けようとして、違う車線に入り込む。そこを通っていくと異界に通じて、2009年に夫と知り合った日に戻ってしまった。首都高と言っても三宅坂トンネルで、トンネル(みたいなところ)を抜けると違う世界というのはよくある設定だ。だけど、タイムトラベルなんてあり得ないわけで、この設定面白そうですか? 何だかありふれたファンタジーっぽくて、期待薄に思うかもしれない。というか、僕も見る前はそう思っていたんだけど、この脚本は素晴らしく面白い。そして松たか子と松村北斗のコンビは、他の誰でも不可能なような奇跡を実現している。
カンナは若い夫に再び恋して、何とか「死なない未来」に改変出来ないか何度も過去と現在を行き来する。そこは学界を控えたリゾートホテルで、風景も素晴らしい。そして評判のかき氷を食べに行ったり、ロープウェーに乗りに行ったりする。(北八ヶ岳ロープウェーだという。)駈は古生物研究者で、教授(リリー・フランキー)の助手で来ている。教授の娘(吉岡里帆)も来ていて、駈に気がありそうだ。どうすればよいのか? ついに自分じゃなくて教授の娘と結婚させれば良いのかとまで思うが。この何度も何度も過去に戻って、現実改変の反復を試みるところが、コミカルで面白い。近年出色のラブコメの傑作。
夏の避暑地で繰り広げられる至極のラブストーリー。一面から見るとそういう映画だけど、ベースは「タイムトラベル」ものだから、ジャンル映画のルールは変えられない。「あの日に帰りたい」というのは、多くの人々の思いである。皆が皆、「若い日のあの頃」に戻りたいと思ったことがあるはず。子どもを亡くしたとか、悔いを残す人はなおさら。2011年3月10日とか、1945年8月5日とかに戻れたら多くの命を救えるかも…。そういう願望に基づく多くの小説、映画などが作られてきた。しかし、どんな「物語」でも何らかの障害が起こって「現実は変えられない」という結末に至ることになっているのである。
だけど、この映画が感動的なのは、駈は死んだけど「自分は生きている」からである。現実世界はいくつもの違った世界が層になっていてミルフィーユみたいになっている。登場人物がそういうセリフを言っている。それが事実かどうか別にして、自分が変わることによって、これからの世界は変えていける。泣いて笑って、最後にそういうメッセージを貰える。エンタメ映画のお手本じゃないか。何と言っても脚本の世界観が素晴らしく、主演の二人も最高。松たか子の「美魔女」ぶりは見事。それに加えて、撮影の四宮秀俊も特記しておきたい。『ドライブ・マイ・カー』『敵』の撮影を担当した人である。
この映画の主要な舞台となったホテルはどこだろうか? 日光じゃないようだから、北軽井沢あたりかなと思ったら、富士山が見えたので違った。クレジットを見て山梨県の「フルーツパーク富士屋ホテル」だと判った。ロケ地を調べたサイトがあって、その他知りたい人は調べれば出てくる。「出会い」と「結婚」に関する金言名句も散りばめられていて、カップルで見てた人は泣いてる感じ。この映画はきっと他国でリメイクされるんじゃないだろうか。韓国やタイ、そしてハリウッド版を見てみたい気がする。
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