『風よ あらしよ 劇場版』という映画が一部映画館で上映されている。大々的な公開じゃないので、知らない人が多いと思う。でもこれは女性解放運動家の伊藤野枝の生涯を描く初めての映画なのである。大々的な公開じゃないのは、これが「劇場版」だからだろう。もともとは直木賞作家村山由佳の小説『風よ あらしよ』(2020)が原作で、テレビドラマ化されて2022年3月31日にNHK BS8Kで放送された。そして9月にNHK BSプレミアムとNHK BS4Kの「プレミアムドラマ」枠でも放送された。このデータはWikipediaに出ていたものだが、BSにもそんなにいろいろあるんだ。
伊藤野枝(1895~1923)は地元福岡県で無理やり結婚させられそうになり、なんとか家出して東京へ行く。上野高等女学校で学び、英語教員の辻潤(1884~1944)から女性だけで作った雑誌『青鞜』(せいとう)が発刊されたことを知る。そして、青鞜社の主宰・平塚雷鳥(1886~1971)を訪ねて同志となる。また辻と同棲するが、辻は責任を取るとして学校を辞任した。二人はその後結婚し、子どもも生まれる。しかし、辻は正業に就かず、野枝は女性運動に奔走し、家庭はイザコザが絶えなくなる。これは社会運動史に関心がある人には非常に有名なエピソードで、正直言うと全部知っていた話である。
(辻潤)
だけどよく考えたら今まで伊藤野枝の生涯を描く映画はなかった。吉田喜重監督の『エロス+虐殺』や深作欣二監督『華の乱』はあった。伊藤野枝の娘を描くドキュメンタリー映画である藤原智子監督『ルイズ』も作られた。また宮本研の『美しきものの伝説』や『ブルーストッキングの女たち』という戯曲は今も時々上演される。だがそれらは伊藤野枝が主人公ではない。まあ周囲の人物が面白すぎるから、群像劇にする方が興味深くなる。でも伊藤野枝のドラマティックな人生だって映像化されて良い。
(大杉と伊藤野枝)
そして野枝はやがて無政府主義者の大杉栄(1886~1923)と知り合い、惹かれていく。夫の辻潤は社会問題に無関心で、正義感の強い野枝には物足りない。ついに二人は別れ、野枝は大杉のもとへと奔る。ところが「自由恋愛」を唱える大杉には、妻の保子に加え、新聞記者の神近市子という愛人もいたのだった。その(男から見た)「理想」生活は、神近市子が大杉を襲って傷を負わせた「日蔭茶屋事件」(1916年)で破綻した。事件後は大杉は野枝と共同生活を送り、二人の間には5人の子が生まれた。しかし、大杉と野枝は1923年の関東大震災後に憲兵隊によって虐殺されてしまう。
(大杉をめぐる女たち)
キャストを見ると、伊藤野枝は吉高由里子、大杉栄は永山瑛太である。下の写真を見ると、かなり似ているんじゃないかと思う。まあ「そっくりさん」ショーを望んでいるわけじゃないが。辻潤は稲垣吾郎、平塚雷鳥は松下奈緒、神近市子が美波といったあたり。瑛太はこの後で、映画『福田村事件』でも虐殺されてしまうのはご苦労様である。演出の柳川強は、朝ドラを5本担当していて吉高由里子主演の『花子とアン』もその中にある。NHKスペシャル『最後の戦犯』『気骨の判決』など重要な作品を幾つも生み出してきた。脚本の矢島弘一ともども、中島京子原作の『やさしい猫』を担当した人でもある。
(伊藤野枝)(大杉栄)
正直言うと僕はドラマとしてはサラッとし過ぎで、伊藤野枝がよく描かれすぎている気がした。野枝と辻潤の間には、もうひとり里子に出した子どもがいるが、全然出て来ないのもどうなのか。野枝が雷鳥から青鞜社を譲り受けるシーンも出来過ぎっぽいし、劇中の野枝は大理論家みたいに見える。殺された時点でまだ28歳の野枝は、運動家としても理論家としても未成熟だった。なお野枝は足尾鉱毒事件を全然知らないという。よくよく考えてみると川俣事件(被害民が東京へ押し出しを試みて警官隊と衝突した事件)は1900年、田中正造が明治天皇に「直訴」したのは1901年である。伊藤野枝はまだ幼少期で、遠い九州に住んでいたから知るはずがないのだ。なんだか僕らからすると明治大正期が皆一直線に見えてしまうけど。
伊藤野枝(1895~1923)は地元福岡県で無理やり結婚させられそうになり、なんとか家出して東京へ行く。上野高等女学校で学び、英語教員の辻潤(1884~1944)から女性だけで作った雑誌『青鞜』(せいとう)が発刊されたことを知る。そして、青鞜社の主宰・平塚雷鳥(1886~1971)を訪ねて同志となる。また辻と同棲するが、辻は責任を取るとして学校を辞任した。二人はその後結婚し、子どもも生まれる。しかし、辻は正業に就かず、野枝は女性運動に奔走し、家庭はイザコザが絶えなくなる。これは社会運動史に関心がある人には非常に有名なエピソードで、正直言うと全部知っていた話である。
(辻潤)
だけどよく考えたら今まで伊藤野枝の生涯を描く映画はなかった。吉田喜重監督の『エロス+虐殺』や深作欣二監督『華の乱』はあった。伊藤野枝の娘を描くドキュメンタリー映画である藤原智子監督『ルイズ』も作られた。また宮本研の『美しきものの伝説』や『ブルーストッキングの女たち』という戯曲は今も時々上演される。だがそれらは伊藤野枝が主人公ではない。まあ周囲の人物が面白すぎるから、群像劇にする方が興味深くなる。でも伊藤野枝のドラマティックな人生だって映像化されて良い。
(大杉と伊藤野枝)
そして野枝はやがて無政府主義者の大杉栄(1886~1923)と知り合い、惹かれていく。夫の辻潤は社会問題に無関心で、正義感の強い野枝には物足りない。ついに二人は別れ、野枝は大杉のもとへと奔る。ところが「自由恋愛」を唱える大杉には、妻の保子に加え、新聞記者の神近市子という愛人もいたのだった。その(男から見た)「理想」生活は、神近市子が大杉を襲って傷を負わせた「日蔭茶屋事件」(1916年)で破綻した。事件後は大杉は野枝と共同生活を送り、二人の間には5人の子が生まれた。しかし、大杉と野枝は1923年の関東大震災後に憲兵隊によって虐殺されてしまう。
(大杉をめぐる女たち)
キャストを見ると、伊藤野枝は吉高由里子、大杉栄は永山瑛太である。下の写真を見ると、かなり似ているんじゃないかと思う。まあ「そっくりさん」ショーを望んでいるわけじゃないが。辻潤は稲垣吾郎、平塚雷鳥は松下奈緒、神近市子が美波といったあたり。瑛太はこの後で、映画『福田村事件』でも虐殺されてしまうのはご苦労様である。演出の柳川強は、朝ドラを5本担当していて吉高由里子主演の『花子とアン』もその中にある。NHKスペシャル『最後の戦犯』『気骨の判決』など重要な作品を幾つも生み出してきた。脚本の矢島弘一ともども、中島京子原作の『やさしい猫』を担当した人でもある。
(伊藤野枝)(大杉栄)
正直言うと僕はドラマとしてはサラッとし過ぎで、伊藤野枝がよく描かれすぎている気がした。野枝と辻潤の間には、もうひとり里子に出した子どもがいるが、全然出て来ないのもどうなのか。野枝が雷鳥から青鞜社を譲り受けるシーンも出来過ぎっぽいし、劇中の野枝は大理論家みたいに見える。殺された時点でまだ28歳の野枝は、運動家としても理論家としても未成熟だった。なお野枝は足尾鉱毒事件を全然知らないという。よくよく考えてみると川俣事件(被害民が東京へ押し出しを試みて警官隊と衝突した事件)は1900年、田中正造が明治天皇に「直訴」したのは1901年である。伊藤野枝はまだ幼少期で、遠い九州に住んでいたから知るはずがないのだ。なんだか僕らからすると明治大正期が皆一直線に見えてしまうけど。
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