尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

習近平とプーチンを利した「ペロシ訪台」

2022年08月06日 22時24分15秒 |  〃  (国際問題)
 アメリカのナンシー・ペロシ下院議長がアジア歴訪の途中で台湾に立ち寄ったことに、中国が激しく反発し台湾を取り囲むように中国海軍の大演習を行い、日本の排他的経済水域にもミサイルが着弾する事態になっている。(7日までの予定。)この問題をどう考えるべきだろうか。僕ははっきり言えば、ペロシ氏は訪問を自重するべきだったと思う。どうしてもペロシ氏の個人的動機が大きい訪問だと思う。もともと政府高官ではなく、議員外交である。今必ずしも台湾を訪問しなければならない理由はないだろう。
(ペロシ議長と蔡英文総統)
 もちろん「議員外交」なんだから、中国が大騒ぎするのもおかしいわけだ。日本でも昔、中国(国交樹立前)との関係は議員を中心に行われた。北朝鮮とも「金丸訪朝団」のように、与野党の国会議員が訪問したことがある。功罪はともかく、議員の立場で「国交のない国」と交流するのは意味があることだ。「三権分立」なんだから、行政のトップ(アメリカ大統領)が国会のトップの行動を決める権限はない。ペロシ議長が行きたければ、行く権利はあるとしか言えない。

 しかし、この理屈は中国には通じない。中国は一応国家的組織としては三権に分かれるけれど、共産党が指導することが憲法で定められた「一党独裁国家」である。外国留学者も多いし、「三権分立」という概念はもちろん知っているだろう。でも日本だって、本当の意味で「三権分立」と言えるのか疑問だ。世の中にはタテマエもあるけれど、実際の世界は「人治」で動くと思っていると思う。ペロシが共和党ならともかく、大統領と同じ民主党である。本気で止めれば行かなかったはずと中国は考えるだろう。

 ナンシー・ペロシ(1940~)は1987年にカリフォルニア第8区から下院議員に当選した。2007年1月から4年間、アメリカ初の女性の下院議長となった。その後、共和党優位が続いたが、2019年に民主党が勝利して再び就任した。(第60代、63代下院議長。)下院議長は副大統領(上院議長)に次ぐ大統領継承順位第2位にあたる。中国はそのこともあって、単なる議員外交だとはみなしていない。もっとも正副大統領が同じ飛行機に乗って移動したりしないから、実際には下院議長が大統領に昇格したことはない。

 ペロシはもう82歳である。63代議長に就任するときも高齢という議論があった。今まで議長に就任したときも、ブッシュ(子)、トランプの中間選挙の時だった。中間選挙は与党が敗北することが多く、今年秋の中間選挙もバイデン政権の支持率低迷から民主党敗北の可能性が高いとされている。仮に勝っても、年齢から新議会では交代だろう。そこで「ペロシの卒業旅行」として今回の東アジア訪問が計画された。そういう事情なんだから、訪問地に禍根を残して終わるような旅行は避けて欲しいと思うわけである。
(台湾を包囲する中国軍の演習)
 中国の習近平主席は直前にバイデン大統領との電話会談を行い、ペロシ訪台を止めるよう要請していた。最高首脳が直接折衝して無視されたとき、中国は厳しい対応をするものである。実際に台湾を取り囲むように軍事演習を行い、大陸から直接台湾を飛び越えるようにミサイルを発射した。今までやりたかった大規模演習を実施するきっかけをアメリカ側から作ったことになる。だからすぐに台湾を侵攻するというわけではないにせよ、なかなか出来ないことを今回やったのは中国軍にとって貴重だったのではないか。

 中国では夏に渤海に面した河北省の海浜リゾート北戴河に党首脳が集まって非公式の会議を行う。その北戴河会議が事実上、その後の中国共産党の人事を決めることになる。今回もまさに開催中とも言われるが、非公式のものなので期間は未発表になる。今年は当然のこと、秋に予定される共産党大会の人事が協議されるだろう。習近平三選が事実上決まっているとも言えるが、長老を中心にして独裁に反対する暗闘が繰り広げられているとの観測もある。
(北戴河)
 東京新聞6月29日掲載の加藤直人論説委員の「視点」は「独裁反対の長老らと暗闘か 習近平氏の暑い夏」と題されている。3月にネット上で朱鎔基元首相によるとされる「上申書」が出回ったという。朱氏によるものかは不明だが、ゼロコロナ政策を批判し、個人崇拝に反対しているという。一方で、5月には党中央弁公庁が引退した幹部に党の規律順守を求める意見書を出した。今まで党トップ2期目になると、事実上後継含みの幹部が党中央政治局常務委員会に昇格してきた。5年前は選ばれていないので、習近平三選は疑えないが四選はないだろう。李克強首相は来年の全人代で引退する予定だから、次の首相を誰にするか。次期国家主席をどうするか。党上層部で様々な動きがあるのは間違いない。
 
 しかし、今回のペロシ訪台で事情は大分変わったのではないか。「今は党内でもめている場合ではない」ということで、人事は習近平の思うとおりになるに違いない。軍事演習は「大成功」と総括され、ますます軍事力による解決に頼ることになる。コロナ政策をどうするかなどを科学的に検証することはないだろう。カンボジアで開かれていた東アジア首脳会議参加国の外相会議では、日本の林芳正外相の演説時に中国の王毅外相、ロシアのラブロフ外相が退席した。アメリカとしては、ウクライナをめぐってロシアと対立している今、中国とロシアを近づけてしまうのは愚策としか言いようがない。

 ペロシ議長が実はそれを目的としていたということはないだろう。ペロシ氏はもともと反中国で知られた人だという。民主主義の原則に基づき、大統領から止められても、あえて行くことこそ三権分立を世界に示す好機だと思ったのだろう。中国共産党に「民主主義」を教えてやる的な意識があったのかもしれない。「リベラル派」の中には、このような「原則順守原理主義者」のような人が結構いる。ペロシ氏はもともと外交以外でも、原則的主張を曲げない人だったらしい。国内的にはそれでもいいけど、外交は自国と違う原則を持つ国家が相手である。良いと思ったことが逆効果になることもある。今回の訪台はウクライナ戦争中に、中ロの絆を深めてしまうという逆効果の典型例になった気がする。
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