斎藤隆夫さんの絵がなんとなく気になっていたら、図書館の棚で、「こどものとも」の
バックナンバーのカゴで、次々と斎藤さんの絵本が目に留まりました。中でも私がとても
気になったのがこの絵本です。
『月にあいにいったアギサ』
こどものとも(478号)1996年1月号
パプア・ニューギニアの民話
伊藤比呂美 文 斎藤隆夫 絵
真ん中に大きな月が出ているのも、パプア・ニューギニアのお話だということも、
(おそらく主人公の名前であろう)アギサも、とっても気になりました。が、それにも増して、
テキストを伊藤比呂美さんが書いているということと、「月に会いに行く」という表現、そして、
よくよく見れば、外国の昔話や民話によくある【再話】ではなく、文=伊藤比呂美 と
なっていることが、ひどく私を惹きつけました。
伊藤比呂美さんは、詩人であり、小説家であり育児関係の本のエッセイでも、よく知られて
いると思います。私も伊藤さんの本といえば、 『よいおっぱい悪いおっぱい』から始まり、
『おなか ほっぺ おしり』など、一連の育児エッセイを図書館で借りて読みました。
伊藤さんの、噴出すままに書き連ねていくような文章は、たまっていくばかりの自分の気持ちをも
代弁してくれているようで、小気味よさを感じていました。
エッセイを読んでしまってからは、詩の本も借りて読み‥そして6,7年前、 『ラニーニャ』
という小説で、伊藤さんが離婚をし、カリフォルニアで新しい生活を始めたことを知り、
とてもとても驚きました。
まあ、こんな感じで、伊藤比呂美さんにある種の「思い入れ」みたいなものがあるので、
この『月にあいにいったアギサ』が、伊藤さんの初めての絵本の仕事と書いてあれば、
尚更私の関心度合いも深くなるというわけなんです。
折込ふろく「絵本のたのしみ」の中で、伊藤さんは、ベルリンのダーレム博物館の
ポリネシアコーナーでのことを、こんなふうに話しています。
目の前に、大きな、帆を張った木の舟が浮かびあがりました。それも、何艘も。
おもわず涙が出ました。ああいう舟に乗って日本にやってきた記憶を思い出した
もんですから。いえ、何千年かむかしのはなしです。(中略)たしか、ハチの針や
ヘビの歯のささったカヌーや、大きな古びたイリモの木も、展示されていたような
気がします。
この時の印象が残っていたのでしょう‥お話の前半は、アギサがスズメバチやミツバチ、
シロヘビのくにを通り抜ける際に、カヌーをひっくりかえして、その下に隠れて身を守っています。
そもそも、なぜ、アギサがそんな危険な「くに」を通ってまで、月に会いに行こうとしたかといえば‥
むかし、ひとびとは、月のしょうたいを しらなかった。
月が だれで、どこに すんでいるのか、みんなが
いろんなことを いいあって、けんかになる。
だから アギサが カヌーを つくり、「月に あいにいってくる」といって、
ほそい月の でているほうへ、こいでいった。
この始まりの数行は、とても見事です。たったこれだけも文章で、話の中心に、まっすぐに
入って行くことができますし、パプア・ニューギニアの人たちが月を擬人化どころではなく、
自分たちと同じように生きているものと思っていることがよくわかります。
月に あいにいってくる
とっても新鮮で、なんだか心がざわっとする言葉です。
スズメバチ等のアクシデントを乗り切って、アギサはついに、大きなイリモの木の下に
辿り着きます。
そこにはとしとったひとが居て、夜明け前に起きれば月に会えるだろうと、教えてくれます。
しかし、くたくたに疲れていたアギサは、目を覚ますことができません。
3日後に、今度はちいさいこどもがやってきて「ゆうがたには 月に あえるよ」
細い月が空に出ているのに、アギサはついうとうとしてしまいました。
それからまた10日後。ふとったひとがやってきて「月は きっと ここにくる。イリモの
きに のぼって、そらへ とんでいくから」
今度こそはとしっかり見ていたアギサは、月の正体を知りました。
アギサは わかった。
「おれは ずっと 月と はなしていたんだ。
ちいさいこどもも、ふとったひとも、としとったひとも、みんな月なんだ」
うれしくて、あんしんして、このよる、アギサは ぐっすり ねむった。
月の正体をアギサが知り、安心して家路に着いて、お話は終わり‥となるところですが、
ここで、もう一つとってもいいなあと思ったのは‥次の日もまたふとったひとがやってきて、
こんな会話をアギサと交わすのです。
「月に あえたかい」
「あえたとも」アギサは わらいながら こたえた。
「あんたが 月で、ここが 月のすみかだ。
ありがとう。しりたいことが、やっと わかった」
このところ毎晩空は曇っていて、星ひとつ見えませんが、次に満月を見たときには、
私はまちがいなくふとったひとを思い出し、月のひと たちのことを想うと思います。
最後になりましたが。斎藤隆夫さんにとって、この絵本は3作目にあたるそうです。
斎藤さんの絵独特の「首の角度(傾け方)」が、とてもいいアクセントになっていて、
大好きです。