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絵本の話を中心に、好きなもの、想うことなど。

二本のアカシア・一対の物語

2009-06-02 16:20:41 | 好きな絵本
樹齢400年のアカシアが、パリには2本あるという。
(400年前といったら、フランス革命よりもさらに1世紀以上もむかし‥)

そのうちの1本があるパリの植物園に、画家のいせひでこさんが、足繫く通って
出来上がったのがこの絵本。

大きな木のような人
      いせひでこ 作



植物園の中にある研究室に通うわたしと、夏の間のパリ滞在中に
毎日そこを訪れていた女の子、さえらの交流と、植物が(あまりにも)
美しく描かれた絵本です。

1回目を読み終わってすぐに思ったのは、「大きな木のような人」とは誰のことなんだろう? 
誰を指しているのだろう?ということでした。

絵が好きな、いたずらっ子だったさえらに、植物をじっくり観る楽しみを教えた
わたし(植物学者)のことなのかもしれないと思いましたが、でもなんだかしっくりときませんでした。

人はみな心の中に、一本の木をもっている。

序盤に出てくるこの文章は、話全体のキーになっていると思うのですが、
大きな木のような人とは、その心の中の一本の木が育つ糧(土や水や空気のような)を
与えてくれた人、あるいは、種を植えてくれた人のことなのかとか、いろいろ思ってみたりもしました。


400歳のアカシアのもう1本の話は、『ルリユールおじさん』だと知っていたので、
今朝、久しぶりにその絵本を開き読んでみました。

大きな木のような人』がみどりの本だとしたら、『ルリユールおじさん』は青の絵本‥
ソフィーがきている服の色から、パリの建物、街角、アカシアの木まで、美しい青色です。

読んでみて、ソフィーにとっての大きな木のような人は、大切な植物の本に
彼女だけの表紙をつけて直してくれた「ルリユールおじさん」だということがわかったし、
ルリユールおじさんにとっての大きな木は、彼にルリユールの技術を教えてくれた
彼の父であることがわかりました。

いつでもスケッチブックを携えていたさえらにとっては、植物学者のわたしがそう
かもしれないし、これから彼女が出会う別の誰かかもしれません。
(私は、別の誰か‥絵描きさんとか‥のような気がしていますが)
植物学者のわたしにも、心の中の一本の木となる出会いが、かつてあったはずだし、
もっと言えば、作者である伊勢英子さんも、ご自分の心の中の木を見ながら
この話を描いていったのでは、と思います。


大人になったソフィーが、植物園で働いている姿を『大きな木の~』中に見つけたときは
ソフィーを知っている人ならだれでも、ああやっぱりと思い、再会できたことを
嬉しく思ったことでしょう。

さえらは、どうでしょう。さえらはどんな人に成長するでしょうね?

黒い服に赤いバッグが印象的なさえら(同じ音のフランス語では、あちこちという意味だそうです)、
ひまわりが好きで、絵を描くのが大好きなさえら、パリの植物園のあちこちにスケッチブックを
離さず、通い続けたさえらは、伊勢英子さんが、「小さくなって」絵本の中に
入りこんだ姿なのでは?と、私は思いました。(ちょっとコナン的ですが・笑)


パリにある2本のアカシアを描いた、2冊の絵本。
別々の物語のように見えて、一対のものがたりなのかもしれません。

別々の毎日を生きているように見えて、実は、見えない糸があらゆるところで
交差していたり、心の成長の糧を、知らない誰かから得ている私たちの人生みたいに。

ルリユールおじさん
    いせひでこ 作








コメント (18)
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