水曜日だけ、50歳以上の夫婦は半額(といっても1人1000円)というので、女房と近所の映画館に、マイケル・ムーアの“シッコ”を見に行ってきた。
あまり人気がないらしく、1日1回だけの上映である。久しぶりの映画館で、一番驚いたことは、最近の映画はデジタル化(何のことか?)されているとかで、観客席の後ろのほうから映写機で上映するのではないらしい。背後で映写機の回るカラカラという音が聞こえ、館内のチリと埃を浮かび上がらせた光軸がスクリーンに向かっていてこそ映画館!だったのだが。
さて、映画は、アメリカ医療の貧困を描いた硬いものである。最初から、金がない貧しい白人が、パックリと開いて血のにじむ膝の傷口を、自分で裁縫用の針と糸で縫い合わせるシーンである。次が、作業中に回転する刃物で、手の指を2本切断してしまったが、中指の接合は600万円、薬指なら120万円といわれ、保険に入っていなかったために、薬指の接合しかできなかったという労働者・・。
アメリカは、国の医療保険制度がなく、民間の保険会社は掛け金を自腹で払える人しか加入できず、それすらも、いざ病気になって医療費を請求すると、古い既往症を申告していなかったとか、事前に救急車の使用について保険会社の承認を得ていない(!)などと難くせをつけては、支払いを拒絶するという、とんでもないシロモノ。
医療費が払えないので、国境を越えてカナダに入国して、カナダ人の内縁の妻になりすまして、カナダの医療を無料で受けている女性、フランスに滞在しているうちにフランスの医療をはじめとする社会保障制度に魅せられて、永住しているパリのアメリカ人なども登場する。まさに、“医療難民”である。
マイケル・ムーアは、貧困なアメリカ医療にあえぐ何人かを引き連れて、フロリダから遊覧船のような船でキューバに上陸してしまう。キューバでは医療費はただ。アメリカでは1万4400円もする呼吸器疾患の吸入剤が、キューバでは5セント、わずか6円という!しかも、このアメリカ人の患者は、9.11の救助作業をボランティアで務めているうちに罹患したというのに、アメリカ政府は正規の公務員にしか医療を提供していない。
彼は、アメリカと対比させて、カナダ、イギリス、フランス、キューバの医療を取材している。イギリスのNHS(国営の税金で運営される医療制度)の若い医師は、年収が年金込みで2100万円といっていたが、1億2000万円の3階建ての家に住み(ローンだが)、アウディA8(A4かも)に乗っていた。
フランスで、深夜でも往診をしてくれる医師は、なんと、日産のマーチ(マイクラ)に乗っていた! 真っ白のボディがほの暗いパリの夜景に映えて輝いていた。助手席に巨漢のマイケル・ムーアがちゃんと鎮座していた。マーチでも十分だなという気になった。キューバでは、医者になったチェ・ゲバラの娘が出てくる。
いずれにしても、アメリカに生まれなくてよかったとつくづく思う。しかし、日本の医療も、実は危ないのである。
本田宏『誰が日本の医療を殺すのか』(洋泉社新書y)を読むと、アホな厚労省の官僚たちは、日本の医療をアメリカ化しようとしているらしい(“シッコ”を見て来い!)。
この本によると、現在日本の医療費は、驚いたことに、G7諸国のなかで最低(対GDP比)、しかもその少ない医療費の半分は製薬会社や医療機器会社などに支払われ、医師や病院には残りの半分しか回っていない。医師が金持ちそうに見えるのは、自費診療でがっぽり稼いでいる美容整形医などが目立つからで、病院や勤務医の収入は大企業社員にも劣っているのだという。
医師数も、不足しているのは産科医、小児科医だけでなく、人口1000人あたりの医師数で、日本は1.98人(OECD諸国の平均は3.1人)、世界192ヶ国中63位だという。
それでも、公共投資には相変わらず、税金をたれ流しながら(例えば、高速道の緊急電話は原価40万円なのに、国は1台250万円を支払っているという!みんなが携帯を持っている時代にあんなものは不要である)、医療費はさらに削減しようとしている。
最近やたらと外資系の保険会社が、高齢者でも入れる医療保険を宣伝しているが、政府は高齢者はどんどん介護保険のほうに追いやって(療養型病床の削減)、医療を受けさせない方向に向かっている。いまさら医療保険に入ったって、いざ病気になっても、高齢者は医療なんか受けられない時代に向かっているのだ。
あんなにTVでCMを流せるというのは、要するに保険会社が儲かってるってことだろう。著者も言うように、ホントに“よ~く考えよう”。
(* 写真は、深夜のパリの街をフランス人医師が、助手席にマイケル・ムーアを座らせて往診に走っていた白いマーチ。マイケル・ムーア“シッコ(SiCKO)”のDVD(GAGAコミュニケーションズ)から。)