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【備忘録】「古都浪漫こころ寺巡り:赤山禅院」

2015-11-30 00:28:40 | tv

【備忘録】「古都浪漫こころ寺巡り:赤山禅院」

修学院 皇族などの離宮が多く並ぶ 比叡山を借景する離宮が多い

 

赤山禅院 神仏習合を色濃く残す寺院 お堂ではなく拝殿 神鏡が掛けられる 神に拝する前に心を整える


今回のお寺は赤山禅院(皇城表鬼門 比叡山延暦寺 赤山禅院)。神仏習合(Wikipedia)というのは、ザックリ言うと日本古来の神道と仏教が1つになった形ということ。拝殿(拝殿(はいでん)とは|コトバンク)というのは、ご神体を参拝する場所ということで、これは神道ということかな? 神鏡(Wikipedia)んはそんな意味があるのね?

 

本殿前に大きな2つの数珠をくぐる 全て拝観すると15分 願いが本当に必要なのか?考える時間


 

写真は1つ目の数珠かな? 2つ目は還念珠というらしいのだけど? この還念珠をくぐる際に、本当にその願いが必要なのかを考えるということだったような? 15分間でその考えをまとめるというようなことだったような? PCが強制的に再起動されてしまったため、iPhoneで投稿してたので、いつも以上に聞き書きできず

 

本尊は泰山府君=人の寿命を司る 日本で神仏習合 神仏習合させたのは慈覚大師円仁 15歳比叡山で最澄に師事 唐へ渡る 三武一宗の法事と呼ばれる仏教受難の時代 円仁に帰国命令 船が押し戻される→運命?→蜜入獄 命懸けで天台の教えを伝えたい 赤山大明神に誓い


泰山府君(Wikipedia)というのはザックリ言うと中国の神。日本で神仏習合し、十王(Wikipedia)のうちの太山王となる。神仏習合させたのは慈覚大師円仁(Wikipedia)。円仁が唐に渡った時、唐の主流は道教(Wikipedia)で仏教は受難の時代だった。tweetでは法事って書いちゃってるけど、正しくは三武一宗の法難(Wikipedia)。そのような背景もあり、円仁に帰国命令が出て、一度は船に乗るも押し戻されたことから、これを運命と受け止めて、命がけで密入国した。この時、赤山法華院で学んだことから、帰国後赤山法華院を建立することを誓ったということらしい。

 

9年半でマスター 仏典などを日本に持ち帰る 誓いどおり赤山法華院を建てた 懸仏には梵字のか=仏 泰山府君は神だが仏であるという意味


9年半で日本に帰って赤山法華院を建てたのはもちろん円仁。tweetちょっと分かりずらいけど、懸仏(懸(け)仏/掛(け)仏(カケボトケ)とは|コトバンク)に梵字(Wikipedia)の"カ"が書かれており、これは仏を表す文字だそうで、要するに泰山府君は仏でもあるという意味なのだそう。

 

十王の内の7番め 生まれ変わった際の性別を決める

 

十王も地蔵菩薩の化身と考える 様々な姿で表される=人々の悩みが多い


十王については前述のWikipediaを参照して頂くとして、要するに泰山府君は神仏習合して十王の7番目の太山王となり、その仕事は性別を決めるということらしい。十王の閻魔王を地蔵菩薩の化身とするのが主流だけど、赤山禅院では十王全てを化身と考えるそうで、十王が様々な姿で現されるということは、それだけ人々の悩みが多いことの表れではないか?ということだったような?←ちょっと怪しい

 

福禄寿=泰山府君 七福神は日本独特の考え方 布袋、寿老人、福禄寿は中国 毘沙門天、大黒天、弁財天はインドの神 恵比寿は日本の神 江戸時代に七福神詣りが流行った 都七福神詣りは日本最古の七福神めぐり

 

福禄寿のご真言 ソワカ=願いをかなえて下さい 福禄寿のご利益 幸福、高禄、? →泰山府君と同一視

 

七福神(Wikipedia)という考え方は日本独自のものなのね? 中国の神とインドの神、そして日本古来の神を合わせて七福神として祀り、それぞれをめぐる七福神詣でを考えちゃうところが日本的な気がする。変におおらかで合理的なところ(笑) 


福禄寿のご真言はもちろんもっと長いのだけど、そのしめくくりとして"ソワカ"と念じるのは、願いをかなえて欲しいという意味なのだそう! 福禄寿のご利益は幸福、高禄、長寿で"福禄寿"の文字が入っているのね? このご利益が同じなため泰山府君と同一視されたのではないか?とのこと。

  

都七福神めぐりは現在も行われているらしい! 京都観光ポータイルサイト -e京都ネット|都七福神めぐり

 

赤山禅院は皇室にも大きな意味 皇城表鬼門の寺 御所の鬼門=邪悪なものから守る寺 794年平安京は方角を重視して造られた 陰陽道に基づく 中国の陰陽五行をもとに、日本の天文学などを結び付けた 北と西=陰 南と東=陽 御所の鬼門に地獄の鬼も従える泰山府君を祀った


要するに赤山禅院は御所の鬼門に建てられたということで、それらは陰陽道(Wikipedia)に基づいた平安京によるものであるということ。地獄の鬼を従えるというのは、要するに泰山府君が太山王であるからってことだよね? 

 

泰山府君と共に猿を祀る 本殿の屋根の上にも去る 神=ネ+申 異変があれば猿が知らせる 比叡山の東 日吉大社にも猿 一番奥の鬼門 猿を祀り結界を張った

 

 

猿を祀った理由がネ+申で神となるからというのはおもしろい! 鬼門に猿を祀ることで結界(Wikipedia)を張っていたというのもおもしろい! お寺にはそういう役目もあるのね? お寺に行くと結界と感じるのはそのせいなのか?

 

 

山全体を境内とする比叡山延暦寺 その麓にある赤山禅院 本尊不動明王 お前立も不動明王 別名きらら不動尊 きらら=雲母 きらら坂、きらら橋、きらら寺跡など"きらら"が多い きらら寺は赤山禅院と同時代に建てられた 現在は不動堂となっている きらら寺の相応 千日回峰行始める


 

画像は不動堂。たしかここにきらら不動尊がおられるハズ。きららって書くとなんだかキラキラネームみたいだけど、雲母(Wikipedia)ということなのね?  要するに比叡山には"きらら"とつく場所が多いということで、きらら寺が重要ということ。相応(Wikipedia)というのは、きらら寺にいらした方で、苦行中の苦行と呼ばれる千日回峰行の祖。

 

千日回峰行 7年間で通算千日比叡山をめぐる "行ならずば、死あるのみ" 行を中断する場合は自刃する 回峰地獄 北嶺 大行満 大阿闍梨と呼ばれる 発心即答 全ての存在に仏を感じ歩き続ける 自利行と利他行 堂入り 堂入り前に大勢の僧と食事 生前葬 相応が開いたお堂に篭もる


 

堂入り後、赤山禅院が回峰行に加わる 利他行×→化他行○ 7年間で約4万キロ=地球一周分を踏破 大阿闍梨による供養


千日回峰行(千日回峰行|比叡山延暦寺 皇城裏鬼門 赤山禅院)については以前書いた気もするのだけど改めて書いておく。トータル7年に及ぶ苦行。1~3年目は1日30キロを100日、4~5年目は1日30キロを200日定められた260以上の箇所で経を唱えながら歩く。700日満行すると9日間断食、断水、不眠、不臥で不動真言を10万回唱え続ける堂入りを行う。6年目は1日60キロを100日。これを赤山苦行と呼ぶ。7年目は1日60キロを200日。前半は京都大廻りと呼ばれ84キロ。最後の100日は30キロを歩き満行となる。


千日回峰行は中断する者は自刃しなければならないと言われていたそうで、短刀を持って行う。満行すると北嶺 大行満 大阿闍梨と呼ばれるのだそう。堂入り前を自利行、堂入り後を化他行と言うのだったと思う。ちょっと区切りがあやしい・・・ 4年目以降だった気も? 要するに行の途中から意味が変わるということ。


7年間で回峰するのは約4万キロで地球一周分になるのだそう! これは本当にスゴイ!! しかも赤山禅院の住職はこの千日回峰行を満行した方がつかれるのね

 

実際に満行された大阿闍梨のお姿に感動して涙が止まらない


ということは、ご出演されていた大阿闍梨は赤山禅院のご住職なのかな? 2つ前のtweetの発心即答というのは、ご自身が千日回峰行を行えるか迷っていらした際に、ある大阿闍梨のこの言葉に触れ、決意されたということだった。意味は思い立った時点でそれが答えたというような意味だったと思う。


千日回峰行の説明の際、この大阿闍梨のお言葉や実際に行を行われた際の映像が流された。回峰されている時も感動したけれど、やはり堂入りから出てこられた際の映像を見た際には、ちょっと声を出して泣いてしまった。なんという神々しいお姿。穏やかな中にも強いものを感じるお姿とお言葉に涙が止まらなかった ありがたい。

 

古都浪漫こころ寺巡り:毎週日曜 22:00~@BSフジ

古都浪漫こころ寺巡り|BSフジ

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