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【art】「鏑木清方 幻の《築地明石町》特別公開」@東京国立近代美術館

2019-11-27 00:40:10 | art

【art】「鏑木清方 幻の《築地明石町》特別公開」@東京国立近代美術館

 

 

 

44年ぶりに発見された鏑木清方(Wikipedia)の「築地明石町」の特別公開を見に東京国立近代美術館に行ってきた! 鏑木清方は好きな絵師。絵画は洋の東西を問わず好きだけど、日本画の方が好み。繊細で大胆なところが好き。

 

東京国立近代美術館によると「築地明石町」は戦禍を免れ清方のもとに戻り、清方本人が仲介する形でしばしば展覧会に出品されていたけれど、1972年に清方が亡くなった翌年から3回にわたりサントリー美術館で開催された企画展を最後に、1975年から行方不明になっていたのだそう。


発見の経緯については、こちらの記事(44年ぶりに発見。鏑木清方の名作《築地明石町》など3作品を東京国立近代美術館が新収蔵、公開へ美術手帖)によりますと、東京国立近代美術館はずっと捜索を続けていたそうで、今年に入って個人所有者から画廊を通じて購入。また、同じく所在不明だった《新富町》《浜町河岸》もあわせて3点で5億4000万円で購入したのだそう。なんと個人で持ってたのか😲


ということで、今回も感想をTweetしておいたので、追記する形で記事として残しておく😌

 


いわゆる展覧会とは違い、常設展の企画展というイメージが近いのかな。3階の所蔵品ギャラリー第10室での展示。なので点数としては少ない。でも、当然ながら全て鏑木清方の作品で、初めて見る作品ばかりだったのでとても見応えがあった。点数が少ないこともありサラリと見れるからか、あまり混んでなかったので自分のペースで見ることができて良かった。

 

うっかり単眼鏡忘れてしまったけれど、ガラスケース内に収められているので若干距離があるし、着物の柄などとても細かく描かれているので、これは単眼鏡で見たかった💦 

 


画像が見つけられなかった😣💦 床の間に飾るサイズのお軸2つ。「弥生の節句」も「端午の節句」も支援者だった日本橋の織物問屋堀越勘治の長女と長男に贈ったもの。どちらも描き表装と呼ばれるもので、表装自体も一緒に描いてある。これは幕末から明治の江戸琳派(Wikipedia)で流行った手法なのだそう。鏑木清方が琳派の流れを汲んでいるのかは知らないのだけど、昔ながらの手法を用いたというのは興味深い。


「弥生の節句」はひな人形の"絵"と"表装"の間に5㎝幅程度に描かれた梅の花がかわいかった。「端午の節句」は左上から右下まで斜めにこいのぼりが描かれていて、これも雄大で素晴らしい。

 


鏑木清方「初冬の花」


今作のモデルは日本橋鶴藤家の芸者小菊。泉鏡花(Wikipedia)を囲む会で知り合ったのだそう。この会について詳しい説明はなかったけれど、泉鏡花を囲む会というのだから鏡花本人も出席したのかしら? 素敵な会が開催されたのね。この小菊は古風な立ち居振る舞いで目を引く女性だったそうで、清方は彼女に明治風の装いをさせたそうで、「新富町」と同じ縞の着物に黒の襟が描かれているとのこと。初冬の花というのは山茶花のことで、表装のへりに描かれている。


これは本当に日本女性の所作の美しさを描いていて好きだった。明治時代の旦那様はこんな風に迎えられていたのだとしたら、帰宅がとても楽しみだったことでしょう😌

 

 

「新富町」「浜町河岸」そして「築地明石町」 は三部作として描かれたそうで、思い出深い町の風情をモチーフに似つかわしい女性像を描いたのではないかとのことだった。

 

鏑木清方「新富町」

 

新富町は劇場を抱えた土地柄で花街でもあった。描かれているのは新富芸者。縞の着物に小紋の羽織を重ねているのだけど、チラリと覗く袖口の花柄が素敵✨ 背景に描かれている建物は新富座で、清方が生まれた年に新築され、ガス燈・絵看板・櫓のない建物が特徴の劇場だったけれど、関東大震災で被災し廃座となってしまったそうで、清方が本作を描いた時には既になかった。思いでの風景を粋な芸者と共に描いておきたかったということなのでしょうかね。

 

鏑木清方「浜町河岸」

 

日本橋浜町は明治末に6年間暮らした場所だそう。この女性は踊りの稽古帰りの町娘に声をかけてモデルになってもらったのだそう。浜町には踊りで有名な2代目藤間勘右衛門(Wikipedia)が住んでいたそうで、その辺りのことを描きたかったのではないかとのこと。


背景には隅田川が描かれており、対岸の左には深川安宅の火の見櫓、右には新大橋が描かれている。この新大橋は本郷龍岡町に引っ越した年に鉄橋になったそうなので、昔の風景を残したかったということなのでしょうかね。

 

歌川広重「大はしあたけの夕立」(参考資料)

 

っていうか、新大橋で深川安宅が見えるってことは、これはフィンセント・ファン・ゴッホ(Wikipedia)も模写したことでおなじみ、歌川広重(Wikipedia)の「大はしあたけの夕立」の橋だよね? しかも良く見ると「大はしあたけの夕立」にも火の見櫓が描かれてる!😲 その辺りのことも描きたかったのかな?🤔

 

町娘をモデルにしているということで「新富町」の芸者とは違う華やかさがある。袖も長いし帯も華やかでかわいい。踊りをしているから体幹がしっかりしていてポーズも美しい。

 

 

鏑木清方「築地明石町」

 

築地明石町は明治時代は外国人居留地だったのだそう。女性の脇の青い柵は、洋館が立っていることを象徴しているそうで、背景の帆舟のマストも異国情緒を表しているとのこと。女性はラシャメン(Wikipedia)じゃないかと言われ強く否定したのだそう。髪型は夜会巻もしくはイギリス巻と呼ばれるそうで、さらに指輪をしていることで、上流婦人として描いているのだそう。

 

江木ませ子

 

モデルは清方夫人の女学校時代の友人であった江木ませ子で、珍しくスケッチをしたとのこと。この方の写真も展示されていてたけど、とてもきれいな人。江木ませ子で検索すると、異母姉の江木欣々(Wikipedia)という人物が出て来るのだけど、号は欣々となっているから俳人なのかしら? この方も美人の誉れ高かったのだそう。


この着物、画像だと単色に見えるけれど、よく見ると小紋の着物でびっしりと柄が描き込まれている。これはどの作品の着物にも言えることで、とにかく細かく柄が描き込まれていた。そして、胸元と脇の辺りにチラリと見える赤が絵を引き締めている。こういうのが粋なんだね。臈長けた美しさというのはこの絵のような女性をいうのかしらね。


三人のタイプも境遇も違う女性を、それぞれの町に合わせて描くことで、日本の美も表現したかったのかなと思う。これは本当に美しくて匂い立つような、でもとっても清々しい美しさ。

 

 

鏑木清方「隅田河舟遊」

 

画像が見つからなかったので、自分が撮影してきた画像で説明。メインは3階の展示室なのだけど、4階の常設展にも1点展示がある。「隅田河舟遊」という六曲一双の屏風で、江戸時代の舟遊びを描いた文展出品作。屏風なので当然大きい。

 

 

右隻は女性たちの人形舞の宴を描いているそうで、これは華やかな美しさ。この女性たちがどういう人たちなのか説明がなかったのだけど、見る人が見たら髪型や着物などから判断できたりするんでしょうね。自分には全く分からない😢 でも、人形を使っている女性はかわいらしい人だな。

 

 

左隻は旗本の若侍と歌妓(コトバンク)が描かれているのだそう。歌妓の1人が右隻の女性たちの人形舞を見えている構図で、若侍は興味がないのか背を向けているのもおもしろい。これは迫力があって見応えのある作品だった。

 

4階の展示室は撮影禁止マークのない作品は撮影可能ってことで、今作も撮影できた。これはウレシイ。もしかしたら3階の展示もOKだったのかもしれないけれど、なんだか撮影してしまうのは気が引けてしまう清々しさが清方作品にはある。

 

 

Tweetにもあるとおり、当時人気の美人画の巨匠として"西の松園、東の清方"と呼ばれていたと聞いたことがある。洋の東西を問わず結構な数の絵画を見たと思う。美女を題材にした作品と言えばヨハネス・フェルメール(Wikipedia)の「真珠の耳飾の少女」やレオナルド・ダ・ヴィンチ(Wikipedia)の「モナ・リザ」も見た。でも、自分が一番好きな作品は上村松園(Wikipedia)の「娘深雪」なんだよね。なので、美人画の顔としては松園の方が好きなのだけど、清方の清々しさはやっぱり唯一無二。


上村松園「娘深雪」(参考資料)

 

東京国立近代美術館が所蔵したわけだから、これからも三部作が見られる機会はあるのかなと思うけれど、これは絶対見た方がいい! ホントに清々しい気持ちになるので。 

 

🎨鏑木清方 幻の《築地明石町》特別公開:2019年11月1日~12月15日 @東京国立近代美術館

鏑木清方 幻の《築地明石町》特別公開|東京国立近代美術館

 


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