「パワー・オブ・ザ・ドッグ」
1920年代のモンタナ州。牧場を弟のジョージと経営するフィルは、ジョージと未亡人のローズとの結婚に動揺し、ローズとその連れ子ピーターにつらく当たるが…
「ピアノ・レッスン」のジェーン・カンピオン監督久々の新作は、Netflix配信の西部劇。西部劇といってもカンピオン監督なので、もちろんドンパチ活劇ではありません。飛び交うのは銃弾ではなく、濃密で激しい愛と憎しみ!厳しくも美しい自然を背景に、複雑な人間ドラマが描かれていました。まず、主人公フィルとその弟ジョージの兄弟関係がどこか奇矯。その異様さで冒頭から掴みはOK!勇猛で聡明、牧場に君臨する王のようなカリスマな兄フィルと、朴訥で心優しく愚鈍なところもある弟ジョージ、正反対な人間性ながら兄弟愛は強く深く、互いに依存し合ってるような関係。うるわしい兄弟関係とは思えず、その息苦しさと薄気味悪さは不吉で不幸な予感を抱かせます。強い兄ちゃんのほうが弱い弟よりも依存度が高く、束縛してくるフィルをジョージは明らかに重いと思っていて、その不協和音が砂埃のように観る者の心にもたまります。
それでも保っていた平和な均衡が、ジョージの結婚によって崩れてしまい、そこから地獄がスタート。愛する弟を、貧しく不美人なコブつきの未亡人に盗られた!ショックと屈辱、そして怒りから兄ちゃん大魔人と化し、恐怖の弟嫁いびり!とはいえ、おしんや渡鬼みたいにわかりやすく壮絶ないびりではなく、嫌悪と軽蔑に満ちた氷のように冷たいいびりなんですよ。ほぼガン無視、たまに底意地の悪い言葉を投げつけたり、人前で恥をかかせたり。玉の輿どころか針のむしろ。あれじゃあローズじゃなくても心が壊れます。男の中の男なはずのフィルなのに、憎悪と嫉妬の質が女性的。そう、それこそこの映画の核の部分なのです。男らしさという鎧の下に隠された本当の自分…ああ、腐心がザワつく…
フィルの懊悩の炎にガソリンをぶっかけるのが、ローズの連れ子であるピーター。単細胞な荒れくれ野郎どもの世界に舞い降りた、見た目もキャラも妖精?宇宙人?な男の子。ひょろひょろした体、色白の肌、女の子のような顔と優しい物腰は、ものすごい異彩を放って面妖でもある。牧場の男たちからオカマ扱いされいじめられるピーターですが、オタオタオロオロしつつも怯えることなく動揺しないメンタルの強さ。ママを慰めるために可愛いウサギを捕まえたのかと思いきや、え!?なウサギの末路に衝撃。こいつタダもんじゃないなと、このあたりから観る者はピーターを警戒するようになります。
ピーターもいじめるフィルですが、ローズへのいじめと違い、フィルのピーターを追う目には明らかに妖しい想いが宿っています。フィルの秘密を偶然ピーターが知ってしまったことがきっかけとなり、二人は親しくなっていくのですが。だんだんとピーターのほうが優位に立つようになる関係の変化が、スリリングな心理戦のようでした。ピーターによって、今まで固く封印していた弱さや苦しみが解かれ、戸惑いながらも開放感を得られるのが心地よさそうなフィル、愛し愛されるという希望もピーターに対して抱き始める。それを優しく静かに受けとめるピーター。二人が距離を縮め親しくなっていく姿は微笑ましく、そのまま幸せなBLに発展…は、もちろんしません。
ラスト近く、真夜中の馬小屋で二人きり。ピーターの誘うような妖しさに魅入られたように引き込まれるフィルは、まさにヘビを前にしたカエルのようでした。やがて必然のように訪れる死、その衝撃の真実!怖っ!何という綿密で冷酷な抹殺でしょう。死に至るまでの伏線の回収や小道具の使い方など、サスペンスとしても脚本は優秀でした。それにしても。フィルがローズに対してあそこまで狭隘じゃなかったら。フィルがローズも受け入れてくれるよう、ピーターが忍耐強く努力してくれたら。タラレバせずにいられませんが、そんな結局みんないい人な雨降って地固まる的な話ではなく、戦慄のサイコサスペンスとして静かに幸せに幕を下ろしたのが、この映画の非凡さでしょうか。
フィル役のベネディクト・カンバーバッチが、これまでで最高の演技とインパクト!
頭脳明晰、そして性格が悪い、けど魅力的という役は、シャーロックをはじめバッチさんのオハコ。フィル役はその集大成ともいえるような役でした。常にエラソーな態度、ローズ母子をイビるイヤ~な奴なんだけど、不思議と不愉快じゃないんですよね~。ちょっとシニカルな笑いを誘うところは、イケズなシャーロックとかぶります。豪快ぶったマッチョ言動も、そこはかとなく滑稽だったり。鬼のような厳しい険しい表情、たまに狂気の深淵をのぞきこんでるような空虚な目つきがホラーですが、誰といても寂しそうな孤独の影が、傷つきやすい少年のようで胸キュン。特に印象的だったのは、ロープを作ってやるとピーターに申し出るシーン。まるで勇気を出して好きな子に告白してるみたいで可愛かった!馬を乗りこなす姿もカッコよかった。イギリス人なのにアメリカのカウボーイに自然になりきってました。とにかく荒々しくも超デリケートなバッチさんの、驚愕の全裸シーンなどまさに燃える役者魂の演技。こういう演技を堪能してしまうと、自分のことを“役者”と称している日本の俳優が恥ずかしくなります。来たるオスカーの候補は確実、受賞もありえる、いや、受賞すべき!
バッチさんも強烈でしたが、ピーター役のコディ・スミット・マクフィーもディープインパクト!見た目だけでもう出オチに近い。美青年とかイケメンとかとはちょっと違う、かなり不思議で不気味でもある顔。たまに昔の松じゅん+サカナくん、みたいに見えたのは私だけ?ナヨナヨしてるけど強靭な精神力、そして冷酷さを秘めた魔少年、優しいサイコパス役にぴったりな妖しい風貌です。彼の演技もオスカーに値します。ローズ役のキルスティン・ダンストの好演も讃えたい。初代スパイダーマンのMJ役とか、じゃがいもみたいな顔して美人扱い、美人振る舞いに納得できず、長らく苦手な女優だったのですが、すっかりおばさんとなり心が病んでアル中になってしまうみじめな女を演じた彼女は、いい女優になったな~と心から思わせてくれました。ジョージ役のジェシー・プレモンスとは、実生活でも夫婦とか。派手でチャラいイケメン俳優ではなく、実直で堅実そうなブサイク俳優を選んだところにも好感。
牧場の生活や仕事も興味深く、荒涼とした西部の自然も美しく撮られていました。「ピアノ・レッスン」もですが、ジェーン・カンピオン監督が描く男女の業は、残酷で醜悪で気持ち悪いんだけど、甘っちょろくて感傷的な映画よりも私は好きです。
↑まずはゴールデングローブ賞ノミネート達成!👏オスカーもウィル・スミスとの一騎打ちでしょうか。「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」のドクター・ストレンジも楽しみ(^^♪バッチさんにはコテコテのコメディに出てほしい!
1920年代のモンタナ州。牧場を弟のジョージと経営するフィルは、ジョージと未亡人のローズとの結婚に動揺し、ローズとその連れ子ピーターにつらく当たるが…
「ピアノ・レッスン」のジェーン・カンピオン監督久々の新作は、Netflix配信の西部劇。西部劇といってもカンピオン監督なので、もちろんドンパチ活劇ではありません。飛び交うのは銃弾ではなく、濃密で激しい愛と憎しみ!厳しくも美しい自然を背景に、複雑な人間ドラマが描かれていました。まず、主人公フィルとその弟ジョージの兄弟関係がどこか奇矯。その異様さで冒頭から掴みはOK!勇猛で聡明、牧場に君臨する王のようなカリスマな兄フィルと、朴訥で心優しく愚鈍なところもある弟ジョージ、正反対な人間性ながら兄弟愛は強く深く、互いに依存し合ってるような関係。うるわしい兄弟関係とは思えず、その息苦しさと薄気味悪さは不吉で不幸な予感を抱かせます。強い兄ちゃんのほうが弱い弟よりも依存度が高く、束縛してくるフィルをジョージは明らかに重いと思っていて、その不協和音が砂埃のように観る者の心にもたまります。
それでも保っていた平和な均衡が、ジョージの結婚によって崩れてしまい、そこから地獄がスタート。愛する弟を、貧しく不美人なコブつきの未亡人に盗られた!ショックと屈辱、そして怒りから兄ちゃん大魔人と化し、恐怖の弟嫁いびり!とはいえ、おしんや渡鬼みたいにわかりやすく壮絶ないびりではなく、嫌悪と軽蔑に満ちた氷のように冷たいいびりなんですよ。ほぼガン無視、たまに底意地の悪い言葉を投げつけたり、人前で恥をかかせたり。玉の輿どころか針のむしろ。あれじゃあローズじゃなくても心が壊れます。男の中の男なはずのフィルなのに、憎悪と嫉妬の質が女性的。そう、それこそこの映画の核の部分なのです。男らしさという鎧の下に隠された本当の自分…ああ、腐心がザワつく…
フィルの懊悩の炎にガソリンをぶっかけるのが、ローズの連れ子であるピーター。単細胞な荒れくれ野郎どもの世界に舞い降りた、見た目もキャラも妖精?宇宙人?な男の子。ひょろひょろした体、色白の肌、女の子のような顔と優しい物腰は、ものすごい異彩を放って面妖でもある。牧場の男たちからオカマ扱いされいじめられるピーターですが、オタオタオロオロしつつも怯えることなく動揺しないメンタルの強さ。ママを慰めるために可愛いウサギを捕まえたのかと思いきや、え!?なウサギの末路に衝撃。こいつタダもんじゃないなと、このあたりから観る者はピーターを警戒するようになります。
ピーターもいじめるフィルですが、ローズへのいじめと違い、フィルのピーターを追う目には明らかに妖しい想いが宿っています。フィルの秘密を偶然ピーターが知ってしまったことがきっかけとなり、二人は親しくなっていくのですが。だんだんとピーターのほうが優位に立つようになる関係の変化が、スリリングな心理戦のようでした。ピーターによって、今まで固く封印していた弱さや苦しみが解かれ、戸惑いながらも開放感を得られるのが心地よさそうなフィル、愛し愛されるという希望もピーターに対して抱き始める。それを優しく静かに受けとめるピーター。二人が距離を縮め親しくなっていく姿は微笑ましく、そのまま幸せなBLに発展…は、もちろんしません。
ラスト近く、真夜中の馬小屋で二人きり。ピーターの誘うような妖しさに魅入られたように引き込まれるフィルは、まさにヘビを前にしたカエルのようでした。やがて必然のように訪れる死、その衝撃の真実!怖っ!何という綿密で冷酷な抹殺でしょう。死に至るまでの伏線の回収や小道具の使い方など、サスペンスとしても脚本は優秀でした。それにしても。フィルがローズに対してあそこまで狭隘じゃなかったら。フィルがローズも受け入れてくれるよう、ピーターが忍耐強く努力してくれたら。タラレバせずにいられませんが、そんな結局みんないい人な雨降って地固まる的な話ではなく、戦慄のサイコサスペンスとして静かに幸せに幕を下ろしたのが、この映画の非凡さでしょうか。
フィル役のベネディクト・カンバーバッチが、これまでで最高の演技とインパクト!
頭脳明晰、そして性格が悪い、けど魅力的という役は、シャーロックをはじめバッチさんのオハコ。フィル役はその集大成ともいえるような役でした。常にエラソーな態度、ローズ母子をイビるイヤ~な奴なんだけど、不思議と不愉快じゃないんですよね~。ちょっとシニカルな笑いを誘うところは、イケズなシャーロックとかぶります。豪快ぶったマッチョ言動も、そこはかとなく滑稽だったり。鬼のような厳しい険しい表情、たまに狂気の深淵をのぞきこんでるような空虚な目つきがホラーですが、誰といても寂しそうな孤独の影が、傷つきやすい少年のようで胸キュン。特に印象的だったのは、ロープを作ってやるとピーターに申し出るシーン。まるで勇気を出して好きな子に告白してるみたいで可愛かった!馬を乗りこなす姿もカッコよかった。イギリス人なのにアメリカのカウボーイに自然になりきってました。とにかく荒々しくも超デリケートなバッチさんの、驚愕の全裸シーンなどまさに燃える役者魂の演技。こういう演技を堪能してしまうと、自分のことを“役者”と称している日本の俳優が恥ずかしくなります。来たるオスカーの候補は確実、受賞もありえる、いや、受賞すべき!
バッチさんも強烈でしたが、ピーター役のコディ・スミット・マクフィーもディープインパクト!見た目だけでもう出オチに近い。美青年とかイケメンとかとはちょっと違う、かなり不思議で不気味でもある顔。たまに昔の松じゅん+サカナくん、みたいに見えたのは私だけ?ナヨナヨしてるけど強靭な精神力、そして冷酷さを秘めた魔少年、優しいサイコパス役にぴったりな妖しい風貌です。彼の演技もオスカーに値します。ローズ役のキルスティン・ダンストの好演も讃えたい。初代スパイダーマンのMJ役とか、じゃがいもみたいな顔して美人扱い、美人振る舞いに納得できず、長らく苦手な女優だったのですが、すっかりおばさんとなり心が病んでアル中になってしまうみじめな女を演じた彼女は、いい女優になったな~と心から思わせてくれました。ジョージ役のジェシー・プレモンスとは、実生活でも夫婦とか。派手でチャラいイケメン俳優ではなく、実直で堅実そうなブサイク俳優を選んだところにも好感。
牧場の生活や仕事も興味深く、荒涼とした西部の自然も美しく撮られていました。「ピアノ・レッスン」もですが、ジェーン・カンピオン監督が描く男女の業は、残酷で醜悪で気持ち悪いんだけど、甘っちょろくて感傷的な映画よりも私は好きです。
↑まずはゴールデングローブ賞ノミネート達成!👏オスカーもウィル・スミスとの一騎打ちでしょうか。「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」のドクター・ストレンジも楽しみ(^^♪バッチさんにはコテコテのコメディに出てほしい!