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スティーヴン・スピルバーグ監督『リンカーン』

2014-03-14 09:35:00 | ノンジャンル
 スティーヴン・スピルバーグ監督・共同製作の'12年作品『リンカーン』をWOWOWシネマで見ました。
 “アメリカの民主主義の試みは、その初期の段階から、内部分裂の危機にさらされていた。その原因は奴隷制度の問題であった。『半ば奴隷、半ば自由』は、人民の政府に矛盾しないか? 奴隷制の南部と自由な北部との対立が激化し、南部11州が連邦から脱退。そして戦争になった”の字幕。
 泥の中での白兵戦。「ジェンキンズ・フェリーで南軍は、戦場によっては黒人捕虜を皆殺しにしたので、俺たちも捕虜を取らず、南軍兵を皆殺しにした」と前線でリンカーン(ダニエレウ・デイ=ルイス)に語る黒人兵は、南軍を千人殺したが、月給は白人兵より3ドルも少ないと訴えます。ゲティスバーグでのリンカーンの演説を口づさみながら前線に戻っていく黒人兵。
 “1865年1月”の字幕。リンカーンが大統領に再選してから2ヶ月、南北戦争は4年目を迎えていました。リンカーンは妻のメアリー(サリー・フィールド)に無気味な船の話をし、メアリーはそれは奴隷制度の廃止を意味する憲法の修正案を暗示しているのだと言います。眠る息子のタッドのそばには値段をつけられた奴隷の写真が置いてあります。ウィリー兄さんに会いたいと言うタッドに、彼は死んだと答えるリンカーン。
 下院での憲法の修正案の可決に20票足りないという国務長官に、来期は無職になる民主党議員に仕事を与えて20票を確保しろとリンカーンが命ずると、国務長官はその仕事をロビイストにさせることにします。土地を不法占拠されていることを直訴しに来た夫婦に、奴隷制の廃止に反対するかと聞くと、戦争が終わるなら賛成だと言い、戦争が先に終われば反対だと言います。戦争が終わる前に修正案を可決しようと急ぐリンカーン。共和党内から1人も離反者を出してはならないと、リンカーンは共和党の実力者ブレアを訪ね、協力を仰ぎます。
 戦争が先に終われば、修正案を各州に認めさせることができないので、2月1日には修正案を通すと言うリンカーン。そこへ大学から息子のロバートが帰り、入隊したいと言います。南部と繋がりの深い実力者ブレアはリンカーンに頼まれ、南部を訪問し、その結果、南部の使節団がやってきます。2ヶ月内に戦争を終わらせないと、街道が通行可能になり虐殺の春がやってくると言う国務長官。
 “中立地帯バージニア州ピーターズバーグ郊外 1月11日”の字幕。南の使節団を迎える黒人兵ら。修正案か和平かどちらを取るのかと、南の使節団は言います。“リバークリーン号1月12日 陸軍司令部バージニア州シティポイント”の字幕。南の使節団がやってきます。“1月15日新年祝賀会”の字幕。メアリーは黒人平等主義者のスティーブンス(トミー・リー・ジョーンス)と話します。やがて南の最後の港町ウィルミントンの町も占拠したとの知らせが入ります。奴隷制度廃止の話などすれば和平の話が立ち消えになってしまうと言われるリンカーン。1月20日には南軍の総司令官のリー将軍から「平和と統一を望む」との電報が届きます。リンカーンは使節団をリバークイーン号に乗せ、ワシントン沖合いに連れてきます。少年兵の処刑を赦免するリンカーン。
 “1月27日下院議院”の字幕。新聞各紙は、修正案は法の下の平等であり、人種の平等ではないと書きたてます。人種平等主義者のスティーブンスも、修正案可決のために、持論を曲げて法の下の平等だと演説します。リンカーンはロビイストのアジトを訪ね、自ら各議員を訪れ、最後の説得を試みます。
 “採決の朝”の字幕。南部の使節団が来ていると民主党議員が言い出し、議会は紛糾しますが、リンカーンは断じて使節団はワシントンには来ていないと言います。そして修正案は可決します。リンカーンは南軍の兵士が降伏したら寛大に処置しろと命じ、リー将軍は1865年4月9日にバージニア州アポマトックスで南軍を去ります。メアリーと旅行しようと言うリンカーン。タッドが観劇していると、大統領が暗殺されたとの知らせで劇は中断され、リンカーンの死に顔に彼の演説する姿が被さり、映画は終わります。

 政治的な話が多く、よく理解できない部分もありました。

 →「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/