今回の山行で泊まった小屋は、太郎平小屋、雲の平山荘、三俣山荘、黒部五郎小屋の4つである。そのうち、太郎平小屋は初日と最終日の2泊となった。このコースには、テント場が設けられており、大きなテントを背負った若者の姿が多く見かけられた。40キロもあるという背負うザックの重さに耐えられない我々には、山小屋は無くてはならない存在である。2日目と3日目の2日間、雨に降られたので、山小屋の存在は安心感を与えてくれる。
何よりも驚いたのは食事がおいしいことだ。太郎平小屋のハンバーグ、雲の平山荘のシチュウ、三俣山荘の石狩鍋、そして揚げたての天ぷらを供してくれた黒部五郎小屋。どこもご飯とみそ汁はおかわり自由。厳しい勾配の山道を8~12キロ歩いて体力を消耗した登山者にとって、山小屋の夕飯のおいしさは本当にありがたい。山小屋にあるもうひとつの安心は乾燥室の存在だ。雨に降られると、雨具を通して衣類は濡れる。ザックカバーもほとんど効果がなく、ザックの中身も濡れる。乾燥室でザックや衣類、そして靴を乾燥できるのは、翌日の山歩きにとって大きな味方だ。
夕食後の時間を利用して、雲の平山荘では山小屋の歴史を語るDVDの上映、三俣山荘では診療所のスタッフが「低体温症」についての講演をしてくれた。三俣山荘を始めた伊藤正一の紹介もされた。この山荘の広場から、鷲羽山がまじかに見え、南にはあの槍ヶ岳の尖った山容が見て取れる。この小屋を始めた伊藤正一が開発した伊藤新道をテーマにした小説『虚無の道標』を書いたのは森村誠一である。小屋の掲示板に森村の色紙が貼ってあった。伊藤正一自身が書いた『黒部の山賊』は、インターネットの電子書籍で販売されている。戦後の混乱期に、この場所へ山小屋を作った当時の様子が興味深く語られている。