山行4日目。夜明け前に星空を見る。標高2500mから見る星空は、星明りで眩いようである。北斗七星が、くっきりと見える。空にかかる北斗七星を見たのは、何年ぶりであろうか。思い出せないほど遠い日であったような気がする。きのうまでの雨が止み、青空のもとで登山を楽しめることが約束された。5時、三俣山荘から目睫にある鷲羽岳(2924m)を登る。小屋で相部屋になった東京からグループとも親しくなってお互いの健闘を祈り合う。
正面の尾根にジグザク状の登山道がついている。マップタイム1時間30分。一歩登るごとに、周りの山々の山容が変わっていく。昨日通った黒部川の源流のあたりの地形も面白い。三俣山荘が、わが家のような暖かさを感じさせる。麓の霧のなかに、突然虹が現れた。小さな円形をなしている。いつも見かける半円形ではない。小さい円形は、まわりの地形がなせるわざであろうか。
急な傾斜を登りきると、頂上に着いた。360℃山並みが広がる絶景だ。中でも槍ヶ岳の切り立った雄姿が感動的だ。この山域からからは、薬師岳と槍ヶ岳の姿は、きることなく見えている。明治43年、登山家のレジェンド小島烏水が、この山域を通ったとき見た風景をまさに共有することができた。小島烏水は、雲の平の印象を次のように書いた。
「遠くから見ると牛が野放しに飼ってあるのかろも間違えられる、五郎岳、赤城山、薬師岳、黒岳、赤岳などの高山で取り囲まれて、それらの山の頭で冷却された水蒸気が、この森林に屯しては、雲や霧となって、ふわふわと立ち昇るので、何のことはない、雲の遊び場といったようなところだ」
ほぼマップタイム通りに鷲羽山を往復して、次に向かったのは三俣蓮華岳。山荘近くにあるテント場を過ぎると、一人の若い女性の登山者が下山してきた。双六岳から下山してきたという。「元気ですね」というと、向いの鷲羽山を指して、「これからあそこの登ると思うと気後れがします」と答えた。この山域の登山者は若者が多い。テントを背負ってテントばで泊まる人は殆どが学生たちようである。
三俣蓮華岳の頂上を越えて、今夜泊まる黒部五郎山荘へ向かう。道脇には、リンドウなどの秋の花が咲いていた。そういえば、黒部源流の沢筋に、トリカブトが林のように群生して紫の花を咲かせていた。ここまで山深くくると、紫の色合いも違って見える。深く気高い、そして濃い紫である。